「隠れ停電」じゃない、「置き去り停電だ!」長期間の停電を強いられた住民の叫び

電柱と大木が倒壊し、手付かずのまま停電が16日間続いた山武市の住宅街(筆者撮影)

 9月9日に千葉県を直撃した台風15号。この日の未明から始まった大規模停電は、その後、断水も引き起こし、多くの家庭に大打撃を与えました。

 我が家が50時間の停電に見舞われたことは、『筆者の自宅も50時間停電 「マイカー避難」で感じた4つの重要ポイント(2019/9/13配信)』でも書いた通りですが、1週間たっても停電や断水が復旧しない地域が相当残されており、50時間など序の口であることがわかりました。

 

 我が家の近所では、事務所が倒壊し、電線を破損。

 しかし、会社はすでに倒産していたようで所有者の確認作業が遅れ、その影響を受けた一部の住宅が停電したまま取り残されていました。

事務所が倒壊し電線を切ってしまった大網白里市の現場。こちらは9日間そのままの状態で停電が続いていたが、その後、自衛隊の協力を得て撤去された(9月17日、筆者撮影)
事務所が倒壊し電線を切ってしまった大網白里市の現場。こちらは9日間そのままの状態で停電が続いていたが、その後、自衛隊の協力を得て撤去された(9月17日、筆者撮影)

 こちらの建物は自衛隊の協力を得て、台風から9日後、無事に撤去作業が完了。ようやく停電が解消しました。

 こうして、さまざまな事情で復旧に時間的なばらつきはあったものの、各避難所で行われていた自衛隊風呂や炊き出しも終了となり、とりあえず停電に関しては「一件落着」なのだとひと安心していました。

 ところが、9月23日の早朝、私は知人が発信していたフェイスブックを見て驚きました。

『一昨日(21日)、東電のホームページから山武市内の停電世帯の数字が消えました。「消えた」ということは誰でも「ゼロになった」と思うかもしれませんが、実は家内の母がひとりで暮らす家では相変わらず電気が使えません。ご近所には灯りがついてるけれど、母の家だけは真っ暗なんです』

 

 まさか……、と思いました。

 千葉県山武市といえば「山武杉」の植林で名高く、今回の台風では巨大な杉の倒木が相次いで多くの電線を破損させた地域です。それだけに、被害が甚大だったことはよく知っていたのですが……。

山武市の山中では、大量の杉が倒れたり、折れたりしている。台風直後はこれらの倒木が道路をふさいでいた(筆者撮影)
山武市の山中では、大量の杉が倒れたり、折れたりしている。台風直後はこれらの倒木が道路をふさいでいた(筆者撮影)

 フェイスブックには、さらにこう綴られていました。

『みんな、すっかり終わったみたいな気分になってるけれど、うちの母みたいに困ってる人が、まだまだ確実に、います。その人たちにとっては、明日からが本当のサバイバルの始まりです。開放してくれるお風呂も、行政からの水の供給もない(どこかにあったら教えて欲しい)、残酷なことに予報では24日から気温が上がるようです。自衛隊も、電力会社の助っ人の車も減って、炊き出しの人もいなくなって、「置き去りにされちゃった感」が悲しくて仕方ないので、一応発信しておきますね』

 私自身もなんとなく「終わった気分」になっていた一人だっただけに、このメッセージを見て申し訳なく思うと同時に、これ以上続けば、命に係わる一大事だと感じました。

 そもそも、なぜ、行政も、東電も、こうした方々を2週間たった今も放置したまま、安易に「復旧した」と発表してしまうのか。

 また、報道ではしきりと「隠れ停電」という言葉を使っていますが、この方々は本当に「隠れ」ているのか……。

電柱には「工事手配中」の張り紙があるものの、そのままの状態で16日が過ぎている(筆者撮影)
電柱には「工事手配中」の張り紙があるものの、そのままの状態で16日が過ぎている(筆者撮影)

■停電が続く孤立地域からの悲痛な声

 そこで私は、9月24日、停電が2週間以上続いている千葉県山武市の、いわゆる「隠れ停電」といわれる孤立地域に出向き、そこに住む当事者やご家族にお話を伺ってみました。

 Aさん(40代女性)は、山武市に住む一人暮らしの母親(79)の家が停電、断水15日目を迎えていました。この2週間、隣の東金市から毎日、水や食料を車で運んで支えてきたと言います。

