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【体操】飛び出した19歳の新王者 谷川翔

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
平行棒の演技を終えてスタンドに手を振る谷川翔(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

 体操の全日本個人総合選手権が4月27~29日まで東京体育館で行われ、男子は順大2年の谷川翔(かける)が初優勝を飾った。

 五輪を連覇している史上最高オールラウンダー・内村航平(リンガーハット)の11連覇を阻み、昨年の世界選手権銅メダリストであり予選トップの白井健三(日体大4年)を逆転しての頂点。ここ1年で顔立ちが急速に精悍になった新チャンピオンは、どんな選手なのか。

■醇乎たるオールラウンダー

 予選と決勝の合計点で競われた今大会。谷川翔は予選も決勝も全体で2番の点数ながら、世界選手権で表彰台争いのできる86点台をそろえた。2日間の合計点は172・496点。2位の白井には0・332点の差をつけた。

 6種目の点の出方を見て分かるのは、穴がないということだ。世界選手権種目別決勝進出の目安となる15点台に達したのは予選の平行棒(15・066)だけだが、13点台は鉄棒のみ。それも予選13・833点、決勝13・900点と、14点台に肉薄している。

 スペシャリスト型である白井があん馬とつり輪で予選・決勝とも13点台半ばだったのと対照的であり、あん馬の落下がなければ全演技を14点台でそろえていたであろう内村に近いスタイルだ。

 谷川翔は6種目のDスコアのばらつきも小さく、最高はあん馬の6・1で最も低いのは跳馬の5・2。技の習得能力において高いセンスを見せてきた醇乎たるオールラウンダーである。

 健伸スポーツクラブの倉島貴司コーチは「翔は1を言うと10理解するタイプです。例えばあん馬のブスナリ(F難度)を一番最初に指導したのは翔が中3のとき。社会人チームに出向いての合同練習で成功させると、日本代表選手が驚いていた」と語る。

 現在、谷川翔が「得意種目」として挙げているのはゆか、あん馬、平行棒。不得意種目として挙げているものはない。 

全日本個人総合選手権の優勝選手会見で質問を受ける谷川翔(撮影:矢内由美子)
全日本個人総合選手権の優勝選手会見で質問を受ける谷川翔(撮影:矢内由美子)

■美しい体操が持ち味

 谷川翔本人が自負している演技の特徴は「正確性と美しさ」である。

 優勝後の記者会見では「僕は美しい体操を目標にずっとやってきた。現在の採点ルールはすごく厳しいが、それに対応できる美しい体操を目指しているし、自分の中では丁寧な体操をしていると思っています」と胸を張っていた。

 美しさの原点は、生まれ育った千葉県船橋市で小1から中3まで通っていた「健伸スポーツクラブ」で受けた指導だ。

「通っていた幼稚園の隣にある『健伸スポーツクラブ』にはお兄ちゃん(谷川航)が先に入っていました。そこで最初の基礎として教わった、つま先、ひざ、倒立の姿勢などの美しい体操が僕の原点です」

 元々身体は柔らかい方だったが、それに加えて幼い頃からつま先をコーチに押してもらって伸ばしたり、開脚姿勢を取ったりして、さらに柔軟性が増したという。

「そういうのもあって今の美しい体操があると思っています」

 今回の全日本選手権決勝では、出来映えを示すEスコアの6種目合計は52・365点。世界で最も美しいと言われて久しい内村の51・466点を1点近く上回った。

■目標とする兄の航(わたる)は昨年の世界選手権代表

 谷川翔には2つ上の兄がいる。順大4年の谷川航だ。小中は同じ体操教室に通い、市立船橋高校から順大と同じ進路を選んできた。

 ゆかと跳馬を得意とするオールラウンダーの航は昨年、初めて日本代表に選ばれて世界選手権に出場した。予選のミスで決勝には進めなかったが、日の丸を背負って世界の舞台に立った兄は、翔にとっては子どもの頃からあこがれの選手であり、目標の選手でもある。

「お兄ちゃんも正しい体操をすると僕は思っている。あと、お兄ちゃんは着地も美しい」

 兄・航は今回の全日本選手権で予選を4位で通過したが、決勝では最終種目の鉄棒で12点台と崩れ、7位に甘んじた。悔しさは当然あるが、それでも弟の快挙について聞かれると表情を和ませてこう言った。

「試合の途中から(翔は)“乗っているな、勝てないかな”と感じた。でも、悔しいんですけど、うれしいです。半々です。翔は元々きれいな体操をしていたのですが、ミスが出なくなってきたのと、今のルールが彼のスタイルに合っている、というのもあると思う」

 兄との性格の違いを聞かれた翔は「お兄ちゃんは自信があるというか、自分はこうだというものを持っているタイプで、僕は周りに合わせるタイプ。でも、すごく優しい。僕のことを考えてくれています」と、幸せそうに話した。寡黙な兄と、おしゃべり好きで社交的な弟の間には、温かい兄弟愛がある。

昨年9月にテレビ朝日で行われた世界選手権代表会見で世界選手権の意気込みを書いたボードを持つ谷川航(右)(撮影:矢内由美子)
昨年9月にテレビ朝日で行われた世界選手権代表会見で世界選手権の意気込みを書いたボードを持つ谷川航(右)(撮影:矢内由美子)

■NHK時代劇の子役としても活躍

 谷川兄弟の父・昭二さんによると、2人は幼少の頃、ショー・コスギのアクションクラブに通っていた。運動神経抜群で2人で一緒にとんねるずの『うたばん』や『TBSオールスター感謝祭』に出演し、ランドセルを背負ったまま連続バック転などを披露して大人を驚かせていた。家電や車のCMにも出演する“売れっ子”だった。

 また、翔はテレビドラマの子役としても活躍した。2007年に放送された村上弘明主演のNHK時代劇『柳生十兵衛 七番勝負』では主人公・柳生十兵衛の幼少期を演じる子役に抜擢された。「殺陣が得意だった」(父・昭二さん)そうだ。

 19歳2カ月での全日本制覇は、同じく19歳で制した1988年の佐藤寿治(当時日大2年)、1996年の塚原直也(当時明大1年)、2008年の内村航平(当時日体大2年)らより数カ月早く、史上最年少での頂点である。

「日本の美しい体操を世界にもっと見せたい」と意気込む若き新チャンピオンの目標はもちろん、東京五輪。その夢も、兄と一緒に叶えるかもしれない。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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