沖縄知事選 ファクトチェックして分かったこと(下) 一部の誤解を払拭するには

FIJのファクトチェック・プロジェクトに6媒体が参加した(FIJサイトより)

上の編はこちら

「疑義言説」を自動的に捕捉するシステムも活用

 今回沖縄県知事選でFIJが行ったファクトチェック・プロジェクトは、2つの柱があった。

 一つは、公開性・透明性を旨とし、誰でも(メディア単位でも個人単位でも)参加でき、記事を応募できる形をとったことだ。

学生メンバーもファクトチェックに参加し、記事化した(東京都新宿区のプロジェクト事務所にて)
学生メンバーもファクトチェックに参加し、記事化した(東京都新宿区のプロジェクト事務所にて)

 ファクトチェックの世界では、すでに国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の原則が確立している。FIJではこの原則を実践するためにファクトチェック・ガイドラインを発表した。そして、プロジェクトの趣旨やガイドラインに賛同する人は誰でも参加できる仕組みとした。

 今回、琉球新報が、日本新聞協会に加盟するメディアとしては初めて、FIJのプロジェクトに参加した。さらに、会社員や自営業、現役記者など26名が個人としてサポートメンバーに登録し、ファクトチェックの作業に関わった。FIJがガイドラインに適合する記事として掲載したファクトチェック記事13本には、学生が中心になって検証を行い記事化したものが4件含まれている。調査や記事化にあたってFIJ事務局が助言等を行った。

 もう一つは、真偽の疑わしい情報を収集し、これを参加者・媒体と共有してファクトチェックに活用してもらう仕組みを設けたことだ。

画像

 自然言語処理技術を用いて真偽の疑わしい情報を自動的に見つけ出すシステムを、東北大学大学院の乾健太郎教授の研究室とスマートニュース株式会社の協力で共同開発(FIJのニュース参照)。今回それを初めてプロジェクトで活用した。それによって見つけ出された真偽の疑わしい情報や、外部からの情報提供も集約して、プロジェクトに参加したい人は誰でも閲覧できるようにした。

 システムが自動的に拾い出した情報は1日あたり100件以上。その中からスタッフが目検作業で不要な情報を排除し、ファクトチェックの対象となり得る情報だけを抽出した結果、約1ヶ月間で合計約100件(外部からの情報提供も含む)の「疑わしい情報」を捕捉することができた。そのいくつかが実際に、ファクトチェック記事に結びついた。

 こうしたプロジェクトの成果と課題については、報告会セミナー(10月27日、東京都渋谷区)で報告し、議論する予定だ。

なぜ沖縄問題のファクトチェックを行うのか?

 今回は、知事選限定の短期集中プロジェクトであった。

 そもそも、なぜこの沖縄県知事選でファクトチェックを行ったのか?とよく聞かれる。

沖縄国際大学のヘリ墜落現場に立岩陽一郎副理事長と訪れた(9月22日、筆者撮影)
沖縄国際大学のヘリ墜落現場に立岩陽一郎副理事長と訪れた(9月22日、筆者撮影)

 第一に、沖縄の抱えている在日米軍基地問題は、日本社会全体に関わる大きなテーマであり、社会的関心も高いからだ。基地問題をめぐる立場の対立が激しく、事実と異なる批判が飛び交いやすいテーマでもある。

 ファクトチェックは、特にテーマを限定せずにやることもできるのだが、日本ではファクトチェックに対する理解がまだ乏しく、投入できるリソースも非常に限られている。分野を問わずにファクトチェックを恒常的に行える状況に至っていないが、社会的関心の高い特定のテーマであれば可能だと考えた。

 第二に、「選挙」が民主主義の最も重要なプロセスだからこそ、その時期でファクトチェックを行うことが必要だと考えるからだ。ファクトチェックの目的は、究極的には「事実を尊重する社会」を目指し、民主主義の基盤を強化することにある。

 この点、日本のメディアには、選挙期間に入ると異様な「自主規制」モードに入ってしまうという問題がある。「公正な選挙」というお題目の下、候補者の言い分や動向をできるだけ等分量だけ紹介し、候補者に利したり不利にしたりする恐れのある報道は極力控える、というモードだ。そのため、候補者の発言や公約を当たり障りなく伝えるだけとなり、問題点などを批判的に「検証」するという報道が行われなくなる。私はこれを、有権者視点を欠いた「候補者中心主義」報道と呼んでいる。

FIJの沖縄県知事選ファクトチェック特集サイト
FIJの沖縄県知事選ファクトチェック特集サイト

 欧米の民主主義国では、逆だ。選挙だからこそ、それぞれの主張や発言に問題がないか、過去の実績はどうだったか、徹底的に検証する。有権者に判断材料を提供するのがメディアの役割だからだ(根拠に基づかない批判をしないことは、選挙期間に限らず当然のこと)。現に、ファクトチェックは選挙期間に最も盛んに行われている(参照=米大統領選で注目されるファクトチェッカー 世界にはこれだけのサイトがあるファクトチェックを経ずして偽ニュースを語るなかれ 韓国メディアも取組み強化へ)。

 日本は、選挙期間が非常に短いという制度上の問題もある。だが、選挙期間中にファクトチェックをやってはいけない、という法律があるわけでは、もちろんない。なぜ、事実を歪曲した言説がまかり通っているのを放置することこそ「公正な選挙」を害する、という見方ができないのだろうか。

