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4度目の五輪を目指す国際トライアスロン連合理事。上田藍の武器は「ポジティブシンキング」

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
ファンの応援にタッチで応えてゴールに向かう上田藍(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 国際トライアスロン連合(ワールドトライアスロン)理事および日本トライアスロン連合理事にして、4度目の五輪を目指す八面六臂のスーパーウーマンがいる。トライアスロン女子の上田藍(うえだ・あい、36=ペリエ・グリーンタワー・ブリヂストン・稲毛インター)だ。

 トライアスロンはスイム(水泳)・バイク(自転車)・ラン(長距離走)の3種目を1人で連続して行う競技で、上田は2008年北京五輪から16年リオデジャネイロ五輪まで3大会連続で出場している。彼女の一番の武器は怪我すらチャンスにした「ポジティブシンキング」。1年後にトライアスロン女子決勝が行われる7月27日に合わせてインタビューを行い、胸の内を聞いた。

リモート取材に応じた上田藍:日本トライアスロン連合提供
リモート取材に応じた上田藍:日本トライアスロン連合提供

■「中止ではなく延期で、少しホッとしました」

 あふれるようなバイタリティーがパソコン越しの声からも伝わってくる。上田はどんな時でもポジティブな要素をすくい上げる達人だ。

 東京五輪の1年延期が決まったのは3月24日だったが、トライアスロンはそれ以前の3月上旬に代表選考レースの延期が決まるなど、先行きが不透明になっていた。当時、上田はどのような心境だったのか。

「コーチ陣や周りの選手たちも、東京五輪はどうなるのだろうという不安を抱いている中でしたから、中止ではなく延期になり、少しホッとした部分がありました。開催の方向で検討してもらえていることへの喜びの方が大きかったです」

 1年という時間を競技力の向上に充てられるという前向きな気持ちも芽生えていた。

「スイム・バイク・ランと3種目ある中で、私の一番の課題だったスイムが、競技人生の中で最も仕上がってきていたのです。ずっと苦戦していた水泳の強化が上手くいって、伸びしろを感じている中での延期。成長を確実なものにするための時間をもらえました」

「スイムにはずっと苦戦していた」という上田藍だが、昨年から今年にかけて大きく改善された(2018ワールドカップ宮崎):日本トライアスロン連合提供
「スイムにはずっと苦戦していた」という上田藍だが、昨年から今年にかけて大きく改善された(2018ワールドカップ宮崎):日本トライアスロン連合提供

■36歳にして水泳が上達したのは「怪我の功名」

 スイムが急に伸びてきたのはなぜか。その理由は意外なものだった。

「昨年、大きなケガをしたことです」

 故障知らずが自慢だった上田だが、昨年は相次いで大ケガに見舞われた。19年3月、UAEアブダビでのレース中にバイクの落車に巻き込まれ、外傷性くも膜下出血、肺気胸、脾臓(ひぞう)裂傷の重傷を負った。

 東京五輪の代表選考に関わる試合が待っているという時期。肺気胸の手術を受け、急ピッチでケガを治して6月の大会で復帰したが、今度は7月に左足足底腱膜を断裂した。こうして、8月にお台場で開催された東京五輪テストイベントの出場を泣く泣く断念した。

 ところが、この決断が予期せず功を奏した。次のターゲットを20年3月上旬に予定されていた世界トライアスロンシリーズ(UAEアブダビ)に切り替え、そこで五輪出場権を確保することを目標に据えたことで、半年間という長い準備時間を作れたのだ。

「3月のケガが遠因で起きた7月の足底腱膜の負傷は重いものだったのですが、そのケガから復活する時に、コーチやトレーナーから体の左右バランスが崩れていることを指摘されました。そこでまずはバランスを徹底的に治すリハビリをしたのです」

