空想科学研究所の柳田理科雄です。水島新司先生が亡くなられ、とても悲しいです。

先生の代表作としては『ドカベン』が挙げられるだろうけど、筆者は『野球狂の詩』の初期の、不器用な選手たちがすがるように野球を続けようとしていた姿が忘れられない。

また先生は、2018年の『ドカベン』の連載終了直後に『あぶさん 球けがれなく道けわし』という読み切りを描かれたが、それは部員数減に悩む高校球児たちが、学校を超えて合同チームで地方大会に臨む、地味だけどとても温かい物語だった。

プロ野球でも、高校野球でも、草野球でも、水島先生はいつも「野球が好きな人」に、限りなく優しい目線を向けられていた。

もちろん『ドカベン』が傑作なのは言うまでもない。山田も里中も殿間も魅力的だったが、なかでも筆者が好きなのは岩鬼正美である。

その優しげな名前に似合わぬ巨漢。いつも学生帽をかぶり、葉っぱのついた枝をくわえている。打てばホームランか三振、華麗な守備を見せたかと思えばボーンヘッド。そんな自分を野球の天才だと言い放つ。すばらしく破天荒なキャラだった。

◆いつも葉っぱをくわえていた

印象的だったのは、いつも岩鬼が葉っぱをくわえていたことだ。

あれは、正しくは「木の枝」だと思うが、コミックス4巻で牙という少年が「葉っぱ」と呼んで以来、作中ではずっとそう呼ばれていた。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

岩鬼=葉っぱというイメージだが、そのわりに、作中の人々は葉っぱに無関心だ。

たとえば授業中に先生が注意することもない。中学の柔道大会では審判も何も言わない。明訓高校の野球部に入った初日、新入生に厳しい土井垣キャプテンさえも、岩鬼の葉っぱには言及しなかった。

ずっと素朴な疑問だったのが「葉っぱをくわえて、野球の試合に出ていいのだろうか?」ということだ。

公認野球規則1・11「ユニフォーム」の項に、葉っぱに関する記述はない。装飾品についても「ガラスのボタンやピカピカした金属を、ユニフォームにつけることはできない」などとあるだけで、葉っぱが抵触しそうな項目はない。

――ってことは大丈夫なのか?

そこで筆者は、少年野球チームのコーチ数人に「葉っぱをくわえて試合に出てもいいですか?」と聞いてみた。

すると、全員が即座に「ダメです」という答え。

「公認野球規則のどの条項に抵触するのですか?」と食い下がると、コーチたちは「心構えとしてダメです」「マナーとしてダメです」「絶対にダメです」。う~む、取りつく島が全然ありませんでした……。

しかし、あの葉っぱ、実際にやろうと思うと大変である。

筆者は岩鬼をマネして、同じような木の枝をくわえて食事をしてみたのだが、口を閉められないからご飯はこぼれるし、歯茎に刺さって痛いし、とにかく邪魔だし……。

そのうえ野球をやるなど、あまりに恐ろしい。筆者は、葉っぱだけでも「さすが男・岩鬼!」としみじみ思うのだ。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆岩鬼の打撃音が楽しい

そんな岩鬼はいつも楽しそうに打席に入っていて、それも大好きだった。

たとえば、その打撃音も「カーン」などという普通の音ではなかった。「グワァキィーン」とか「グワガララグワキーン」といった意味不明な音で、最初のうちは岩鬼自身が自分でそう叫んでいたのだが、マンガをよく読むと、そのうち口で言ったり、実際の打球音だったり……と両パターンが混在しているようになる。

それらの音を書き出すと、こんな感じだ(「口」が岩鬼自身のセリフ、「打」が打撃音と思われるもの)。

「グワァキィーン(打)」

「グワラギャキーン(口)」

「グワングワラグワキーン(口)」

「グワアギゴキィン(打)」

「グワラグワラグワッキーン(口)」

「グワラグワラグワキーン(打)」

「カキーン(打)」

「グワアギィン(打)」

「グワアガギン(打)」

「グワアガギィーン(打)」

「グワアギャグワアラグワキーン(打)」

「グワアギャーン(打)」

「グワキキ(打)」

「グワアラグワアキーン(口)」

「グワアキ(打)」

「グワラガァキーン(口)」

「ガ グワアラグワアキイ(打)」。

ああ、やまかしい。やはり岩鬼の打席はメチャメチャ楽しいな。

◆驚異のバットごとホームラン!

そんな岩鬼のバッティングで、筆者が忘れられないのが、高校2年の秋季大会、白新高校と対戦したときの打撃だ。

白新の不知火守が投げた剛速球をフルスイングすると、なんとバットがすっ飛んでいって、スタンドに入った!

そしてしばらく間を置いて、今度はボールがその向こうに落ちていった!

なんと、バットとボールを両方ホームランしたのだ!

あまりに豪快な一発だが、こんなことができるのだろうか。

「バットごとホームラン」の舞台は、センター120mの保土ヶ谷球場だった。

バットはスコアボード前の芝生に落ち、ボールはスコアボードの下部に当たった。ここから、飛距離はバットが130m、ボールが135mだったと考えよう。また、バットは岩鬼の手から仰角20度ほどで飛んでいった。

空気抵抗を無視すると、もっとも飛距離が出るのは仰角45度で飛ばしたとき。

だが、岩鬼は飛距離の出ない仰角20度で130mも飛ばしている。そのうえ、ボールもスタンドに叩き込んだ。

この二つの行為を同時に実践するために、岩鬼がどれだけのスピードでバットを振っていたかを計算すると、不知火の剛速球が時速150kmだった場合、ボールが当たる直前の「バットのヘッドスピード」は時速261kmとなる! ものすごい!

この猛スイングでジャストミートしていれば、飛距離595mの大ホームランとなったはずである。

それが135mにとどまったということは、ボールは高々と舞い上がったのだろう。計算すると、上昇高度はなんと310m。スタンドに入るのは、15.9秒後。

バットは3.1秒にスタンドに着弾した計算になるから、バットがスタンドインして12.8秒も経ってから、ようやくホームランとなったわけだ。

いやあ、すごい。やはり男・岩鬼はただモノではありませんなあ。

地味にがんばる二軍選手から、これほど豪快に活躍するスーパースターまで、野球人の魅力を描き尽くされた水島新司先生。

たくさんの楽しい作品を、本当にありがとうございました。いつまでも読み返します。