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沖縄知事選 ファクトチェックして分かったこと(上) 政治家らも偽情報拡散

楊井人文弁護士
沖縄県知事選の集会で支持を求める玉城候補と佐喜真候補(9月21日、筆者撮影)

 先週、沖縄県知事選が幕を閉じ、玉城デニー新知事による県政が始まった。この知事選では、当初懸念していたとおり、多くの誤情報/偽情報、根拠不明な言説が飛び交った。ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)が行ったプロジェクトで検証された事例を中心に振り返る。

【FactCheck沖縄県知事選プロジェクトとは】

 沖縄県知事選挙において、ネット上の情報やニュース報道など、様々な言説のファクトチェック(真偽検証)を推進するプロジェクト。FIJは真偽の疑わしい情報を収集し、ファクトチェックを行うメディアに情報を提供したり、市民によるファクトチェックを支援した。

 FIJのプロジェクトに賛同した6媒体(ニュースのタネ(SNJ)Japan In-depth(JID)琉球新報BuzzFeed Japan(BFJ)GoHooWasegg)がファクトチェックを実施。FIJの特集サイトで、ファクトチェック・ガイドラインを満たした13本の記事を紹介した。

匿名のネット流言飛語 安室さんを利用した情報も

 インターネットは匿名の流言飛語が飛び交う空間だ。この知事選でも当初「沖縄県知事選挙2018.com」なるサイトが登場し、「玉城デニーさん、早くも選挙違反開始!」といった動画コンテンツを次々に掲載。出所不明の情報を織り交ぜ、特定候補に的を絞ったネガティブキャンペーンが狙いであることは明らかだったが、ある国会議員がそこに掲載された動画を真偽の確証なくツイッターで紹介したことも問題になった。

9月24日付琉球新報のファクトチェック記事(筆者撮影)
9月24日付琉球新報のファクトチェック記事(筆者撮影)

 BFJが運営者の正体を突き止めるべく取材に動くと、サイトは早々に削除されたが、YouTubeチャンネルやツイッターで動画の配信は選挙終盤まで続いていた(10月2日付BFJ参照)。

 序盤はネット上で、玉城陣営に対するネガティブな根拠不明情報が多く飛び交っていたが(例えば、大麻疑惑を検証したものとして9月27日付BFJ参照)、全てがそうだったわけではない。

 9月15日に引退公演をした歌手、安室奈美恵さんが玉城候補への支持を表明したかのように印象づける画像投稿(琉球新報検証記事の要旨全文)や、自民党幹部が安室さんに会って発言自粛を求めたといった根拠不明情報に基づく報道もあった。

国会議員や元首相がツイッターで事実に基づかない批判

 この知事選では、現職の国会議員や元総理大臣らが事実を歪曲して相手陣営を批判する内容のツイッター投稿をしている実態も明らかになった。「公人」ゆえに影響力は極めて大きく、投稿はかなり拡散していたものだ。

玉城候補が「1993億円の国庫支出金を要らない」と言って「代替財源」を示したと指摘した上で、「デニー知事になると、沖縄経済は、即日死亡する」などと批判したツイッター投稿(9月14日、遠山清彦・衆議院議員)

玉城候補が「国庫支出金を要らない」と言った事実も、「代替財源」を明示した事実もなかった。[Wasegg検証記事の要旨全文

◆ 玉城候補がフェイスブックに自らの「実績」として沖縄振興一括交付金を政府与党に直談判して実現にこぎつけたと書き込んだことについて、「デニーさん、ゆくさー(うそ)ですよ」などと玉城候補を批判したツイッター投稿 (9月15日、遠山清彦・衆議院議員)

玉城候補が実現に向けて直談判した事実はあり、嘘をついた事実はなかった。[SNJ検証記事の要旨全文

BuzzFeed Japanのファクトチェック記事(9月28日)
BuzzFeed Japanのファクトチェック記事(9月28日)

◆ 佐喜真候補が宜野湾市長選挙で学校給食費の無料化を掲げたことを指摘しつつ、当選後に「給食費を値上げした」と佐喜真候補を批判したツイッター投稿(9月18日、伊波洋一・参議院議員など)

