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【インタビュー前編】ジョー・ルイス・ウォーカーが灯し続けるブルースの火

山崎智之音楽ライター
Joe Louis Walker / (c) Marilyn Stringer

現代アメリカのブルースを代表するギタリスト&シンガーの一人、ジョー・ルイス・ウォーカーがニュー・アルバム『Blues Comin' On』を発表した。

1949年、サンフランシスコに生まれたジョーはシカゴやニューオリンズ、さらにはカナダ、イギリスなどで活動、唯一無二のギター・スタイルを確立してきた。21世紀において、ブルースの火を灯し続ける伝承者として前進するジョーの新作は、さまざまなジャンルのミュージシャン達とのコラボレーション・アルバムである。ヨーマ・コウコネン(ジェファーソン・エアプレイン)、ミッチ・ライダー(デトロイト・ホイールズ)、ジョン・セバスチャン(ラヴィン・スプーンフル)、ワディ・ワクテル(キース・リチャーズ&ジ・エクスペンシヴ・ワイノーズ)、アルバート・リー(エリック・クラプトン・バンド)、ディオン、ケヴ・モ、エリック・ゲイルズ、カーラ・クック(サム・クックの愛嬢)らを迎えたオールスター作でありながら、主役はもちろんジョーだ。彼は弾きまくり、歌いまくるブルースで魅せてくれる。

全2回のインタビューで『Blues Comin' On』、そして彼のブルース人生に迫ってみよう。まずは前編。

<私は20世紀の公民権運動と21世紀の“ブラック・ライヴズ・マター”の時代を生きてきたアメリカ人だ>

●あなたはこれまでも、さまざまなブルース・ミュージシャン達と共演してきました。『Great Guitars』(1997)ではオーティス・ラッシュ、バディ・ガイ、ロバート・ロックウッド・ジュニア、マット・マーフィーなどがゲスト参加しているし、B.B.キングの『Blues Summit』(1993)にも参加しています。あなたにとってコラボレーションとはどんなものでしょうか?

最新アルバム『Blues Comin' On』ジャケット/ courtesy Cleopatra Records
最新アルバム『Blues Comin' On』ジャケット/ courtesy Cleopatra Records

コラボレーションはいつだって楽しいよ。友人や尊敬するミュージシャン、初めて共演するミュージシャン... 私はこれまで27枚のアルバムを出してきたけど、そのうち3枚が共演アルバムだった。『Great Guitars』がそうだし、ジョー・ルイス・ウォーカー&ブルース・コンスピラシーとしての『Live On The Legendary Rhythm & Blues Cruise』(2010)でもジョニー・ウィンターやトミー・カストロなどと一緒にやっている。『Blues Comin' On』では主に1960年代から知っている人たちと共演しているんだ。ヨーマ・コウコネンとは長い付き合いだし、ディオンもそうだ。「Old Time Used To Be」に参加しているラヴィン・スプーンフルのジョン・セバスチャンもずっと前から知っているし、「7&7 Is」はアーサー・リーがラヴで書いた曲だ。自分より若い人とも一緒にやりたかった。ザ・タイムのジェシー・ジョンソンとジェリービーン・ジョンソン...ワディ・ワクテルはキース・リチャーズなどとの活動で有名だ。レコード会社の“クレオパトラ・レコーズ”は全面的にサポートしてくれた。私が連絡先を知らないミュージシャンとコンタクトを取ってくれたりね。全員に共通しているのは、必ずしもブルース・ミュージシャンではなくとも、ブルースを出来ることだ。マディ・ウォーターズに似てはいないけど、みんなブルースを歌ったり、ギターで弾くことが出来るよ。ロックをブルースしたり、ジャズをブルースしたり出来るんだ。サム・クックの娘カーラ・クックはソウルをブルースしているよ。

●『Blues Comin' On』にはゲストに加えて、あなた自身のギターと歌など、たくさんの楽しい要素があります。どんなアルバムを作ろうとしましたか?

