揺さぶり虐待疑われた祖母に逆転無罪! 他のSBS裁判にも大きな影響

孫への虐待を疑われながらも、大阪高裁で逆転無罪となった山内さん。(筆者撮影)

「原判決を破棄します。被告人は無罪」

 10月25日、大阪高裁1003 号法廷。

 村山浩昭裁判長による判決文の読み上げが始まった直後、

「ありがとうございました、本当にありがとうございました……」

 法廷中央の証言台の前に立っていた山内泰子さん(69)は、か細い肩を震わせ、涙をハンカチで拭いながら、何度も裁判長に向かって頭を下げました。

 傍聴席で見守っていた山内さんの家族も、思わず嗚咽を漏らします。

二審から弁護を担当した弁護士、傍聴に駆け付けた娘夫婦、孫たちと共に、逆転無罪判決の喜びをかみしめる山内泰子さん(「無罪」の文字の右側)/筆者撮影
二審から弁護を担当した弁護士、傍聴に駆け付けた娘夫婦、孫たちと共に、逆転無罪判決の喜びをかみしめる山内泰子さん(「無罪」の文字の右側)/筆者撮影

 約1時間半に及ぶ判決理由の読み上げが終わり、閉廷間近になったとき、裁判長は山内さんに向けて静かな口調でこう告げました。

「医学的な話が多く、わかりづらかったかもしれませんが、当裁判所の判断としては今お話しした通り、あなたが暴行を加えたことは間違いである、ということです。だいぶ、お辛い思いをされたと思います

 その言葉を聞いた山内さんは、

「はい、ありがとうございます。裁判長、ありがとうございます

 そう言って、再び頭を下げました。

■「孫は私の生きがい……」必死の訴え届かず、一審では実刑に

 山内さんは、『2016年4月に大阪市東淀川区の次女宅で生後2カ月の孫(女児)の頭部に何らかの暴行を加え、約3カ月後に死亡させた』として、同年12月、傷害致死容疑で逮捕・起訴されました。

「孫は私の生きがいです。絶対に虐待などしていません」と一貫して否認しましたが、一審の大阪地裁は17年10月、「大人が強く揺さぶらなければ起こりえない傷害で、それが可能だったのは山内被告だけだ」と指摘したうえで、「偶発的な犯行の可能性も考えられるが、被害児は首も据わっておらず、強い非難に値する」として懲役5年6カ月の実刑判決を下しました。

 辛い一審判決からちょうど2年、控訴審判決では山内さんの訴えが認められる形となったのです。

 

逆転無罪判決後に行われた山内さんの弁護士による記者会見には、多くのメディアが集まった(筆者撮影)
逆転無罪判決後に行われた山内さんの弁護士による記者会見には、多くのメディアが集まった(筆者撮影)

■「暴行」ではなく「病気」の可能性が大

 今回の裁判の争点については、判決前日に以下の記事でも報じた通りです。

<祖母による「揺さぶり虐待」は本当にあったのか? 大阪高裁で注目判決(2019/10/24配信)>

 では、逆転無罪となった理由はどこにあるのか、一審と二審の事実認定を比較してみたいと思います。

 まず、一審の裁判官は、検察側が証人として意見を求めた小児科医の意見を全面的に採用し、「山内さんが生後2か月の赤ちゃんに対して激しく揺さぶる暴行を加えた」として、実刑判決を下しました。

 その根拠は、鑑定を行った小児科医が「赤ちゃんの頭に  1)硬膜下血腫、2)脳浮腫、 3)眼底出血 という3つの兆候がみられる」と判断したことです。

一審で有罪の根拠になった「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」理論の解説(イラスト/吉岡昌諒)
一審で有罪の根拠になった「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」理論の解説(イラスト/吉岡昌諒)

 そして、この3兆候は「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」の症状を示すという理論に基づき、「山内さんが強く揺さぶって暴行した」と結論付けられたのです。

 通称「SBS(エス・ビー・エス)」とも呼ばれているこの傷病名は、「Shaken Baby Syndrome(シェイクン・ベイビー・シンドローム)」という英語の頭文字をとったものです。

 一方、控訴審では被告の弁護側が脳神経外科医らに意見を求めました。

 彼らは「赤ちゃんの脳に見られる出血は外力によるものではなく、脳静脈洞血栓症(のうじょうみゃくどうけっせんしょう)という病気を発症した可能性がある」と証言しました。

