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【スピードスケート】高木美帆が2年連続の世界新記録樹立に挑戦 ~高速リンク連戦を展望~

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
高木美帆(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 スピードスケートの今季ハイライトとなる北米高速リンク2連戦が、いよいよ始まる。W杯第5戦カルガリー大会(カナダ)は2月7日(日本時間8日)に開幕。翌週の2月13日から16日(同14~17日)には米ユタ州ソルトレークシティーで世界距離別選手権が行われる。

 2大会はいずれも標高1000mを超える高地での開催。昨年3月のW杯ファイナル女子1500mで1分49秒83の世界記録を樹立した高木美帆(日本体育大学助手)ら、日本人によるワールドレコード更新はあるか。

 成長著しい男子短距離陣の新濱立也(高崎健康福祉大学職員)、村上右磨(高堂建設)は高速リンクで真価を発揮できるか。

 76年インスブルック五輪、80年レークプラシッド五輪代表の川原正行氏(帯広スケート連盟競技役員)に可能性を聞いた。

■高木美帆の2年連続世界新樹立は?

 今季の高木美帆はシーズンの出だしこそエンジンのかかりは遅かった。けれども、昨年12月中旬のW杯第4戦長野大会(エムウエーブ)女子3000mで4分05秒17の国内最高を出して調子をつかむと、その約2週間後に同じエムウエーブで開催された全日本選手権のレースでは、3000m、1500m、1000mと3日連続で国内最高記録を塗り替えた。

 特に1分13秒73で滑った1000mは、自身の持つ記録を0秒71も上回る驚異のタイムだった。最初の200mを短距離トップ勢並みのタイムで入ると、無駄のないフォームでスピードを維持し、最後の1周はただ1人の28秒台と、持ち前のスタミナで押し切った。

 記録連発の要因は何か。川原氏は「スピードがついたのが大きい。昨シーズンから500mにも力を入れ、スピード練習をしてきたことが生きている。それによって1000mや1500mも入りのスピードがついている」と指摘する。

 高木美帆らが活動するナショナルチームは平昌五輪の翌シーズンだった18ー19シーズンから、以前は別々にトレーニングをしていた中長距離グループと短距離グループが合体した。ここ2シーズンは、メニューに多少の違いはあれど、基本的には合宿で一緒にトレーニングをしている。

 元々、中長距離グループの高木美帆は、平昌五輪以前よりも自然と短距離のメニューが増え、さらに500mのレースにも本格的に出るようになり、それによってスピードがついてきたのだ。

 川原氏はもうひとつ、「滑りに関しては、ストレートのトレースの伸びがよくなっている。前と同じような滑り方をしていても、スピードがついているという感じがする」と印象の変化を語っている。

 高木美帆らナショナルチームは、今回のカルガリー入りの前に標高900m超の軽井沢で合宿を張り、十分に高地慣れした状態でレースを迎えている。

 そもそも国内で自己ベストを更新しているということは、高速リンクでも自己ベストを狙える力がついているはず。川原氏は「カルガリーからソルトレークシティーという流れも良い。世界記録更新は十分に可能性がある」と見ている。

小平奈緒(左)と高木美帆。同じ距離を滑っても持ち味が異なっているためレース展開の違いがあるので見ていて面白い(撮影:矢内由美子)
小平奈緒(左)と高木美帆。同じ距離を滑っても持ち味が異なっているためレース展開の違いがあるので見ていて面白い(撮影:矢内由美子)

■1000mは小平奈緒の世界記録奪回もある?

 12月の全日本選手権の1000mは、出場部門が異なるため単純比較はできないが、タイムだけを見れば高木美帆が1分13秒73、小平は1分15秒23と、高木美帆に軍配が上がった。

 ただし、これはあくまで低地での記録。高速リンクでもこの通りに行くかは分からないと川原氏は指摘する。その理由は「高速リンクでは前半のスピードが落ちにくい」(川原氏)からだ。標高340mのエムウエーブではスピードを維持しにくいため、後半のスタミナで勝る高木美帆に分があるが、高地なら小平が逃げ切ってしまうというのである。

「ブリタニー・ボウ選手(米国)の1分11秒61の世界記録はレベルが高いが、小平選手の世界記録奪回もあるだろう。もちろん高木美帆選手にもチャンスはある」と川原氏は期待する。

 小平には、自身の究極の目標である「500mでの世界最速」というターゲットもある。李相花(韓国)の36秒36を抜くには、スタートからゴールまでの自身の滑りだけでなく、気圧やコース、同走選手などすべての条件がパーフェクト以上の域に入る必要がある。とてつもない壁を乗り越えられる瞬間に自分が整った状態でいられるよう、つねに準備している。

■新濱立也と村上右磨は「清水宏保と堀井学」の再来だ

 昨シーズン、男子短距離界に誕生したビッグな新星・新濱に続き、今季は村上が一段階上の力を示すようになったことで、男子500mの期待も大きい。

 川原氏は、「村上選手には100mの強さがあり、新濱選手には上がりの強さがある。90年代に世界のトップ争いをした『清水宏保と堀井学』の若い頃にタイプが似ている」と目を細める。

 清水氏と堀井氏は川原氏が帯広白樺学園高校でコーチをしていた約30年前の教え子だ。ロケットダッシュを武器に98年長野五輪男子500mで金メダルを獲った清水氏は、長野五輪では1000mでも銅メダルを獲り、02年ソルトレークシティー五輪では500m銀メダルだった。村上は清水タイプだ。

スケート会場では選手のイラストのグッズ販売もある。新濱選手、村上選手はこの絵のどこにいる?(撮影:矢内由美子)
スケート会場では選手のイラストのグッズ販売もある。新濱選手、村上選手はこの絵のどこにいる?(撮影:矢内由美子)

 堀井氏は清水氏の2つ上。専大時代の94年リレハンメル五輪500mで銅メダルを獲りっている。メダルこそないが、1000mも得意にしており、W杯では多くの勝利を挙げた実績がある。これらの特徴や体形も含めて似ているのは新濱だ。

 新濱と村上はともにナショナルチームのメンバー。昨シーズンの台頭で、今は年下の新濱が先を行っているが、今シーズンは村上もW杯を初制覇しており、心技体とも充実している。ライバルでありながらタイプが違うことで刺激し合える部分が多く、1年を通じてトレーニングをともにしていることで相乗効果もあるのだろう。

 

女子選手のイラストもある(撮影:矢内由美子)
女子選手のイラストもある(撮影:矢内由美子)

川原氏は、「2人は精神的にも互いに引っ張り合って良い練習ができているし、2人だけでなく、3番手の長谷川翼や、山中大地、松井大和らも力をつけているのも好材料だ」と、男子短距離陣全体の底上げを評価している。

 12月の全日本選手権では新濱も村上も34秒台半ばの好タイムを出した。高速リンクシリーズでは世界記録を視野に入れながら自己ベストを更新し、「日本強し」という姿をアピールできるか。2年後の北京五輪にもつながる快走を期待したい。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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