宜野湾市立小学生の給食費実質負担額は下がっていた。[BFJ検証記事の要旨全文

鳩山由紀夫元首相の9月23日付ツイッター投稿(一部加工)
鳩山由紀夫元首相の9月23日付ツイッター投稿(一部加工)

佐喜真候補も翁長前知事の後継と名乗っていると指摘し、「嘘を平気でつくような人間を県民は選ぶはずはないと信じている」と佐喜真候補を暗に批判したツイッター投稿(9月23日、鳩山由紀夫・元内閣総理大臣)

佐喜真候補本人が翁長前知事の後継を名乗っているという事実はなかった。[JID検証記事の要旨全文

大学教授が批判合戦を煽る例も

 同様に、社会的影響力のある著名人がインターネット番組などで述べた発言にも、事実に基づかないものがあった。公人と同様に影響力が看過できないものについてはファクトチェックの対象となった。

◆ 「沖縄は日本にある米軍基地の70%を負担している」というのは「オール沖縄や基地反対している人たちが“数字のマジック”で言っているだけだ」と指摘した発言(9月3日放送Abema Prime、作家・竹田恒泰氏)

→翁長前知事が言及した数字は、防衛省が公式に発表している「米軍専用基地の面積比」で、反対勢力が勝手に作り出した数字ではなかった。[Wasegg検証記事の要旨全文。なお、SNJ検証記事も参照]

◆ 「1950年代、反米基地闘争が燃えさかることを恐れた日本とアメリカが、当時まだアメリカの施政下にあった沖縄に多くの海兵隊の部隊を移した」という元防衛相の発言を取り上げ、「そんな事実はどこにもない」と全面否定(9月20日、作家・百田尚樹氏)

当時、海兵隊を本土から沖縄に移駐させたことは事実で、反基地運動に米国側も懸念していた。[JID検証記事の要旨全文

 ある著名な大学教授が、新聞記事の内容を捻じ曲げて、事実に基づかない投稿で批判合戦を煽る例もみられた。佐喜真候補の陣営が、知事が携帯電話の料金を削減する権限を持っているかのような情報発信をしていた問題を検証した琉球新報の記事を引き合いにし、「【ようやく取り下げ】佐喜真陣営が早くも「携帯電話料金の4割削減」のインチキ公約を降ろした」と投稿し、瞬く間に拡散。しかし、実際に公約を取り下げた事実はなかった(ファクトチェック記事化された事案ではないが、紹介しておく)。

候補者討論会もファクトチェック

 ネット上の真偽不明情報だけでなく、9月11日に行われた立候補予定者討論会の両候補の発言もファクトチェックした。具体的には、まず、両候補の発言から「事実言明」とそれ以外を区分けした。そして、選挙の争点である沖縄の「経済振興」と「基地問題」に関する重要な事実言明をピックアップした。

 事実関係の調査は、プロジェクトに公募で参加した市民メンバーが作業を分担。最終的に私が精査して記事をとりまとめ、JIDに3回に分けて掲載した。

〈第1回〉翁長県政の実績巡る発言は正確だった?(検証記事の要旨全文

〈第2回〉“安倍首相 5年以内の普天間返還約束”は事実か?(検証記事の要旨全文

〈第3回〉“辺野古にオスプレイ100機配備”は事実か?(検証記事の要旨全文

 検証の結果、大半は事実に基づいた発言だったが、「オスプレイが辺野古に100機配備される」ことが確実であるかのような玉城候補の発言など一部に正確さを欠くものもあった。

 この選挙で討論会のファクトチェックを行ったのは、理由がある。沖縄の基地問題に関して根深い対立を乗り越え、少しでも意義のある議論をしていくには、前提となる基本的な事実認識をできるだけ共有する必要があると考えたからだ。

 沖縄の人からみれば当たり前のようなことであっても、基本から調べ直すことによって、改めて沖縄が直面している「事実」を再確認できたことは、意義があったのではないかと思う。

下の編につづく)

【追記】「佐喜真候補も翁長前知事の後継と名乗っている」という鳩山元首相の投稿について、JIDの検証記事の判定が「誤り」から「ミスリード」に訂正された。そのため、(下)編に掲載した判定(レーティング)の分類も「ミスリード」を1件→2件に修正した。(2018/10/25 14:50追記)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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