 高裁の裁判官はこちらの鑑定を重視し、

「山内さんによる揺さぶり暴行はなかった。赤ちゃんは病死の可能性が高い」と判断したのです。

 

 さらに、「そもそも、硬膜下血腫の存在を確定できない」と小児科医の鑑定に疑問を投げかけました。

■SBS理論の単純な適用は事実誤認につながる

 高裁の判決文には山内さんの家族関係や立場、当時の状況に照らして、このような一文も記されました。

「被告人にはB(赤ちゃん)が泣き止まないことなどにいら立ちや怒りを抱くと言った児童虐待事案に見られるような動機が見当たらず、家庭環境的な虐待のリスクも疑われず、Bを揺さぶったことをうかがわせるような事情は見当たらない」

 そして、「3兆候」を根拠にしたSBS理論で「虐待」と認定することの危険性を次のように鋭く指摘したのです。

「本件は一面で、SBS理論による事実認定の危うさを示しており、SBS理論を単純に適用すると、極めて機械的、画一的な事実認定を招き、結論として、事実を誤認するおそれを生じさせかねないものである」

 山内さんの刑事弁護に携わり、SBS検証プロジェクトの共同代表である秋田真志弁護士は、同プロジェクトのブログで今回の高裁判決をこう評価しています。

「SBS仮説の危険性を、的確に指摘しています。これまでSBS仮説に依拠して訴追・有罪判決や親子分離をしてきた関係機関に、根本的な反省を迫る内容と言えます。この判決が、日本におけるSBS仮説の見直しのために、今後の指針となることを期待したいと思います」

■現在もSBS理論で訴追されている保護者たち

 山内さんには子供が3人います。お孫さんは亡くなった赤ちゃんを含め、6人。

 家族の仲はとても良く、皆がおばあちゃんを慕っています。

 これまで娘さんたちを助けて育児を手伝ってきた山内さんが、まだ首も座っていないような赤ちゃんを強く揺さぶって死に至らしめる理由がどこにあるのか? 

 身長146センチ、体重40キロほどのとても華奢な山内さんが赤ちゃんを強く揺さぶることなどできるのか? 

 私はこのご家族と接するたびに、疑問を感じました。

 山内さんは振り返ります。

「検察側の証人として証言した小児科医は、『少なくとも5センチの振り幅で、1秒間に3往復の速さで赤ちゃんを勢いよく揺さぶった』と言っていました。でも、いったいどうやったらそんなことができるのでしょう、本当に意味が解りませんでした」

 実は山内さんと同様、幼児の頭に外傷があった場合、「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」を疑われ、児童相談所に通報されて親子分離されたり、逮捕・起訴されたりする人は他にも数多くおられます。

 大阪高裁ではもう1件、SBS理論で虐待を疑われながらも、冤罪を訴えている母親の刑事裁判が進行中です。

 この裁判でも山内さんの裁判と全く同じ小児科医が、検察側の証人として「母親による揺さぶり虐待」を主張しています。

 現在、SBS理論によって虐待を疑われている方、捜査を受けている方は、今回、山内さんが逆転無罪となった高裁の判決文を参考にされることをおすすめします。

逆転無罪判決が下された大阪高裁(筆者撮影)
逆転無罪判決が下された大阪高裁(筆者撮影)

■何もしていないのに犯罪者として扱われた苦しみ

 今回の無罪判決を受け、私は初めて山内さんの実名と写真を公表して記事化することにしました。

 これまで、一方的に「犯罪者」と決めつけられ、世間にさらされてきた山内さんとご家族にとって、赤ちゃんが突然の病気で入院してからの3年半の歳月の苦しみは、想像を絶するものだったはずです。

 山内さんにとって何よりの悲しみは、いうまでもなく、大切なお孫さんが意識を回復することなく亡くなってしまったことでした。

 それでも、皆、無罪を心から信じ、結束して支え続けました。

 1年3カ月もの間、冷房も暖房もない大阪拘置所に勾留されていたときも、山内さんの3人の子どもとその配偶者、孫たちは、頻繁に面会に訪れたと言います。

 判決の後、山内さんはこう語りました。

「弁護士さん、医師の方々、学者の方々をはじめ、本当に多くの方々の支えがあったおかげで、裁判官に真実を認めてもらうことができました。そして、家族みんなが私を応援してくれました。今も私と同じようにSBS理論によって「揺さぶって虐待しただろう』と決めつけられ、身に覚えのない罪を着せられて苦しんでいる方がおられます。この先は少しでもそうした方々を励ますことができればと思っています」