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「犯人視報道しない」 報道指針は守られているか 日本新聞協会の見解は?

楊井人文弁護士
産経新聞が「事件・報道ガイドライン」を発表した時の記事(2009年2月21日)

【トピックス】千葉県松戸市で小学生の女児が殺害された事件で、小学校保護者会長の男性が死体遺棄の容疑で逮捕された直後から「見守り役の犯行」を前提とした報道が相次いだ。日本新聞協会は裁判員裁判の開始を控えていた9年前、事件報道についての統一的な取材・報道指針を策定した。今回の事件報道できちんと守られているのか、新聞協会の見解を聞いた。

逮捕翌日の毎日新聞ニュースサイトのトップに掲載された見出し
逮捕翌日の毎日新聞ニュースサイトのトップに掲載された見出し

先週、逮捕された男性が犯人であると決まったかのような報道が相次いだことを指摘したところ、大きな反響があった。ツイッター上では「まだ推定無罪なんだよな。この記事見てハッとしたわ」「ぱっと聞いたニュースを真に受けていた。マスコミの力はおそろしい」などといった感想もあった。

【参考記事=千葉女児殺害 繰り返される有罪推定報道(2017/4/16)】

「犯人視報道」しないための統一指針 裁判員裁判導入時に策定

日本新聞協会が2008年に策定した「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」には、次のように書かれている。

被疑者を犯人と決め付けるような報道は、将来の裁判員である国民に過度の予断を与える恐れがあるとの指摘もある。これまでも我々は、被疑者の権利を不当に侵害しない等の観点から、いわゆる犯人視報道をしないように心掛けてきたが、裁判員制度が始まるのを機に、改めて取材・報道の在り方について協議を重ね、以下の事項を確認した。

出典:裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針(日本新聞協会)

ここで3つの確認事項が記されているが、3つ目にはこう書かれている。

事件に関する識者のコメントや分析は、被疑者が犯人であるとの印象を読者・視聴者に植え付けることのないよう十分留意する。

出典:裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針(日本新聞協会)

産経ニュースが配信した記事(LINEの産経アカウントより)。容疑者実名は削除処理済
産経ニュースが配信した記事(LINEの産経アカウントより)。容疑者実名は削除処理済

今回の事件報道で、この取材・報道指針はきちんと守られていると言えるだろうか。

逮捕翌日に見出しで「防犯側の犯行」と報じた記事もあれば、「犯人は逮捕されました」とツイッターで発信した例(その後、削除)もあった。容疑者が犯人であることを前提にした識者のコメントも掲載された(例えば、産経ニュース4月16日配信記事)。

そこで、(1)この指針はいわゆる「犯人視報道」をしてはならないという前提で作成され、「被疑者を犯人であると決め付ける」報道や「被疑者が犯人であるとの印象を読者・視聴者に植え付ける」報道がそれに当たると理解してよいか、(2)今回の事件報道で「犯人視報道」にあたるものがあると考えるか、(3)今回の事件報道で指針を遵守しているかどうかをチェックするなどの対応はとっているのかの3点について、「犯人視報道」とみられる具体例も列挙しつつ、質問。新聞協会は「編集制作部編集担当」の名で書面回答した。

新聞協会「個別のケースで対応・措置をとる予定ない」

まず、「裁判員裁判開始にあたっての取材・報道指針」について、「裁判員裁判が始まるのを機に、報道を規制するような『禁止事項』を列挙するのではなく、各社が犯人、有罪と決め付けないよう努めてきた事件報道の在り方を再確認しながら、さらに配慮が必要と思われる点を検討し策定されました」と説明。質問(1)については「犯人視報道については統一的な定義をしておりません。各社は被疑者の権利を不当に侵害しないよう記事の書き方等に十分配慮しております」と答えた。

質問(2)については、指針に「加盟各社は、本指針を念頭に、それぞれの判断と責任において必要な努力をしていく」と書かれていると指摘。「各社は本件事件においても、それぞれの判断と責任において、被疑者の人権に配慮して報道していることと存じます」と述べ、千葉女児殺害事件の報道が指針に照らして問題があるという認識は示さなかった。

質問(3)については、「新聞社の報道は各社の編集権に基づいて行われており、当協会がチェック・指導することはありません。したがって、個別のケースにおいてお尋ねのような対応・措置をとる予定はありません」とのことだった。

先に挙げたような「犯人視報道」と言わざるを得ないような具体例があっても、新聞協会としては、指針から逸脱しているかどうか見解を示すこともなければ、何も対応をとる考えがないということが明らかになったといえる。

ガイドラインを公表していないメディアも

裁判員制度の導入前、政府側で「裁判の公正を妨げるおそれの行為」を禁止する一環で、裁判員に偏見を生じさせないように報道に配慮を求める「偏見報道禁止規定」が検討された時期があった。これに新聞をはじめマスコミ業界は強く反発。業界の自主的なルール作りへの期待もあり、法案に盛り込まれなかった。

その後、主な新聞社・放送局・通信社が加盟している新聞協会が業界として初めて統一的な事件報道の指針を定め、各社もより詳細なガイドラインを策定・整備していった(在京6紙のうち、現在ウェブサイト上で確認できるのは、産経新聞の「事件・裁判報道ガイドライン」東京新聞の「事件報道ガイドライン」。朝日新聞は公刊されている「事件の取材と報道2012」に収録)。

朝日新聞は詳細な事件報道の指針を公刊している。約180ページある。
朝日新聞は詳細な事件報道の指針を公刊している。約180ページある。

これらガイドラインには、いわゆる「犯人視報道」をしないための具体的な方策などが盛り込まれている。問題は、こうした指針・ガイドラインがきちんと守られているのかどうか、第三者的にチェックしたり是正したりする仕組みがないことではないか。そもそもガイドラインを公表していないメディアもある。

事件報道の改善を訴えてきたベテランのジャーナリストも、ツイッターでこうつぶやいている。「これまでずっと指摘されてきたこと。かつ、どうすべきかの方向性も出ているはず。なのにいつまでも同じことの繰り返し」

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長を6年近く務め、2023年退任。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』を出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。翌年から調査報道NPO・InFactのファクトチェック担当編集長を1年あまり務める。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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