「停電からの2週間、今日こそ復旧するか? と願いながら、毎日奔走してきました。でも、一向に解決の目途が立ちません。役所の誰に聞いても一様に曖昧でスローな対応です。東電のフリーコールは案の定、音声案内が流れるだけで、いつまで待ってもオペレーターには繋がらないんです」

 Aさんのもとにようやく東電から電話が入ったのは、停電から11日目のことだったと言います。

「『今日中に伺います!』と勢いよく言われたのでほっとしていたのですが、その後は待てど暮らせど音沙汰なし。仕方がないので、また役所に相談したところ、A4のコピー用紙に『東電パワーグリッド 0120-995-006』とボールペンで斜めに殴り書きした紙を渡され、『こちらに電話してください!』と言われる始末です。そこへきて、避難所閉鎖、自衛隊が撤退、などという話を聞くと精神的に打ちのめされていく感じですね。半月もの間、風呂もトイレも使えず、灯りがないどころか冷蔵庫もエアコンもない生活を強いられている母を見ていると、明らかに疲れと不安がたまり、精神的にバランスを崩していくのがよくわかります。行政も東電も、いまだ闘っている人がいるということは知っているはずなのですが……」

山武市の避難所となった「あららぎ館」で自衛隊が設営した風呂は、22日で終了した(9月19日、筆者撮影)
山武市の避難所となった「あららぎ館」で自衛隊が設営した風呂は、22日で終了した(9月19日、筆者撮影)

■電動車を借りたが、三相の井戸ポンプは動かず……

 停電から12日目、自動車メーカーの厚意で電動自動車を「発電機」として貸し出してもらったという60代の男性は、意外な盲点を指摘します。

「この地域には、水道ではなく井戸水をポンプでくみ上げて生活用水にしている方が多いのですが、停電になるとそれが使えず、断水状態になります。そこで、電動車を貸していただき、そこから電気を供給しようとしたんですが、ポンプを動かしている三相電気(業務用)は出力が大きいため車から電気が供給できず、結局、断水は解消しませんでした。もちろん、冷蔵庫や洗濯機が使えるようになったのはありがたかったですが……」

 自身も被災しながら、弁当を配るボランティアをしているという女性(50代)は、深刻な表情でこう語ります。

「ここ数日、停電で孤立した高齢世帯を探しながら、お弁当を配布するボランティアに参加しています。倒木被害の激しかった山合いの集落で一人暮らしをされている92歳の高齢者の方からは、『台風の日から電話が繋がらない』というお話を聞きましたので、市と連携しているボランティアさんに繋げました。耳が遠いと防災無線やラジオも聞こえません。紙に書いた情報を各家庭に配布するなどしていただきたいですね。また、免許を返上して車がないお年寄りは遠くまで水を汲みに行くことができません。水を取りに来てください、ではなく、車のない方には届けていただければありがたいのです」

 取材で山の中を走っているとき、二人の自衛隊員とすれ違いました。

 声をかけてみると、被害の大きかった山中を徒歩で見て回り、倒木が電線を切ったりしていないかと、丹念にチェックしているのだと言います。

 若い彼らは猛暑の中、1日10キロほど歩いているとか。

 こうした地道な努力は、停電から16日たっても継続されていることがよくわかりました。

山武市の山中で出会った自衛隊員。徒歩で倒木や電線、電柱の被害を確認しているとのことでした(2019.9.24 筆者撮影)
山武市の山中で出会った自衛隊員。徒歩で倒木や電線、電柱の被害を確認しているとのことでした(2019.9.24 筆者撮影)

■住宅地の中で電柱と大木倒壊したまま、16日間停電中の6軒

 孤立している停電地域は、山間部だけではありません。幹線道路に近い住宅地でも、なぜか数軒が停電したまま取り残されていました。

「東電は停電世帯がゼロになったような発表をしていますが、我が家の地区ではまだ6軒が停電したままです。倒れた電柱や杉の大木はそのままで、何の動きもありません」

 山武市下布田地区へ出向くと、情報を寄せてくださったNさんという女性が待っていてくださいました。

 少し離れた場所に車を停め、彼女の案内で住宅地に足を踏み入れてみて、私は一瞬、目を疑いました。

台風から16日後、電信柱が住宅街に倒れた状態のまま残されていた。もちろんこの時点では停電が続いている(9月24日、筆者撮影)
台風から16日後、電信柱が住宅街に倒れた状態のまま残されていた。もちろんこの時点では停電が続いている(9月24日、筆者撮影)

