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西川周作が挑む ハリルJ守護神への道

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
日本代表GK西川周作(撮影:矢内由美子)

「ザンビア戦が人生で一番悔しい試合だった」

野太いダクトがむき出しの通路で、西川周作は時に視線をさまよわせながら言葉を絞り出していた。小さな声に無粋な空調の音がかぶさり、近くにいても聞き取りにくいほどだった。

14年6月6日。米国フロリダ州タンパでのザンビアとの親善試合。ザックジャパンがブラジルW杯に向かう前に行った最後の強化試合に先発した西川は、3失点という結果に色を失っていた。

試合自体は終了間際に青山敏弘のロングフィードから大久保嘉人がゴールを決め、4-3で日本が辛くも勝利を収めている。しかし、前半9分にDF陣がクロスをクリアできずに先制点を奪われると、同29分にはCKのサインプレーから追加点を許し、後半44分にはミドルシュートが味方に当たってコースが変わったという不運も重なって3-3。守護神としてはどうしても悪い印象が残ってしまう数字だ。

「ザンビア戦が人生で一番悔しい試合だった」

西川は後にこのように振り返っているが、それは無理からぬことだった。

13年6月のコンフェデレーションズ杯で3試合9失点と守備の課題が浮き彫りになっていたザックジャパンにおいて、正GKである川島永嗣の立場は盤石なものではなくなっていた。

一方で西川は、13年7月の東アジア杯で3試合中2試合に出て日本の優勝に貢献したのを足掛かりに、13年の残り7試合中2試合で先発に抜擢され、計2失点、1勝1分けとまずますの結果を残していた。

守備をどうにかしないといけないという論調にも押され、ザッケローニ監督の心に川島と西川を天秤にかける意図があったのは明らかだった。ザンビア戦は、内容と結果次第ではブラジルW杯で先発の座をつかむチャンスありという一戦だった。だからこそ、西川は3失点を悔やんだ。

自分を変えようと決心

中国・武漢で練習する西川周作(中央)
中国・武漢で練習する西川周作(中央)

日本はブラジルW杯であえなくグループリーグ敗退を喫した。そして、出番のなかったブラジルから帰国した後、西川は今までの自分を変えようと決心した。

ただし、プレースタイルを変えようというのではない。守備範囲の広さ、巧みな足元の技術、チャンスの起点となるスーパーキックを武器としたまま、出来ることなら何でもやっていこうという考えを持つようになったのだ。

スペイン語を母国語とするハビエル・アギーレ氏が新しい監督に就任すると、スペイン語の勉強を始めた。「それまでの僕の考えではサッカー一本で勝負しようと思っていたのだけど、そうではなく、やっぱりコミュニケーションを取れるようにするのも大事だというように考えが変わった」

所属の浦和レッズでは、山岸範宏のモンテディオ山形への完全移籍にともない、今年は背番号1を希望し、「すべてにおいて1番を目指す」と宣言した。

今年から契約したナイキ社のキーパーグローブとスパイクには漢字で「西川周作」の文字。特にグローブには遠目でも分かるほどの大きな文字で名前を入れた。「グローブに漢字で名前を入れている選手はいないと思う。『西川周作』を強くアピールしたいと思って、文字の大きさや字体まで全部自分で選んだ」

浦和では昨季、リーグ戦7試合連続無失点というJリーグ新記録を樹立し、今季第1ステージでは史上初の無敗ステージ優勝を果たす原動力となっている。誰もが認めるJリーグを代表するGK、それが西川である。目指すものは当然、日本代表の守護神だ。

守護神争いに勝利を収めるための大会

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バヒド・ハリルホジッチ監督の指揮の下に迎えた6月のロシアW杯アジア予選。浦和のホームスタジアムとしてすべてを知り尽くしている埼玉スタジアムで戦ったシンガポール戦で、西川はベンチにいた。

「埼スタは、浦和に所属してからは以前とは違い、僕にとって特別な場所になっている。自分のホームだと思っているので、埼スタでの試合では必ずピッチに立っていたい」

シンガポール戦ではその思いはかなわなかったが、0-0の引き分けに終わったことで新たな風を吹き込む選手の台頭が待ち望まれるムードは高まっている。

東アジア杯のために来ている中国・武漢。35度の猛暑の中で汗を流しながら、西川は「僕はいつもここ(代表マッチの先発)を目指して頑張っている。チャンスをもらったときには、何か特別なことをやろうというのではなく、いつもどおりやりたい。そして、楽しんでやりたい」といつも通りの笑みを浮かべた。

ザンビア戦の失意から1年2カ月が過ぎた。初めて代表のベンチに座った06年10月4日のガーナ戦からは9年もの月日が流れている。その間、何度も試され、何度も跳ね返されてきた。けれども、いつも前向きな気持ちを抱き続けてきた。三国志の舞台である武漢で始まる東アジア杯。今こそ守護神争いに勝利を収めるための大会にしようと、西川は決意を強めている。

ナイター照明の中、トレーニングする西川周作
ナイター照明の中、トレーニングする西川周作
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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