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『ジョジョの奇妙な冒険』のマライアは、人間を磁石にするスタンド使い。その力はどれほど恐ろしいか?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『ジョジョの奇妙な冒険』には、科学的にも興味深いスタンド使いがいろいろ出てくるけど、その1人が、マライアだ。

第3部「スターダストクルセイダーズ」に登場するDIOの配下で、ジョセフ・ジョースターの表現を借りれば「脚がグンバツの女」。

確かにそうなのだが、まったく油断のならない女だった。バステト女神の力を宿した彼女のスタンドは「コンセント」。触れた者の体に磁力を帯びさせる。

そのうえ、普段は「ウフフフフ……」と冷たく笑っているのに、突然「このビチグソがぁ~~~っ」とキレたりもする。

そんなマライアの策略に引っかかったジョセフ・ジョースターの体には、いつの間にか、瓶の王冠が体にくっついていた。

大工仕事をしている人のそばを通ると、釘や金槌が飛んできた。ホテルの廊下を歩くと、ワゴンからナイフやフォークが飛んできた。エスカレーターに乗ると、そこから離れなくなった……。

ジョセフの体は磁力を帯びてしまったのだ。しかも磁力は、だんだん強くなっていく!

想像するだけでもオソロシイが、本当にそんなコトが起こり得るのだろうか?

◆人間は磁石になるか?

磁石については、小学3年の理科で習う。

その結果、「磁石は鉄を吸い寄せる」と思い込んでしまったりするんだけど、実は磁石に反応するのは鉄だけではない。あらゆる物質が、なんらかのカタチで磁石に反応する。

反応には三種類あって

・強く引きつけられる(鉄、ニッケルなど)

・わずかに引きつけられる(アルミニウム、酸素など)

・わずかに反発する(水、炭素など)

のいずれか。

たとえば、洗面器などに水を入れて、上から超強力な磁石を近づけると、水面が凹むし(モーゼ効果)、米粒には水が含まれるから、とても強力な磁石の上に置くと、米粒は宙に浮く。 

すべての物質が磁石に反応するのは、物質を作る原子の一つ一つが、もともと小さな磁石だからだ。

普段はたくさんの原子がテンデンバラバラな方向を向いているので、全体として磁力は持っていないが、磁石を使づけると、どんな物質でも原子の向きが変化する。

そして、多くの原子が同じ向きになると、その物質は磁力を帯びる。

ということは、マライアのコンセントが、触れたものの体を作る原子の向きを、一方向にそろえる力を持っているとしたら、人間の体が磁石になっても不思議ではない。

◆磁力のスピードがすごい!

体が磁石になったら、マンガに描かれているように、さまざまな鉄製品が吸い寄せられるようになるだろう。

とはいえ、磁力を帯びたジョセフには、釘やナイフやフォークやトンカチまで飛んできた。実際にそんなコトになるのか?

なる!

これはもう、キッパリ断言できる。人間の体が、離れた鉄製品を引き寄せるほどの強い磁石になったら、オソロシイ事態になってしまう。

鉄が磁石にぶつかるスピードはものすごい。

手元に磁石と釘があったらぜひ実験してほしいのだが、釘に磁石を少しずつ近づけていくと、最初は何の影響もなかったのに、ひとたび鉄が動き始めるや、たちまちスピードが速くなり、最後はかなりの勢いでガチーンとくっつく。

これは磁力の性質によるものだ。重力や静電気の力が「距離の2乗」に反比例するのに対し、磁力は「距離の3乗」に反比例する。

したがって、距離が10分の1になると、重力は100倍になるけど、磁力は1千倍になってしまう!

この科学的事実をもとに、マンガで描かれた「ナイフとフォークが飛んできたシーン」を見てみよう。

飛んできたのは8本。ジョセフが「わしの体はッ! 磁石になっているのかァーッ」と叫びながら走って廊下を曲がると、6本は直進して壁に刺さったが、2本がカーブしてジョセフの背中に突き刺さった!

ジョセフは「ゲーッ」と悲鳴を上げたが、このときのダメージを科学的に考えると、モーレツに怖いことになる。たぶん「ゲーッ」では済みません。

◆マンガよりも怖いことに!

ここでは、ナイフとフォークの長さを20cm、重さを100gと仮定して考えよう。

マンガのコマを見ると、ナイフとフォークは、5mほどの距離から引き寄せられている。この距離で、ナイフやフォークに、自重と同じ100gの磁力が働いていたとしよう。

ナイフやフォークの中心は、突き刺さる瞬間に、ジョセフの体に「自分の長さの半分=10cm」まで近づくことになる。

その距離は、初めの50分の1。すると、磁力は50の3乗で、12万5千倍。

初めの磁力は100g=0.1kgだったから、突き刺さる瞬間は1万2500kg=12.5tに!

近づくほど増大する磁力によって、ナイフとフォークは加速され、突き刺さる瞬間には時速2520km=マッハ2.1というモーレツなスピードになってしまう。

ピストルの弾がマッハ1だから、その倍も速い。そのうえ、刺さったあとも12.5tの力で押し込まれるのだ。確実に体を貫通するだろう。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

そして、貫通したナイフ&フォークはどうなるか?

磁力で戻ってきて、また刺さる!

また貫通したら、また刺さる!

何度も何度も刺さる!

もう考えただけでオソロシイ……。

作中ではその後、アヴドゥルの体も磁力を帯びてしまい、2人の体にはいろいろなものがくっついた。画鋲、空き缶、石油缶、鉄パイプ、看板、自転車、アヴドゥルに至っては軽トラック……!

これらは「マンガならではの大袈裟な描写」ではない。実際に体が強い磁力を帯びたら、本当にこうなるはずだし、当然ながらモーレツにキケンだ。

恐るべきマライア。いかに「脚がグンバツ」でも、こんなスタンド使いには近寄らないようにいたしましょう。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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