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テデスキ・トラックス・バンド『アイ・アム・ザ・ムーン』発表:『いとしのレイラ』と運命で繋がれた物語

山崎智之音楽ライター
Photograph by David McClister

テデスキ・トラックス・バンドの新作『アイ・アム・ザ・ムーン』が音楽ファンの間で大きな話題を呼んでいる。

4枚のアルバムをほぼ“月刊”で発表するという本作。『I.クレッセント』『II.アセンション』『III.ザ・フォール』『IV.フェアウェル』はそれぞれが独立したアルバムとしての魅力を持ちながら、ひとつの流れで聴くことによって完成される作品だ。

スーザン・テデスキとデレク・トラックスのおしどり夫婦ギタリストは自らのリーダー・プロジェクトを経て、2010年にテデスキ・トラックス・バンドを結成。ブルースやロック、ソウルなど取り入れた独自のサウンドが支持され、デレクはジョン・フルシアンテやジョン・メイヤーと共に“現代の3大ギタリスト”の1人と呼ばれている。彼らのアルバムは世界各地のヒット・チャート上位にエントリー、アメリカではさまざまなフェスティバルでヘッドライナーを務め、ニューヨークの“ビーコン・シアター”やワシントンDCの“ワーナー・シアター”で連続公演。本邦においても日本武道館でライヴを行うなど、その人気はグローバルなものだ。そんな彼らがあえて大胆なチャレンジに挑んだのが『アイ・アム・ザ・ムーン』である。

Tedeschi Trucks Band / photo by David McClister
Tedeschi Trucks Band / photo by David McClister

<「レイラはどう思っていたんだろう?」>

全24曲・2時間オーバーという異例の大作になったことについて、デレクは筆者(山﨑)との最新インタビューでこう語っている。

「すべての曲がひとつの主題で繋がれていて、どれもカットすることが出来なかった。だったら全曲をアルバムとして発表しようって決めたんだ」

それでも全曲をワンセット、あるいはガンズ&ローゼズの『ユーズ・ユア・イリュージョンI』『〜II』のような2枚でなく4枚にしたのには、デレクのこだわりがあった。

「俺にとってアルバムというのは、30分から40分ぐらいがしっくり来るんだ。ジョン・コルトレーンの『至上の愛』やジミ・ヘンドリックスの『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ』みたいな、ね」

さらに『アイ・アム・ザ・ムーン』の個性を際立たせているのは、そのトータル・コンセプトだ。本作はペルシアの詩人ニザーミー・ギャンジャヴィーの叙事詩『ライラとマジュヌーン』からインスピレーションを得て作られたものである。

『ライラとマジュヌーン』はアラブ世界に古くから伝わる恋愛譚をニザーミーが五部作『ハムセ』のひとつとして1188年に作詩したもの(発表年には諸説ある)。許されざる恋を描いた物語はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』にも影響を与えたといわれている。

青年カイスは美女ライラに恋に落ち、彼女を想うあまり“マジュヌーン=狂人”となってしまう。ちなみに1970年、この話に自己投影したのがエリック・クラプトンだった。彼は親友ジョージ・ハリスンの奥方だったパティ・ボイドに恋するが、道ならぬ恋に苦悩して書いたのが「いとしのレイラ」である。この曲が収録されたデレク・アンド・ザ・ドミノズのアルバム『いとしのレイラ』(1971)では「アイ・アム・ユアーズ」の共作者としてニザーミーがクレジットされている。

テデスキ・トラックス・バンドの新作の“元ネタ”として『ライラとマジュヌーン』を提案してきたのは、ヴォーカリストのマイク・マティスンだった。

「全員それぞれが読み込んで、自分なりのヴィジョンを提示した。1人1人の解釈が共通していたり異なっていたり、面白かったね。デレク・アンド・ザ・ドミノズの『いとしのレイラ』は男性の視点から、愛する女性を自分のものに出来ない苦しみと辛さを描いた歌だった。でもマイクは『レイラはどう思っていたんだろう?』と言ってきた。彼女の視点から物事を捉えてみることから、すべてがスタートしたんだよ。もうひとつ、『レイラは死んだ後にどう考えるだろう?』というものもあった。ガブリエル・ガルシア=マルケスの小説にあるみたいに、彼女の霊の視点から曲を書いてみたら興味深いとか、いろんなアイディアがあったんだ」

ちなみに『ライラとマジュヌーン』では最初の数ページでマジュヌーンはライラに恋に落ち、引き離されてしまう。その後、彼はメッカに巡礼をしたり、荒れ地に隠遁したり、友人が戦争を起こしてライラを奪回しようとするなど、数々のエピソードが綴られている。彷徨えるマジュヌーンが詠んだ愛の詩が町で話題となり、遠く離れたライラの元に届く描写などドラマチックな展開もあるが、『アイ・アム・ザ・ムーン』ではストーリーテリングを軸にすることは避けられている。

「イメージが固定されたロック・オペラみたくするより、自由な解釈を出来るオープンな世界観にしたかったんだ。“ライラはこう話した”“マジュヌーンはここに行った”とか、具体的になり過ぎることは避けた。現代を生きる我々にも共感出来るようにしたかったんだよ」

Susan Tedeschi & Derek Trucks / photo by David McClister
Susan Tedeschi & Derek Trucks / photo by David McClister