前作『Everybody Wants A Piece』(2015)を出してから、すぐに曲を書き始めたんだ。数曲を書いて、まだ方向性が定まっていなかった。そんなとき、ゲイブリエル・ジャガーという若い友人が詩を送ってくれたんだ。“溝で寝ている人々、父親も母親もいない...”というもので、いろいろ考えるものがあった。私は20世紀の公民権運動、そして21世紀の“ブラック・ライヴズ・マター”の時代を生きてきたアメリカ人だ。アフリカ系や女性、同性愛者の権利のために戦ってきた世代なんだ。だからゲイブリエルの詩に曲をつけた「フィード・ザ・プアー」からの収益を貧困の支援団体に寄付することにした。ただ、“feed the poor=貧しい人に食事を”というタイトルだとあまりにヘヴィになってしまうし、結局『Blues Comin' On』に落ち着いたんだ。

●アルバムのタイトル曲「Blues Comin' On」は“ブルースがやって来る”というテーマも最高だし、エリック・ゲイルズのギターも輝いていますね。

うん、「Blues Comin' On」は2年ぐらい前にディオン・ディムッチが書いてくれたんだ。「浮気なスー」のディオンだよ。もう50年ぐらい前から友達なんだ。それにアレンジを何度も加えて、完成させることが出来た。この曲を聴いた人はみんな最高だと言ってくれるし、アルバムのタイトルに相応しいと思ったんだ。

●「Come Back Home」に参加しているミッチ・ライダーはザ・デトロイト・ホイールズでの活動で知られていますが、彼とは長い付き合いですか?彼をブルース・シンガーとしてどのように評価しますか?

「Come Back Home」は、どちらかといえばソウル・ソングだな。ミッチは何だって歌えるんだ。彼のことを知ったのは1968年かな、マイク・ブルームフィールドを通じてだった。デトロイト・ホィールズの「ジェニー・テイク・ア・ライド」でマイクがギターを弾いたんだよ。5ヶ月ぐらい前、“クレオパトラ・レコーズ”から「ミッチ・ライダーの新作に参加しないか」と頼まれた。「もちろん!」と言って、一緒にサム・クックの「Twisting The Night Away」をレコーディングしたよ。彼は素晴らしいシンガーだし、ずっと彼のファンだった。

●本作では1960年代から活動してきたベテランのミュージシャン達が元気でやっているのが嬉しいです。

ああ、私も含めて元気だよ(笑)。ミッチやヨーマ、ジョン・セバスチャンは“あの人は今?”と言われるけど、みんな現役でやっているし、その才能はまだ健在なんだ。1960年代より磨きがかかっているほどで、単に時代のトレンドじゃないというだけだよ。私は彼らと共演することで、彼らがまだ素晴らしい才能を持っていることをみんなに知って欲しかったんだ。

●あなたもミッチも“クレオパトラ・レコーズ”から新作を出していますが、レーベルとの関係はどうですか?彼らはとても個性的なレーベルで、エレクトロニック・ディスコや、グレン・ダンジグがエルヴィスを歌うアルバムなども出していますよね?

そうだね。“クレオパトラ”はけっこうオフビートな作品を出している(笑)。でも、それが面白いんだ。しばらく前、ウィリアム・シャトナーのクリスマス・アルバムに参加して欲しいと言われたよ。『スター・トレック/宇宙大作戦』のカーク船長だ。「リトル・ドラマー・ボーイ」でギターを弾いたよ。そのアルバムはどうやらかなり売れたらしい。今度はウィリアムから直接連絡があって「ジョー、ブルースのアルバムを作りたいんだ」と言われた。それで彼のブルース・アルバム(『The Blues』)にも参加しているよ。

Joe Louis Walker / courtesy of Cleopatra Records
Joe Louis Walker / courtesy of Cleopatra Records

<予定調和で盛り上がるのがブルースではない>

●『Blues Comin' On』収録の「Someday Someway」「Awake Me Shake Me」ではカーラ・クックが歌っていますが、彼女とは親しいのですか?