 そんな日本独特の固定観念に縛られた自粛モードにもかかわらず、琉球新報が選挙期間であってもファクトチェックを行うと宣言し、実行したことは、大きな意味をもっていると思う。沖縄タイムスも、FIJのプロジェクトに参加する形はとらなかったが、ネット上で広まった疑義言説を検証する記事を掲載した。今後の選挙報道に一石を投じたのではないだろうか。

 

BuzzFeed Japanが選挙後に出したファクトチェック記事(10月11日)
BuzzFeed Japanが選挙後に出したファクトチェック記事(10月11日)

 ただ、もちろん基地問題という難題を抱える沖縄の問題は、選挙期間のときだけ注目すればよいというものではない。選挙のときだけファクトチェックすればよい、というものでもない。現に選挙が終わった後も、事実に基づかない言説が確認されている(BFJのファクトチェック記事参照=玉城デニー氏が「選挙で普天間基地の危険性を隠した」は誤り 竹田恒泰氏が発言)。

 今回のプロジェクトを通じて、沖縄問題に関するファクトチェックは、これからも継続的に実施していく必要があることを痛感した。FIJはメディアのファクトチェックをバックアップし、市民個人のファクトチェック参加も可能とする仕組み作りを目指している。関心のある方は、ぜひ参加・支援してほしい。

ファクトチェックは「デマバスター」ではない

 ファクトチェックについては、一部に「フェイクニュースを排除する手段」であるかのような“誤解”がある。

 ファクトチェック(真偽検証)とは、真偽が定かでない事実言明を検証する活動であって、「デマ・バスター」(Buster=退治する者)ではない。もちろん「ヘイトな表現」(憎悪や怒りをかきたてる不穏当な表現)に対する「取り締まり」活動でもない。

 現に、沖縄県知事選で発表されたファクトチェック記事は、「偽」と判定したものばかりではない。判定(レーティング)を分類してみると、次のようになった。

・誤り/偽情報/不正確  8件

・根拠不明        1件

・一部誤り        1件

・ミスリード       1件

・ほぼ事実/おおむね正確 3件

・事実/正確       6件

(FIJのガイドラインに適合した13本が対象。1本の記事で複数の言説を検証・判定したものもあるため、合計は20件となる)

 「悪魔の証明」といわれるように、「ある事実がない」ということを証明することは「ある事実がある」と証明することとは質が異なり、不可能に近い。したがって、「ある事実がある」という言説・情報に対しては、その「事実がある」と言えるだけの確たる証拠、根拠があるのどうかを調べ、それが不十分であれば「根拠不十分」「根拠不明」といった判定をすることもあり得るだろう。

 「デマ」「誤り」だと断定できるものだけがファクトチェックではない、という理解が広がれば、もっと多くの「根拠不明な言説」をファクトチェックした記事が増えるのではないかと思う。

ファクトチェックをなぜ行う必要があるのか

 人それぞれ意見や考えは色々あっていいし、事実に対する見方や解釈・評価も様々であっていい。しかし、証拠によって確認できる「揺るぎない事実」を捻じ曲げて流布すること(ましてや、それを特定の人や集団に対する攻撃や批判の材料とすること)は、あってはならない。「事実に基づかない意見」が社会を支配すると、民主主義が健全に機能しなくなる。

第5回ファクトチェック国際会議:Global Fact(6月20日、ローマ)(IFCN提供)
第5回ファクトチェック国際会議:Global Fact(6月20日、ローマ)(IFCN提供)

 第一に、ファクトチェックは、言い換えれば、立場・意見が違っていても認識を共有できる「事実」とそれ以外の境界を見定める作業である。わかりやすくいえば、「私とあなたは『意見』が違うかもしれないけど、この『事実』は共有できるよね」と言えるような「事実」を確認することなのだ。特定の意見を批判、攻撃することを目的としているわけでは、もちろんない。

 ただ、ファクトチェック記事に接した読者には、特定の人物や意見・立場を攻撃していると受け止め、拒絶反応を示したり、逆に拍手喝采を送って特定の立場を批判するのに利用する人も少なくない。ファクトチェック記事の趣旨が正しく理解され、人々に冷静に受容されるようになるには、まだまだ時間がかかるし、表現・伝達方法にも改良の余地があると思われる。

 

 第二に、ファクトチェックは、日常生活の中で調べる余裕のない人々に、事実が何であるかを容易に見極められるよう、信憑性の高い具体的な証拠情報を提示する作業でもある。いわば、「エビデンス・シェアリング」としての役割だ。

 情報が氾濫する世の中で「何が本当の事実なのかよくわからない」という思いをもっている人は少なからずいる。簡単に真偽の見極めがつくケースもあるが、そう簡単に分からないものの方が多い。そこで、ファクトチェッカーは人々の代わりに調べ、わかりやすく整理して判断材料を提供するのだ。

 結局、ファクトチェックの結果を受け入れるも受け入れないも、「揺るぎない事実は何か」を見極めるのも、最終的に各人でしかあり得ない。もともとファクトチェックが無批判に受容されることは望んでおらず、むしろ、ファクトチェッカーが調べて確認できた証拠を開示し、読者自らも確認して「何が事実であるか」について納得できる認識や信念にたどりつくことを期待しているのだ。

 表現の自由があり、情報があふれる社会において、事実と異なる誤情報・偽情報はこれからも出てくるであろう。それを「撲滅」も「排除」もすることはできないし、そうしようとすることが正しいことだも思わない。だが、それを「放置」して、もっぱら個々人の判断やリテラシーに委ねる、というのも正しいとも思えない。

 偽情報は消せなくても「無力化」し、それ以上の蔓延を食い止めることはできるはずだ。人々が「事実」を重んじ、より多くの人がファクトチェックを行い、共有できる社会になれば。(了)