祖母による「揺さぶり虐待」は本当にあったのか? 大阪高裁で注目判決

赤ちゃんに突然の異変。一方的に虐待を疑われる保護者たちが後を絶ちません(写真:アフロ)

『揺さぶり虐待か、病死か 三つの兆候めぐり割れる見立て』

 10月23日の朝日新聞(大阪版朝刊)に、このような見出しの記事が掲載されました。

 生後2か月の孫(女児)に対する「揺さぶり虐待」を疑われ、一審の大阪地裁で懲役5年6カ月(求刑懲役6年)を言い渡された女性(69)。

 被害児の祖母である彼女が一貫して無罪を主張し、争いが続いている控訴審の判決が10月25日、大阪高裁で下されます。

■孫への虐待容疑で逮捕。一審は実刑5年半の有罪判決

 この「事件」は、2016年4月に発生しました。

 女性(当時67)が次女の自宅で留守番をしていたとき、孫の様子が突然おかしくなり、すぐに病院へ搬送したところ、脳に出血等が見つかったのです。

 脳機能不全に陥っていた孫は治療を受けましたが、残念ながら3カ月後に亡くなってしまいました。

 それから数カ月後、祖母は孫に対する傷害致死の罪で逮捕、起訴されました。

 しかし、逮捕時から一貫して容疑を否認しています。

■犯行を裏付ける証拠も動機も明らかにされぬままに

 2017年10月、大阪地裁の飯島健太郎裁判長が読み上げた判決文の中には、次のように明記されていました。

「強く揺さぶらなければ起こりえない傷害で、それが可能だったのは被告人だけ」

「抵抗できない乳児に強い衝撃を与えた非常に危険な行為」

「偶発的な犯行の可能性も考えられるが、被害児は首も据わっておらず、強い非難に値する」

 留守番に来ていた祖母がまだ首も据わっていない赤ちゃんに対して「強く揺さぶる」という暴行を加え、赤ちゃんを死なせてしまった……。

 この判決を読む限り、大変恐ろしい犯行だったということになります。

 私はこの事件を2年近く取材してきたのですが、一審の判決文を読んで疑問に思ったのは、「傷害致死」という重大な犯罪であるにもかかわらず、犯行を裏付ける客観的な証拠も、目撃者も、動機も、まったく見当たらなかったことです。

まもなく判決が下される大阪高等裁判所(筆者撮影)
まもなく判決が下される大阪高等裁判所(筆者撮影)

■証拠も動機もないまま「見立て」で立件

 冒頭で紹介した『朝日新聞』では、見出しの中で「割れる見立て」という言葉を使っています。

 まさに、被告人である祖母は、赤ちゃんの脳に見られた「症状」から推定される「見立て」だけで刑事裁判にかけられ、実刑判決を受けたといっても過言ではないのです。

 では、控訴審ではどんな見立てが「割れた」のでしょうか?

 まず、児童虐待に詳しい小児科医は、

「この女児の頭部には『乳幼児揺さぶられ症候群』を示す3つの兆候(硬膜下血腫、眼底出血、脳浮腫)がある」

 とし、検察側はその説明を根拠に、「祖母が強く揺さぶった」と主張しました。

 ちなみに、この小児科医は被害児を直接診察したことはありません。診療カルテやCTなどの画像をもとにこのような判断を下しました。

 一方、祖母の弁護団は、海外論文や脳神経外科医らの主張をもとに、

「3つの兆候は揺さぶりによる虐待の証拠にはならない。女児の死因は静脈洞血栓症という稀な病気だった可能性が高い」

 と反論し、無罪を訴えてきました。

 つまり、赤ちゃんの脳に見られた出血等の異常が、「暴行」によるものか、それとも「病気」だったのか? 

 検察側と弁護側の見解が真っ二つに割れた、ということなのです。

■「3つの兆候」と「乳幼児揺さぶられ症候群」

 一審で有罪の根拠となったのは、「乳幼児揺さぶられ症候群」という診断です。

 通称「SBS(エス・ビー・エス)」とも呼ばれているこの傷病名は、「Shaken Baby Syndrome(シェイクン・ベイビー・シンドローム)」という英語の頭文字をとったものです。

【事故か、虐待か? 乳幼児揺さぶられ症候群めぐり、分かれる医師の見解(2018/3/9)】でもレポートしましたが、今の日本では赤ちゃんの脳に、

1)硬膜下血腫/頭蓋骨の内側にある硬膜内で出血し、血の固まりが脳を圧迫している状態

2)眼底出血(網膜出血)/網膜の血管が破れて出血している状態

3)脳浮腫/頭部外傷や腫瘍によって、脳の組織内に水分が異常にたまった状態

 という3つの兆候が見られると、多くの場合、「乳幼児揺さぶられ症候群」と診断され、「一緒にいた大人が激しく揺さぶる虐待をおこなった可能性あり」として、捜査の対象になります。

