【インタビュー後編】ノース・ミシシッピ・オールスターズ、21世紀のブルースを語る

photo by Bejgrowicz

ミシシッピのディープ・ブルースの遺伝子を受け継ぐノース・ミシシッピ・オールスターズのインタビュー後編をお届けする。

前編ではギターとヴォーカルを担当するディッキンソン兄弟の兄ルーサーに語ってもらったが、後編ではドラムスとプログラミングを担当するコーディが最新アルバム『プレイヤー・フォー・ピース』、そして2017年6月に公開される映画『約束の地、メンフィス~テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』について話してくれた。

<ブルースとEDM... ミュージシャンとして常に刺激を必要としている>

●ノース・ミシシッピ・オールスターズのアルバムというと、オリジナル曲が1~2曲、そして過去ブルースメンの楽曲という構成が多いですね。それは『プレイヤー・フォー・ピース』でも貫かれていて、R.L.バーンサイドやジュニア・キンブロウ、フレッド・マクダウェルなどの曲がカヴァーされていますが、どんなこだわりがあるのでしょうか?

このやり方が俺たちの“勝利の方程式”なんだ。俺たちの音楽の個性は、ブルース・ナンバーをどう解釈するかに負うものが大きい。偉大なブルースメンの魂を受け継ぎながら、どのように自分のものにするかが重要なんだ。

●バンド内ではお兄さんのルーサーがよりトラディショナルなブルース、あなたがモダンな部分を担っているといえるでしょうか?

『プレイヤー・フォー・ピース』(ソニーミュージック SICP5329/発売中)
『プレイヤー・フォー・ピース』(ソニーミュージック SICP5329/発売中)

そうだね、ルーサーはトラディショナルなブルース・ギター・スタイルを修得しているし、俺はエレクトロニック・ミュージックが好きだったりする。ただ2人の志向がキッチリ分かれているわけではなく、お互いに刺激しあい、呼応しあうことでベストな効果が得られるんだ。最近気付いたのは、ロバート・ジョンソンやヒル・カントリー・ブルースが根本的にダンス・ミュージックだということだ。ブルースはジューク・ジョイントのダンスフロアでお客さんを踊らせる音楽だし、テンポも130~140bpmぐらいで、ダンスするのにベストなんだ。R.L.バーンサイドの「ゴーイン・ダウン・サウス」なんてほとんどドラムン・ベースだよね。ブルースとエレクトロニック・ダンス・ミュージックは時代こそ異なるけど、目的とするのは同じことなんだ。

●『プレイヤー・フォー・ピース』を作るにあたって刺激を受けたエレクトロ・アーティストはいますか?

アルバムの音楽性に直接的な影響はなかったかも知れないけど、ZeddとかSkrillexがやっていることは刺激的だし、インスピレーションを受けるね。ヒップホップのハイハットの使い方も興味深いものだし、それをルーツ・ミュージックと融合させることで、スリルのある音楽にしたいんだ。ブルースの伝統を受け継ぐことは大事だと思う。でも、それと同時に、新しい世代の音楽ファンを立ち上がって踊らせるような音楽をやりたいんだ。それが俺たちの使命だと思う。...とまあ、そんな堅苦しいことを考えなくても、いろんな実験をやっていて、純粋に楽しいんだ。俺たちはミュージシャンとして、常に刺激を必要としているんだよ。

●アルバムのレコーディングはどのような作業でしたか?

『プレイヤー・フォー・ピース』はツアー中に作ったんだ。ニューオリンズやセントルイス、ブルックリンなどで、それぞれ1日オフがあると、スタジオに入ってジャムをやっていた。その前日にステージでプレイしてツボだった曲や、その日の気分で、いろんな曲をレコーディングした。そういう意味で、『プレイヤー・フォー・ピース』は俺たちのツアー・ダイアリーでもあったんだ。「ミス・メイベル」はライヴで演奏するようになってすぐにレコーディングしたせいで、鮮度が高かったよ。

●ブルースの曲のアレンジは原曲とかなり異なっていて、ほとんどあなた達のオリジナルといえるものになっていますね。

トラディショナル・ブルースの歌詞はひとつのアートだし、時代の世相や文化が込められている。それを受け継ぐことはアメリカ文化を生かし続けることだし、重要だと考えている。ただ俺たちは単なるノスタルジア・バンドではないし、現代ならではのテイストを加えていきたい。音楽とは、進化していくものなんだ。

●「ラン・レッド・ルースター」はR.L.バーンサイドとルーサーの名前がクレジットされていますが、この“共作”はどんなものだったのでしょうか?