いや、今回のアルバムでレーベルに紹介してもらったんだ。まだ直接会ったこともないんだよ。でも今回のアルバムを作るにあたって、彼女の歌の入ったテープを聴かせてもらって、恋に落ちた。完璧だ!と確信したんだ。「Awake Me Shake Me」は1970年に書いた曲だ。最初のデモでは自分で歌っていたんだ。カーラには当初、1曲で歌ってもらう筈だったけど、彼女の声があまりに素晴らしいんで、2曲で参加してもらうことにした。

●彼女の父親サム・クックとは面識がありましたか?

残念ながら、サムとも会うことが出来なかった。私が若くてゴスペル・グループをやっていた頃、彼のソウルスタラーズのショーをブッキングしたことはあるけど、ライヴは見たことがないんだ。私が育ったサンフランシスコには“フィルモア・オーディトリアム”があって、誰もがライヴで訪れるから、おそらくサムも来たと思うけど、彼のショーは見ていない。

●サンフランシスコには何歳までいたのですか?

サンフランシスコで生まれ育って、16歳のときに町を出たんだ。その後、シカゴやヴァンクーヴァー、トロント、それからコロラド州を転々としたから、サンフランシスコのシーンに留まっていたわけではない。でも“フィルモア・オーディトリアム”の近くに住んでいたから、いろんなライヴを見ることが出来たよ。“フィルモア”は元々アフリカ系やアジア系の人々のコミュニティ・センターだったんだ。ジェイムズ・ブラウンや“本物の”テンプテーションズが出演していた。それを1966年にビル・グラハムが買い取って、アメリカ全土やイギリスなどからさまざまなアーティストが出演するようになった。ヤードバーズが出演したとき、ジェフ・ベックとジミー・ペイジの2人ギター編成だった。クリームやジミ・ヘンドリックスも見たし、クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウンは頭の上で松明を焚いたりして、本当にクレイジーだったよ!さまざまな音楽スタイルの交流があって、刺激的だった。

●去年『Viva Las Vegas』というライヴCD/DVDを出して、初期フリートウッド・マックの「ライク・イット・ディス・ウェイ」をプレイしていますが、彼らのライヴを見たことはありましたか?

うん、彼らも“フィルモア”で見たよ。ピーター・グリーン、ジェレミー・スペンサー、あとダニー・カーワンの3人ギター編成の頃だ。ピーターは本当に凄かったね。ピーターが脱退して1年ぐらい後、ジェレミーの最後のショーのひとつもサンフランシスコで見たんだ。当時ニューヨークにも“フィルモア”が出来たんで、“フィルモア・ウェスト”と改名していた。その次の週、彼らがロサンゼルスでショーをやる直前に、ジェレミーはカルト教団に拉致されてしまったんだ。西海岸で大きな地震があった次の週だったから、よく覚えている。ラジオで知って、ショックを受けたね。

●ピーター・グリーンと面識はありましたか?

うん、それからずっと後になって、ピーター・グリーンの事務所から電話があったんだ。彼のアルバムにゲスト参加して欲しいと言われた。天にも昇る心地だったよ。ロバート・ジョンソンの「トラヴェリング・リヴァーサイド・ブルース」を一緒にレコーディングしたんだ(アルバム『ホット・フット・パウダー』<2000>収録)。その日、ピーターは私の50歳の誕生日パーティーに来てくれたよ。私のライヴで「ライク・イット・ディス・ウェイ」をプレイしたのは、ダニー・カーワンが好きだったからだ。ダニーはアルバート・キングから多大な影響を受けていた。1音階には7音しかないけど、彼は700種類のベンディングとヴィブラートで異なったトーンを出していたよ。ギターを歌わせていたんだ。ピーターもそうだったけど、ギターをまるで人間の声のように表現豊かに弾いていたんだ。残念ながらダニーと知り合う機会はなかった。ピーターとは親しくなったし、ミック・フリートウッドとも友達だけどね。

●あなたのライヴの「ライク・イット・ディス・ウェイ」でベーシストのレニー・ブラッドフォードが少しだけブラック・サバスの「アイアン・マン」を弾いていましたが、彼らの音楽についてご存じですか?