 一方、大切な我が子が、突然の事故や病気で脳に重い障害を負ってしまったら……。

 親や祖父母は身を切られるほど辛く、子どもを守ってやれなかった自分を責め、そして、先の見えない不安にさいなまれることでしょう。

 しかし、今の日本では、こうした理論やマニュアルに基づいて、かなり強硬的に「虐待」を疑われるというのが現実なのです。

■この事件の本当の「被害者」は誰なのか?

 私は被告人である祖母本人、そして、彼女の娘さんや別のお孫さんたちとたびたび接し、直接お話を伺いながら、記事を書いてきました。

 そんな中で、いつも不思議に感じていたのは、『この事件の「被害者遺族」は、いったいどこにいるのか……』という素朴な疑問でした。

 この「事件」の被害者は、生後2か月の赤ちゃんです。

 生まれて間もない我が子が、もし虐待によって命を落としたら、子どもの両親は犯人に対して、どんな感情を抱くでしょうか。

 今回、生後2か月の赤ちゃんを失った母親(被告人の次女)は、私にこう話してくださいました。

「当初は私も疑われていたようで取り調べを受けましたが、しばらくして容疑者は母に絞られたようです。でも、母がそんなことをするはずは絶対にありません」

孫たち(長女の娘)を遊園地で遊ばせているときの写真。孫たちはすでに成人し、刑事裁判の傍聴席にも足を運び、祖母を応援している(写真/被告人の長女提供)
孫たち(長女の娘)を遊園地で遊ばせているときの写真。孫たちはすでに成人し、刑事裁判の傍聴席にも足を運び、祖母を応援している(写真/被告人の長女提供)

 次女夫妻は本来であれば、我が子の命を奪われた「犯罪被害者遺族」です。

 しかし、逮捕時から母親の無罪を信じ、寄り添い、応援し続けてきたのです。

 次女夫婦だけではありません、被告人の長女、長男、そして、長女の子どもである孫たちも、大阪拘置所にたびたび面会に行き、裁判が開かれると傍聴席で祖母の姿を見つめていました。

 

 むしろ彼らは、無実の母親(孫にとっては祖母)を実名、顔出しで「犯人」と報じられ、3年半もの間、「冤罪被害者」の家族として、世間の目を気にしながら生きてきた苦しみの方がよほど辛いといいます。

 すでに成人している被告人の孫たちは、ときおり涙を浮かべながら私にこう話してくれました。

「おばあちゃんは優しくて、私たちは子どものころからとっても可愛がってもらいました。おばあちゃんが虐待などするわけがありません」

■虐待か、病気か……。いよいよ高裁の判断が下される

 2019年8月30日。大阪高裁で被告人質問が行われました。

「孫は私の生きがいです。どうしてかわいい孫に虐待などできるでしょうか……」

 法廷の証言台に立ち、裁判官に向かって切々と訴える彼女の身長は146センチ、体重は40キロです。

 そのあまりに華奢な後ろ姿を傍聴席から見ながら、

『どうやったらこの人が生後2か月の赤ちゃんを強く揺さぶることができるのか……』

 私はにわかに信じられませんでした。

「乳幼児揺さぶられ症候群」を根拠に虐待を疑われ、逮捕、起訴された保護者は、私がこれまでに直接お会いした方だけで、両手の指に余るほどです。

 そして大阪地裁、高裁はじめ、複数の刑事裁判が進行中です。

 また、複数の事件を取材する中で、検察側に協力し、SBS理論を根拠に虐待説を主張しているのは、ほぼ同じ顔触れの、虐待問題に詳しい少数の医師たちであることも明らかになっています。

 子どもへの虐待は絶対に許してはならない、それは当然のことです。

 虐待防止に取り組む専門家の活動には敬意を表します。

 しかし、突然の事故や病気で亡くなったり、重度障害を負ったりする赤ちゃんが絶対いないとは言い切れません。

 この問題に着目し、弁護士や法学者が中心となって立ち上げた『SBS検証プロジェクト』によれば、最近、裁判所の見方も変化してきており、大阪地裁では「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」のからむ3件の事件で、すでに無罪判決が下されているそうです。

 明日、25日に下される大阪高裁の判断は、今後の乳幼児揺さぶられ症候群裁判の流れに大きな影響を与える可能性があります。

 注目したいと思います。

 

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