 若い頃から大きなケガをしたことがなかった上田は、毎年、レースのサイクルに合わせた強化トレーニングを行ってきた。五輪の距離はスイム1.5km・バイク40km・ラン10km、合計51.5km。それぞれの強化には相応の時間を要するため、レースに合わせた練習スケジュールを組むとどうしてもそれ以上をやる時間的な余裕がなくなる。

 昨年のケガは上田に、初めて体そのものと向き合う時間をもたらした。そして、バランスを整えるリハビリに特化した結果、長年にわたって蓄積された体の疲労やクセなどがすべてリセットされたのだ。

「今までスイムではいくら頑張っても技術的な課題を克服できなかったのに、体のバランスが良くなったことで自然とそれらが解決したのです。同じ出力で精度の高い動き、効率の良い動きができるようになりました。それまでは何故できないのかが分からなかったのに、今はコーチが言っていることと自分で咀嚼して得た感覚が重なっています。やっと点が線になった。目から鱗ですね」

集団の中で好位置に着ける上田藍(中央、水色のヘルメットが上田)2019ワールドカップ宮崎にて:日本トライアスロン連合提供
集団の中で好位置に着ける上田藍(中央、水色のヘルメットが上田)2019ワールドカップ宮崎にて:日本トライアスロン連合提供

■トライアスロンの「敷居が高い」イメージ変えたい

「中学は水泳部、高校で陸上部、じゃあ後は自転車。トライアスロンをやろう」

 上田がトライアスロン競技を始めたのは18歳だった。競技開始7年目の24歳で08年北京五輪に出場。世界ランキングの最高は16年の3位で、ロンドン五輪とリオ五輪にも出場した

 3度の五輪経験がある第一人者の上田に、今年新たな名刺が加わった。20年1月、ワールドトライアスロンの理事に選ばれたのだ。以前からアスリート委員を務めていたことで、19年9月に理事就任の打診を受けた。

「英語力には不安があったのですが、トライアスロンの普及発展のために現役選手の声を伝えられるのはありがたいと、引き受けることを決めました」

 今年6月には日本トライアスロン連合のアスリート委員長の立場から理事にも就任した。トライアスロン界の課題は、高い年齢層で競技人口が増えてきているのに対して、若手の競技人口が少ないことだ。

「若い人々がトライアスロンに興味を持ってくれる環境をもっと作っていきたい。そのためにはかつての私のように、部活で水泳や陸上の経験をしている中高生がトライアスロンに触れる機会や環境、子供たちがトライアスリートと会える場を増やすことが大事だと思います。トライアスロンには“敷居が高い”“過酷”というイメージがあって、それが競技そのものに踏み込みづらい要因になっています。楽しくやり甲斐のあるスポーツであることを伝えていく場を、たくさん作っていきたいですね」

 さらに、出場すれば4度目となる東京五輪で活躍することが、トライアスロン界の裾野を広げるためには何よりの力になる。

「東京五輪では、今までサポートしてくれた多くの方への感謝の気持ちとともに駆け抜けるレースをしたい。そこで結果を残して、多くの人たちと喜びを共有したいです。まずは来年、東京五輪が世界の祭典として開かれる状況になっていることを祈ります。東京五輪は全世界のいろいろな思いが重なり合う大会になります。そこに向けてやり残しがない状態でスタートラインに立って、メダル獲得という目標を達成したいです」

ランを最も得意とする上田藍。身長155センチと小柄ながらダイナミックなストライド走法が武器だ(2019ワールドカップ宮崎):日本トライアスロン連合提供
ランを最も得意とする上田藍。身長155センチと小柄ながらダイナミックなストライド走法が武器だ(2019ワールドカップ宮崎):日本トライアスロン連合提供

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【連載 365日後の覇者たち】1年後に延期された「東京2020オリンピック」。新型コロナウイルスによって数々の大会がなくなり、依然として困難もつきまとっているが、アスリートの目は毅然と前を見つめている。この連載では、21年夏に行われる東京五輪の競技日程に合わせて、7月21日から8月8日までの19日間にわたり、「365日後の覇者を目指す戦士たち」へエールを送る。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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