<『ライラとマジュヌーン』を魂で感じることが出来た>

興味深いのは、『ライラとマジュヌーン』とテデスキ・トラックス・バンドが目に見えない絆で繋がれていることだ。デレク・アンド・ザ・ドミノズの『いとしのレイラ』が同作の影響下にあることは前述したが、デレクの名前はデレク・アンド・ザ・ドミノズにちなんだもの。また偶然にも、スーザンの誕生日はアルバムが発売されたのと同じ1970年11月9日だったりする。子守歌代わりに『いとしのレイラ』を聴いて育った2人にとってこのアルバムは音楽観を形成するのに欠かせないものであり、プロ・ミュージシャンとなったデレクはデレク・トラックス・バンドで活動するかたわらエリック・クラプトンのバンドに加入。2006年の来日時には「テル・ザ・トゥルース」「ハイウェイへの関門 Key To The Highway」「小さな羽根 Little Wing」「恋は悲しきもの Why Does Love Have To Be So Sad?」「いとしのレイラ」など、同アルバムからの曲を多くプレイしていた。また、テデスキ・トラックス・バンド結成後にも、しばしばライヴでそれらの曲を披露している。

その集大成となったのが2019年8月24日、ヴァージニア州アリントンで開催された“ロックン・フェスティバル”での『いとしのレイラ』ライヴ完全再現だった。1夜限りのスペシャル・ライヴにはトレイ・アナスタシオとドイル・ブラムホールII世も参加。ライヴ・アルバム『レイラ・リヴィジテッド』(2021)としてリリースされている。

『アイ・アム・ザ・ムーン』は4枚のアルバムというだけではない。スーザンとデレクのこれまでの半生が反映されているといっても過言でない大作なのである。

「自分のプレイを意図的に東洋的な方向に寄せる必要はなかった。『ライラとマジュヌーン』をテーマにした音楽をプレイするのはとても自然なことだったよ。 魂で感じることが出来たんだ」とデレクが語る本作。「アイ・アム・ザ・ムーン」はライラの側から2人の愛を歌った、メイン・テーマといえるエモーショナルな曲だし、ブルース的な「イエス・ウィ・ウィル」、“スタックス”ソウルを取り入れた「ナイト・イン・ザ・レイン」、レゲエの要素も聴かせる「ウィズアウト・マイ・エモーションズ」、12分を超えるインストゥルメンタル・ジャム「パサクアン」など、決してコンセプト先行になっておらず、純然たる音楽作品としてリスナーを起伏に富んだ旅路へといざなってくれる。

「それらのスタイルは俺たちの身体に馴染んでいるからね。自然に曲の中に滲むものなんだ。それより何よりも、すべての曲が良いものであるように心がけたよ。4部作だからといって、捨て曲を入れていい理由にはならない。俺たちにとっては目新しいことをやるより、そっちの方がはるかに重要だ。全曲が高いクオリティでなくてはならないんだ」というデレクの哲学が隅々まで行き届いたのが本作なのだ。どのアルバムから聴いても、『アイ・アム・ザ・ムーン』は深い感動を与えてくれるだろう。

Derek Trucks / photo by David McClister
Derek Trucks / photo by David McClister

<日本のファンはすごく盛り上がってくれて、同時に音楽にしっかり耳を傾けてくれる>

さらに『アイ・アム・ザ・ムーン』が異例なのは、それぞれのアルバムに映像を付けた『アイ・アム・ザ・ムーン:ザ・フィルム』を制作、フル動画をウェブで公開していることだ。アメリカの映像作家アリックス・ランバートによるこの“ヴィジュアル・アルバム”は、バンドが新型コロナウィルスによる自宅待機中に行った配信ライヴ“ファイアサイド・セッションズ”がヒントとなった。

「ウェブにファンが集まってコメントしたり、ヴァーチャルな溜まり場になっていた。そんなコミュニティ意識が心地よくて、『アイ・アム・ザ・ムーン』でもやりたかったんだ。それで各アルバムの発売前日にウェブで映像版を公開して、リアルタイムでウォッチ・パーティーを開くことにした。『I.クレッセント』のときは我が家に俺たちの親や子供が集まって、一緒にプレミアを見たよ。世界中で同じことをしているファンがいると思うと、すごい連帯感があったね。アリックスは才能溢れるクリエイターで、彼女ならではの解釈で素晴らしい映像作品を作ってくれたよ」

アルバムの発売を待つことなく、彼らは北米からツアーを開始。アルバムが発売されるごとに順次新曲を加えていき、大きな声援で迎えられている。2019年以来となる来日公演についてもデレクは「ぜひ2023年には日本に戻りたいね!」と前向きな発言をしており、「日本武道館でプレイしたのは素晴らしい思い出だけど、中規模の会場で何回かやって、異なったセットを見てもらいたい気持ちもある。日本のファンはすごく盛り上がってくれて、同時に音楽にしっかり耳を傾けてくれるね」と語っている。彼らがまた日本のステージに立つその日まで、『アイ・アム・ザ・ムーン』全4作をじっくり聴き込んでおこう。

なお本記事で引用したデレク・トラックスへのインタビュー1万字フル・ヴァージョンは9月2日発売の音楽雑誌Player2022年Autumn号に掲載されるので、そちらもどうぞ!

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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