Yahoo!ニュース

印象的なあのスピーチから6年 柴崎岳がW杯で踏み込む別次元

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
ロシアワールドカップで大躍進する日本代表MF柴崎岳(写真:Shutterstock/アフロ)

■大舞台に刺激を受けて

 アスリートの成長グラフは、往々にして一本の直線にとどまらない。何かをきっかけに、急角度をつけて駆け上がっていく時期が訪れる。

 ロシアW杯をきっかけに、別次元へ踏み込もうとしているフットボーラーがいる。日本代表MF柴崎岳。ここまでのグループリーグ全3試合に先発している26歳は、「今、このW杯という舞台で戦えていることに感謝している」と、喜びを全面に出している。

 試合後のスタジアムで、ベースキャンプ地カザンの取材エリアで、かつては寡黙なタイプだった彼の口が、今は言葉の泉だ。

「こういう大きな舞台はつねに自分を成長させてくれる場所だと感じている。出場して、一プレーヤーとして成長できていることをすごくうれしく感じ、W杯が素晴らしい大会だとあらためて感じている」

 熱い思いを引き出しているのは、自身のパフォーマンスとチームの前進だ。

 グループリーグ初戦のコロンビア戦では10人の相手に対して攻めあぐねた前半を経て、ハーフタイムを境に修正をかけ、後半はチーム全体でギアチェンジした姿を見せた。柴崎がゲームコントロールの面で果たした役割は大きかった。

 セネガルとの第2戦では試合中に相手の弱点を見抜いて攻撃の狙いを軌道修正することに成功した。乾貴士の同点ゴールの起点となるロングパスを出すなど出色の出来で、2度のビハインドを追いついての勝ち点1奪取を演出した。

 先発6人が入れ替わったポーランドとの最終戦では、DF長友佑都、DF吉田麻也、DF酒井宏樹、GK川島永嗣とともに3試合連続で先発した5選手の一人となった。中盤より前の選手で3戦すべてに先発したのは、柴崎だけだった。

カザンでのトレーニング(撮影:矢内由美子)
カザンでのトレーニング(撮影:矢内由美子)

■やってきたことすべてが「今」を形成している

 若い頃からポテンシャルを高く評価されてきた。2009年11月にナイジェリアで行われたU-17W杯では背番号10を背負い、グループリーグで背番号10ネイマールを擁するブラジルと対戦した。(2-3で惜敗)

 青森山田高校2年生だった2010年に鹿島と仮契約を結び、2011年にJリーグデビュー。2012年2月には、アイスランドとの国際親善試合に向けてザッケローニ監督(当時)から初招集を受けた。

 しかし、日本代表に定着することはできなかった。2013年夏の東アジア杯は、招集されたものの体調不良で辞退。アギーレ監督時代の2015年1月アジア杯では頭角を現す匂いを感じさせたが、指揮官が交代。デュエルを重んじたハリルホジッチ監督時代は呼ばれる回数そのものが激減していたのみならず、ピッチに送り出されたときのパフォーマンスもパンチ不足だった。

 所属していた鹿島では徐々に実力を伸ばしていたが、代表ではなかなか輝く場面がなかった。意識の高さでも知られる存在だった柴崎。この時期の心境はどのようなものだったのだろうか。カザンの取材エリアで、そういった質問が出た。柴崎はゆっくりと言葉を選んで言った。

 「昔は、年齢のことを気にするというか、どういう年代で、どういう立ち位置で、どういうプレーヤーになっているかという理想を掲げてやってきました。今、この年になって考えていることは、自分のやってきたことや、抱いてきたもの、実行してきたものすべてが“今”に表れているということ。必要なときに必要なことが起きてきたのだと思う。これからの人生や、今この大会で起きていることを含めて、自分に課せられていることは必然で起きているのだと思う」

 内面に踏み込む質問にしっかりと正対している。その姿には充実感がにじみ出ている。

合宿では本田圭佑と話す姿もよく見られる(撮影:矢内由美子)
合宿では本田圭佑と話す姿もよく見られる(撮影:矢内由美子)

■「受賞に値する選手はゼロ人」

 柴崎と言えば鹿島時代に非常に印象的なことがあった。プロ2年目だった2012年12月。Jリーグ『ベストヤングプレーヤー』に選ばれたときの、Jリーグアウォーズでのスピーチだ。

 この賞はJリーグの選手同士による投票で決まるもので、柴崎自身の手元にも投票用紙が届いていた。

 タキシード姿で行ったスピーチでは、「Jリーグアウォーズ20回目、僕も今年20歳。ゴロ合わせが良くて、とても気持ちいいです」と、冒頭で会場を和ませる言葉を発した。だが、気の利いた言い回しの後に続いて発せられた内容に、思わずハッとさせられた。

「選手間の投票ということで、多くの選手の投票をいただき、本当にありがとうございました。

 ですが、僕自身もベストヤングプレイヤー賞の投票用紙を見たときに、少し違和感がありました。ほかの選手も何人かは違和感を感じたと思います。今年のヤングプレーヤー賞、受賞に値する選手はゼロ人でした。

 世界に目を向ければ、ACミランのエル・シャーラウィ(現ASローマ)、レアル・マドリードの(ラファエル・)バラン、サントスのネイマール(現パリ・サンジェルマン)。彼らのような活躍をしてる選手がいるかといえば、そうではありません。彼らに一歩でも近づき、日本を代表する選手になっていかなければ世界とは戦えないと思います」

酒井宏樹と話す柴崎岳(撮影:矢内由美子)
酒井宏樹と話す柴崎岳(撮影:矢内由美子)

■「今も思いはあのスピーチと変わらない」

 ベルギー戦を2日後に控えた6月30日、ベースキャンプ地カザンで取材エリアにやってきた柴崎は、スピーチから6年が経った今の思いについて、こう語った。

「(ベスト16には)まったく満足していません。発する言葉はあのスピーチから変わるかもしれないですが、今も心の底で思っている意味や気持ちは変わりません。日本代表としてこれからも成長し続け、日本が世界のトップに入れる日が来るように。そして、その歴史の一部になれればいいと思っています」

 勝てば日本代表として初めてベスト8入りを果たすことになるベルギー戦に向け、柴崎は決意をこう述べた。

「彼らと対等にやること、もしくは上回ることを目標に海外に出ました。今までの自分がやってきたことを示すベスト16の試合だと思っています」

オーストリアキャンプ打ち上げの日(撮影:矢内由美子)
オーストリアキャンプ打ち上げの日(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

矢内由美子の最近の記事