ブラック・サバスの大ファンというわけではないけれど、既存のシステムと戦う彼らの姿勢をリスペクトしている。彼らはスタジオでエンジニアと戦い、レコード会社のセールス担当と戦い、彼らの曲をオンエアしようとしないラジオ局と戦った。決して諦めず、最後に勝利を掴んだ。素晴らしい物語だよ。私自身、常に戦ってきた。1986年、初めてのリーダー・アルバム『Cold Is The Night』を出したとき、「エルモア・ジェイムズやマディ・ウォーターズ、ウィリー・ディクソンのようなアルバムではない」という理由で批判を浴びたんだ。私は彼らではないから、同じことをやるわけがないだろ?マディ本人から「ジョー、ブルースを弾こうとするのではなく、自分らしく弾くんだ」と言われたこともあるよ。私はそれを忠実に守っているんだ。これまで何度も「それは本物のブルースじゃない」と言われてきた。本物のブルースとは何だろう?ブルースはコード進行でもないし、音数でもない。ブルースは生きることへの欲求なんだ。発言することが出来ない人々の“声”なんだよ。三人称で歌われることもあるし、一人称で歌われることもある。そうして自分の周囲の不正に対する怒りと苦痛を声にするのがブルースなんだ。そんな想いを失ったとき、“本物のブルース”が失われるんだよ。あらゆることに満たされていたら、ブルースなんて歌う気持ちにならない。私は幸い屋根の下で生活することが出来るし、お腹がペコペコで食べるものがないという生活は送っていない。でも、あらゆることに対してハングリーなんだ。だから「スウィート・ホーム・シカゴ」や「ダスト・マイ・ブルーム」を演奏しなくたって、ブルースを“生きる”ことが出来るんだ。たまにジャム・セッションで弾いてみるのは楽しいけど、それを毎晩弾くことをキャリアにする気はないんだ。

●そうですね。

マディの「フーチー・クーチー・マン」やロバートの「クロスロード・ブルース」は好きだけど、予定調和で盛り上がるのがブルースでは決してないんだ。かつてクリームがやったみたいに独自のアレンジを加えるのは良いことだと思う。彼らはリスクを冒していた。それよりも私は自分の新曲を書きたいんだよ。私はジュークボックスではないし、『アメリカン・アイドル』出場者でもないんだ。コンポーザーであり、ソングライターなんだよ。

●どのようなタイミングで曲作りを行っていますか?

オールウェイズ(いつも)だよ。常に曲を書いているんだ。その中からひとつの流れが生まれると、それがアルバムとなる。『Blues Comin' On』と同時期に書いた曲でも、流れに合わなかったものは収録されていなかったりする。でも15年、20年後になって歯車がピッタリ合うかも知れないんだ。このアルバムには1970年代や1980年代、初めて日本に来る前に書いた曲も入っている。でも当時は完成させることが出来なかったんだ。「The Thang」は1986年に書いた曲だ。それから速いテンポや遅いテンポでリハーサルしてみたり、いろんなメロディや歌詞を付けてきた。正しいコンビネーションを探してきたんだよ。

後編記事ではジョーが自らの音楽の旅路、マイク・ブルームフィールドやソロモン・バークとの思い出、1960年代の公民権運動と2020年の“ブラック・ライヴズ・マター”運動などについてじっくり語る。

【最新アルバム】

Joe Louis Walker『Blues Comin' On』

米Cleopatra Records 現在発売中

日本盤も近日発売予定

http://cleorecs.com/home/playlist/joe-louis-walker-blues-comin-on/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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