「ラン・レッド・ルースター」は興味深い変化を遂げて、アルバムのヴァージョンになったんだ。元々俺たちは「ローリン・アンド・タンブリン」をモチーフにしてジャムをやっていた。フレッド・マクダウェルっぽいサウンドとケミカル・ブラザーズ的なリズムに、「ラン・レッド・ルースター」の歌詞を乗せたら、クールな仕上がりになった。それにルーサーが俺たちの友人についての歌詞を書き加えて完成させた。俺たちにとってブルースの伝統は大事だけど、先達によるオリジナルの歌詞を一言一句コピーするのではなく、時代に即して少し変えたりもしている。昔のブルースメンもそうだったんだ。歌い手によって、歌詞やタイトルが変わっていった。そんな流れがブルースの魅力でもあるんだ。

●『プレイヤー・フォー・ピース』の歌詞の“時代性”とは、どんなものでしょうか?

アルバムの1曲目「プレイヤー・フォー・ピース」はメッセージ・ソングといえるものだ。この世の中には、我々を分断しようとする要素が幾つもある。でも音楽は、世界の人々をひとつに結びつけることが出来る。音楽には傷ついた心を癒やすパワーがあるんだ。「プレイヤー・フォー・ピース」では、そんな平和と連帯を歌っている。この曲を書いたのはもう1年前、大統領選挙より前だった。ミシシッピ州とノースカロライナ州でLGBTに対する差別的な法案が可決した(トランスジェンダーに出生証明書と同じトイレを使うよう義務づける、いわゆる“トイレ法案”)ことに対するプロテスト・ソングでもあるんだ。そのわずか2~3週間前、ミシシッピ州ジャクソンの議会がノース・ミシシッピ・オールスターズをミシシッピ州の音楽大使に任命したばかりだった。議会で挨拶をして、スタンディングオベーションを受けたんだ。とても誇りに感じたよ。その直後のことだから、顔面を引っぱたかれた気分だった。俺たちのバンドの名前は“ノース・ミシシッピ・オールスターズ”で、“ミシシッピ”が含まれている。俺たちはミシシッピに誇りを持ちたいんだ。

●音楽は世界を変えることが出来るでしょうか?

俺はそう信じているよ。1996年の結成から、俺たちは世界をツアーしてきた。バディ・ガイと日本に来たし(2005年のジャパン・ブルース・カーニバル)、ロバート・プラントと世界中をサーキットしたこともある。どの国に行っても、民衆による社会への不満が伝わってきた。俺たちは音楽を通じて、みんなの気持ちをポジティヴな方向に向けることが出来たらいいと考えている。ここ1年のあいだでも世界はより右側にスイングしつつある。保守的になってきたんだ。「ユー・ガット・トゥ・ムーヴ」のようなスピリチュアルな曲には、現代に通用するメッセージがある。ノース・ミシシッピ・オールスターズの音楽はみんなにハッピーに、ポジティヴになることを提案しているんだ。俺たちの音楽が 、世界を良くするための何らかの行動のきっかけになったら嬉しいね。

<『約束の地、メンフィス~テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』はメンフィスの物語だ>

●あなたが共同プロデューサーを務めた映画『約束の地、メンフィス~テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』(映画公式サイト)が2017年6月に日本公開されることになりました。

North Mississippi Allstars
North Mississippi Allstars

それは素晴らしい!『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』は俺にとって、素晴らしい旅路だった。監督のマーティン・ショアは俺にとって、血が繋がっていないブラザーだよ。実は当初、『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』は映画ではなく、音楽アルバムのプロジェクトだったんだ。でもアルバム作りの過程を撮影するうちに、よりスケールが大きくなっていった。ブッカー・T・ジョーンズとアル・カポネがノース・ミシシッピ・オールスターズと共演したんだ。で、彼らをメンフィスのピーボディ・ホテルからスタジオまで車に乗せていったとき、2人ともメンフィス北部の同じ地域で育ったという会話をしていた。その光景を撮影していて、とてもスペシャルなものを感じたんだ。結局、4~5年かけて撮影した。15回の共演セッションを収めることが出来たけど、その間にボビー“ブルー”ブランドやオーティス・クレイは亡くなってしまった。撮影の過程そのものがひとつのストーリー、ひとつのドラマだった。『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』はミュージシャンの視点から見たメンフィスの物語だったんだ。

●映画のおすすめシーンを教えて下さい。

特に印象に残っているのは、ボビー“ブルー”ブランドとヨー・ガッティのセッションだった。俺がドラムスを叩いているけど、映画を見れば、あまりの緊張にメルトダウン寸前なのが判るよ。あのシーンを見返すと、身もだえするほどだ(笑)。ボビーと共演するというのは、とてつもない経験だった。光栄に思っているよ。もし過去に戻ることが出来るとしたら、彼に感謝したい。その素晴らしい才能の片鱗を自分との共演に使ってくれて本当に有り難うってね。それとメイヴィス・ステイプルズのシーンは映画のハイライトのひとつだった。ただ、『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』の真のスターは、音楽そのものだよ。登場するミュージシャン達は後部座席に座って、音楽に導かれていくんだ。映画を見て、音楽を聴くみんなも、一緒にメンフィスへの旅に出るんだよ。

●あなたのプロデューサーとしての役割は、どんなものでしたか?

