【追悼】「報道改革」を訴え続けた藤田博司さん

故・藤田博司さんの主な著書

早朝にめったに目覚めることのないのにその日は午前4時ごろ、急に目覚めた。もう一度寝ようとしたが寝つけず、あきらめてノートパソコンを開けた。すると目に飛び込んできたのが、朝日新聞がついさっき配信したばかりの「藤田博司さん死去」の第一報(10月6日午前5時)だった。ついこの間お会いしたばかり。もしかして夢をみているのでは…。にわかには信じられない思いだった。登山の後に急変したとのことだった。

私は藤田さんと2度しかお会いしたことがない。そんな私が藤田さんの追悼文を書くのは、苦境に陥っているメディア界は今こそ藤田さんの積年の訴えに、真剣に耳を傾けるべきだと思ったからだ。その話をする前に、少しばかり藤田さんと最後に言葉を交わしたときの様子を想い起こしたい。

それは9月27日、藤田さんが主宰しているマスコミOBの集まり「土曜サロン」に参加したときのことだった。終わってから立ち話で、朝日新聞の池上彰氏コラム問題で私の取材に応じてコメントを寄せていただいたことに改めて御礼を伝えた。藤田さんは9月15日の日本報道検証機構主催イベントに都合がつかず出席できなかったことを、丁寧に詫びられた。そして、朝日新聞が9月11日発表した「吉田調書」報道の全面取消しは行き過ぎだと思うこと、自らを棚に上げて朝日を非難している今のジャーナリズムに驚き呆れていることを、沈着ながら憂慮の念を隠しきれずに話されていた。藤田さんは亡くなった日の5日後に、「慰安婦問題と朝日バッシング」というイベントに登壇する予定だったと後に知った。

藤田さんは共同通信ワシントン支局長、論説委員などを歴任し、『アメリカのジャーナリズム』(岩波新書)を上梓。上智大学や早稲田大学などでジャーナリズムを教え、朝日新聞「報道と人権委員会」委員を長年務めた。このジャーナリズム界の大御所ともいえる存在に私が虜になったのは、『どうする情報源 報道改革の分水嶺』(リベルタ出版、2010年)を読んでからだった。私が「報道の正確性と質の向上」を掲げて、日本報道検証機構を立ち上げて間もない2012年頃だったと思う。

詳細はこの名著をぜひ手にとって読んでいただきたいが、一言でいえば、報道の正確性・信頼性を向上するには、情報源を可能な限り明示しなければならない、それが「報道改革」の一歩になると主張されている。日本ではその実践が全く不十分で、情報源と一体化した記事が横行し、誤報や犯人視報道、報道の質低下の原因になっているという指摘だ。米国の慣行と比較しつつ、理論的に問題点を整理しておられる。長年の米国での記者生活で「情報源の扱い」に関心をもたれたのだと思われる。「報道改革」というテーゼを明確に掲げたのは、私が知る限り藤田さんが初めてである。

日本のメディアは、取材活動において情報源と信頼関係を築くこと、情報源を守る(秘匿する)ことを非常に重視しているが、報道する際の情報源の表記にはほとんど注意が払われていない。読者も、情報源が示されていない報道に慣れ切ってしまい、ほとんど違和感をもっていないようである。そのことは当然、藤田さんは分かっていた。それでも藤田さんは敢えてこの問題にこだわる理由をこう述べていた。

こだわる理由は十分にある。こだわらなければならない理由がある。複雑なことではない。報道における情報源の扱いを見直すことによって、日本のメディアの報道の質、ジャーナリズムの質を格段に向上させることができると考えるからである。それがニュース報道をより正確でより公正なものにする足がかりになると考えるからである。

出典:藤田博司『どうする情報源 報道改革の分水嶺』44頁

残念ながら、藤田さんが『どうする情報源』を世に問うた後も、日本のメディアの慣行も読者の意識も全く変わっていない。翌年の東日本大震災以後、報道の信頼性を揺るがす事態、質の低下が疑われる事件が毎年のように起きている。座視しておられなかったのであろう、藤田さんは今年、共著で『ジャーナリズムの規範と倫理 信頼性を確保するために』(新聞通信調査会)を出版された。あまた存在するジャーナリズム書で群を抜く一冊である。今後「報道改革」を語る者のバイブルとなるに違いない。

藤田さんは、私が一昨年から運営しているサイト「GoHoo」にもだいぶ前から注目してくださったようであり、最初のご挨拶で「精力的なお仕事ぶりに感心しています」とのお言葉を頂いた。偶然かもしれないが、GoHooのコラム「誤りを訂正する良い見本を示した朝日新聞」で取り上げた事例が、『ジャーナリズムの規範と倫理』でも「報道現場の正直さ、誠実さを示すもの」として紹介され、嬉しくなった。

「報道の信頼性」「報道の質」ーーこれを最も深く、真剣に突き詰めて考えていた方は、藤田さんをおいて他にいただろうか。それが音をたてて崩れようとしている今、藤田さんは忽然とこの世を去られてしまった。ジャーナリズム界の大きな損失というほかない。私も、ご高齢を承知でお願いしたいことがいくつかあった。いや、その前に万障を排してもっと教えを乞いにいけばよかったとの悔いが消えない。喪失感は大きい。私ができることは、藤田さんがかざした「報道改革」の松明の火が消えないように、していくほかには・・・藤田さん、有難うございました。ご冥福をお祈り申し上げます。