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【体操】内村航平とリオ五輪で名勝負を演じた好敵手 オレグ・ベルニャエフの願い

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
リオデジャネイロ五輪男子個人総合金メダルの内村航平と銀のオレグ・ベルニャエフ(写真:青木紘二/アフロスポーツ)

 10月4日から13日までドイツ・シュツットガルトで開催された世界体操選手権で、世界の体操ファンにとってうれしい復活劇があった。2016年リオデジャネイロ五輪の男子個人総合で、内村航平(リンガーハット)と体操史に残る名勝負を繰り広げたオレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)が男子個人総合の銅メダルを獲得し、リオ五輪の銀メダル以来となる表彰台に上がった。

 ベルニャエフはリオ五輪後も世界選手権には毎年出場していたが、2018年1月に右肩の手術をするなど故障が多かった。

 リオ五輪で種目別金メダルに輝いた得意の平行棒では2017年銀、2018年銀とメダルを確保してきたが、個人総合は2017年が5位で、肩の手術をした2018年は14位だった。

19年世界体操選手権、試合会場の大スクリーンで紹介されるベルニャエフ(撮影:矢内由美子)
19年世界体操選手権、試合会場の大スクリーンで紹介されるベルニャエフ(撮影:矢内由美子)

■内村「オレグが戻ってきてくれたのが一番うれしい」

 今年は久々にオールラウンダーとしての輝きを取り戻していた。

 個人総合予選を8位で通過すると、団体決勝では出場種目を1つ(あん馬)のみにとどめて、個人総合に全力投球した。Dスコアの合計36・7点という、出場選手中最も高い難度の演技構成で最後まで押し切り、合計86・973点。ワンツーフィニッシュを飾ったニキータ・ナゴルニーとアルトゥール・ダラロヤンのロシアコンビに続く3位になった。2位のダラロヤンとの差は0・192点という僅差だった。

 とりわけ平行棒では全種目を通じて最高点の15・475点と抜群の演技。あん馬と跳馬でも15点に迫る高得点を出すなど鮮やかな復活劇を演じて、「とてもハッピーだ」と笑顔を見せた。これには日本で世界選手権の動向を見守っていた内村も後日、「オレグが戻ってきてくれたのが一番うれしいですね」と喜んでいた。

 世界体操選手権では、放映権を持つテレビ局のフラッシュインタビューなどの後に、各国のテレビ局への対応エリアや通信社の取材エリアがある。ベルニャエフが日本のペン記者がいる場所に来たのは各所に対応した後。それでも全く疲れを見せずに笑顔を浮かべて、質問に対して朗らかに答えてくれた。

「きょうはメダルのことは考えなかった。僕がここに来ているのは、自分のルーティンをやり抜くためだけ。よい演技を見せること。試合をすること。そのためだけなんだ。メダルや結果については何も考えずにここに来ている。試合をして楽しむことだけを考えている」

個人総合のメダルを首から掛けて取材エリアに現れたベルニャエフ(撮影:矢内由美子)
個人総合のメダルを首から掛けて取材エリアに現れたベルニャエフ(撮影:矢内由美子)

■ベルニャエフ「東京五輪までしっかり準備をしたい」

 満足そうに語るベルニャエフにフィジカルコンディションを尋ねると、「10段階で言うと5割から6割くらい。でも東京五輪までまだ時間はある。しっかりと準備したい」と力強く答えた。東京五輪への気持ちを聞くと、このように言った。

「僕はリオ五輪の後に少し休んだ後から、東京五輪での試合の瞬間を待っている。日本に僕を応援してくれる小さなファンのグループがあることも知っているしね。東京五輪では日本のファンが僕を応援してくれることを期待している。間もなく会えることを楽しみにしているよ」

2018年ドーハ世界選手権でのオレグ・ベルニャエフ(撮影:矢内由美子)
2018年ドーハ世界選手権でのオレグ・ベルニャエフ(撮影:矢内由美子)

■「航平と一緒に試合をしたいんだ」

 肩の負傷などで今回の世界選手権の出場権を得られなかった内村に対しては、特に熱のこもった口調でこう言った。

「航平は偉大なジムナスト(体操選手)。今、僕が願っているのは彼とまた試合をしたいということ。彼に勝ちたいというのではなく、とにかくもう一度、一緒に彼と試合をしたいんだ」

 1993年9月生まれのベルニャエフは日本で言えば加藤凌平や野々村笙吾と同い年の26歳。若い頃からウクライナ代表入りしており、まだ18歳だった2011年の東京世界選手権にも出場している。東京五輪に出場すれば東京では2度目の大舞台となる。

「試合が大好き。40歳になったら休む」と言い、実際に欧州各地で毎週のように試合をしているベルニャエフのマインドは、自らを「体操クソ馬鹿野郎」と呼ぶ内村と重なるものがあるのだろう。

↓2019世界体操選手権男子個人総合 ベルニャエフの平行棒の演技

■リオ五輪男子個人総合■

 リオ五輪では1種目めのゆかから互いに譲らぬハイレベルなノーミス演技を続け、5種目めの平行棒が終了した時点ではベルニャエフが内村をリードしていた。最終種目の鉄棒の着地でベルニャエフが動いていなければ、結果はどうだっただろうか。

 すべてを出し尽くした勝負の時間を終えると、内村は自ら「名勝負を演じることができた」と胸を張り、そして好敵手を称えた。

 試合後に1位から3位までが同席して行った記者会見では、「内村選手は審判に気に入られているのではないか」という内村への質問に対してベルニャエフが自ら発言を求め、「ムダな質問だ」と制したことが多くの人々の胸を打った。

 どの光景も今なお鮮やかに記憶に残っている。

↓NHKリオ】リオ五輪個人総合決勝 ベルニャエフの全6種目の演技:リンクアドレス

video:https://www.youtube.com/watch?v=nuV3KoBjF2c

↓【NHKリオ】リオ五輪個人総合決勝 内村航平の全6種目の演技:リンクアドレス

video:https://www.youtube.com/watch?v=UgSbKUb721A

■マックス・ウィットロック、マンリケ・ラルデュエトは?■

あん馬のDスコアは7点に迫るマックス・ウィットロック(撮影:矢内由美子)
あん馬のDスコアは7点に迫るマックス・ウィットロック(撮影:矢内由美子)

 リオ五輪で内村、ベルニャエフに続く男子個人総合3位になり、種目別ゆかとあん馬で金メダルを獲得したマックス・ウィットロック(英国)はその後、種目別スペシャリストとして活躍し、今年の世界選手権でもあん馬の金メダルを獲得した。東京五輪ではあん馬の2連覇を狙う。なお、彼は自国開催だった12年ロンドン五輪にも19歳で出場し、あん馬銅メダルを手にしている。

2018年ドーハ世界選手権でのマンリケ・ラルデュエト(撮影:矢内由美子)
2018年ドーハ世界選手権でのマンリケ・ラルデュエト(撮影:矢内由美子)

「あこがれは内村航平」と言い、2015年グラスゴー世界選手権で彗星のごとく登場して男子個人総合2位になったマンリケ・ラルデュエト(キューバ)は、手首や足首の負傷とも戦いながら、今年も世界選手権に出場した。上位には届かなかったが、東京五輪の出場権を手にすることに成功。以前から「東京五輪に行くのが楽しみだ」と話していた。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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