 これは、9月24日午後1時過ぎの写真です。

 すでに停電から16日が過ぎているというのに、住宅の目前には電柱と大木が横たわり、太い電線がぶら下がったままで、危険を示す表示板もありません。

 すぐ横のお宅ではカーポートから車を出すこともできないというのです。

電柱のさらなる倒壊を恐れて、近隣住民でつっかえ棒を差し込んだという(9月24日、筆者撮影)
電柱のさらなる倒壊を恐れて、近隣住民でつっかえ棒を差し込んだという(9月24日、筆者撮影)

 Nさんは疲れをにじませながら話してくださいました。

「それぞれの住民が、何度も役所や東電に電話を入れました。何人かの人が現場を見に来てはいましたが、市の職員が来てくれたことはありません。仮に留守中に来ていたなら、名刺なり、ペーパーなり、何かを残してくれればよいと思うのですが、それもなく、結局、何も進まないまま16日が過ぎてしまったのです」

 住民の中には、すでにしびれを切らして避難された方もおられるようですが、Nさんはあの日以来、夫と2匹の猫と共に、電気のない家で暮らし続けてきました。

 猛暑の日にクーラーや冷蔵庫の使えない部屋で過ごすことの辛さ、お風呂は毎日水風呂です。そんな生活が、もう16日間も続いているのです。

 しかし、この日の夕方、下布田地区に突如、大きな動きがありました。

「関電工の作業班と建柱班、そしてガードマンの皆さんが駆けつけてくださり、高所作業車とクレーンを使って杉の木を撤去。住民が作業を見守る中、24日の午後6時45分ごろ、ようやく電気が復旧したのです! 本当に嬉しく、有難かったですね。でも、電気がついたら急に頭痛がしてきました……」

まずは倒木を撤去し、その後電柱を掘り返し、立て直す(9月24日、筆者撮影)
まずは倒木を撤去し、その後電柱を掘り返し、立て直す(9月24日、筆者撮影)

 Nさんにとってはもう限界だったのでしょう。ホッとする気持ちと、いっきに押し寄せる疲労が、メッセ―ジから伝わってきました。

 この日、東電は再び「千葉の停電はゼロになった」と発表しました。しかし、それを聞いたNさんは、

「経験者としては、本当なのかなあ? と疑ってしまいます」

 と話していました。

 その予感は的中し、翌日の『朝日新聞』では、でやはりまだ復旧していない地域があったことを以下のように報じていました。

『千葉の停電「ゼロ」 その後「復旧困難26カ所」なぜ?9/25(水) 9:15配信』

 

■復旧を待っていた住民に、東電の甘い見込み発表は残酷すぎた

 23日の朝、フェイスブックで発信された知人のメッセージは、その後、一気に拡散され、多くの方の目に触れたようです。

 その影響もあってか、同日の夜、初めて東電が訪ねてきて、お母様のお宅は15日目にしてようやく電気が復旧したとのことでした。

「停電地域の誰もが東電のホームページを唯一の情報源としていただけに、『山武市 停電軒数 ー(*なし)』という東電の発信は残酷すぎました。実際には停電世帯がゼロになった訳ではないのに……。このときは市長でさえ『収束した』と受け取られてもおかしくない危機感のない発信をSNSでおこなっていました。私たちは毎日のように市役所や東電に電話を入れていました。現実には停電世帯がまだ残っているという現実を正確に把握してほしいですね」

■批判ではなく、この体験を今後の災害対策に役立ててほしい

 台風の後に発生した大規模な停電、そして断水。

 報道ではしきりに「隠れ停電」という言葉が使われていましたが、実際に現地で話を伺うと、停電を強いられている方々は「隠れている」わけでも何でもなく、「置き去り」にされていたことがはっきりわかりました。

 ライフラインを半月以上寸断され、手付かずのまま放置されることがどれほど不安で辛いことか……。

 そんな体験をされながらも、皆さんがおっしゃったのは、

「今回の停電は自然災害によるものなので仕方がないし、順番を待たなければならないことも重々承知している」

 という言葉でした。

 しかし、今回はどこまでが「天災」で、どこからが「人災」であるのか、しっかりと検証されるべきです。

 そして、さらなる高齢化が進む中、また地震などの大規模災害が予測される中、こうした声を今後の防災対策にきめ細やかに生かしていただきたいと感じました。