映画の初期段階からマーティン・ショアと話し合って、いろんなアイディアを出した。でも俺の一番の功績は、マーティンとブー・ミッチェルを引き合わせたことだよ。彼らが出会ったことで、『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』の両輪が完成したんだ。彼らがいなかったら、この映画は完成しなかっただろう。この映画で嬉しかったのは、メンフィスのいろんなミュージシャンと親しくなることが出来たことだけど、特にウィリアム・ベルと友人になることが出来たのが嬉しかった。彼は信じられない才能の持ち主で、素晴らしい人物だよ。

●ボビー“ブルー”ブランドは2013年6月23日に亡くなってしまいましたが、映画に収められているのはかなり最期に近いセッションでしょうか?

そうだね。もしかしたら生前最後のセッションかも知れない。この映像を編集して、入院中のボビーに見せることが出来たんだ。彼は微笑んでくれた。あのスマイルだけでも、『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』を作った価値があったよ。最近のオールスターズのライヴではボビーの「ターン・オン・ユア・ラヴ・ライト」を歌っているんだ。彼の思い出をみんなと共有するためにね。

●『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー』の続編について教えて下さい。

『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー/ニューオリンズ』という仮タイトルが付いていて、今回はニューオリンズの音楽をテーマにしているんだ。映画本編のパートをすべて撮影し終えて、あと2、3ヶ月で完成するところだよ。ニューオリンズの物語はビッグ・ストーリーだし、やりがいがあった。俺はメンフィスで生まれ育って、父親を通じて地元のミュージシャンと面識があったから、第1作は比較的やりやすかったし、出演のオファーも電話すれば受けてもらえた。でも、ニューオリンズ編は何もないところから始めなければならなかった。学ぶことの多い経験だったよ。

●今回はどんなミュージシャンが出演していますか?

まだ完成前だし、明かせない部分もあるけど、ネヴィル・ブラザーズが再結成してスヌープ・ドッグ、イージーEと共演していたり、ミーターズも出演している。スヌープとはすっかり友達になったんだ。彼は両親がミシシッピ出身ということもあって、ブルースやR&Bに関する知識が凄いんだよ。今度、自分のフェスを開催するらしい。ヒップホップ、R&B、ブルースを網羅した出演ラインアップになるというから、ぜひ俺たちにも声をかけて欲しいね(笑)。

●今後のツアーの予定を教えて下さい。

俺たちはいつもツアー中なんだよ。アルバムを出したときも、出していないときも、世界のどこかのステージでプレイしている。でもニュー・アルバムを発表することで、レパートリーが増えて、新鮮なステージを見せることが出来るんだ。お客さんが『プレイヤー・フォー・ピース』からの曲で盛り上がって、ダンスしてくれるのは嬉しいね。「ラン・レッド・ルースター」、「ロング・ヘアード・ドニー」、「ミス・メイベル」、「ディープ・エルム」...新しいアルバムからの曲をプレイするのはエキサイティングだよ。来年(2018年)の2月にはジョー・ボナマッサ・ブルース・クルーズにも出るんだ。マイアミからジャマイカまでの船上ライヴで、すごく楽しみにしている。しばらく日本に行っていないし、ぜひ今回のツアーでプレイしたいね。

●日本にはどんな思い出がありますか?

素晴らしい思い出ばかりだよ。人々はフレンドリーで礼儀正しく、町はゴミひとつ落ちていなくて、古来の文化と現代テクノロジーに満ちあふれていた。忘れられないのは、バディ・ガイと語り明かしたことだった。彼と日本に来た(2005年、『ジャパン・ブルース・カーニバル』)のは最高の経験だったけど、時差ボケが酷くてね。 午前3時ぐらいになって目が覚めて、ホテルのバーで一杯やっていたんだ。するとバディも時差ボケで飲んでいて連日、真夜中にいろんな話を聞かせてもらったよ。ハウリン・ウルフとの逸話などを話してくれて、午前3時の東京というロケーションもあって、夢の中の出来事のようだったよ。かけがえのない経験だった。ぜひまた日本に行って、ステージでプレイしたいね。