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里親を実の親と思っている子を引き渡し、「一方的」対応に抗う里親、子のケアと児相の対応は

山脇由貴子元東京都児童相談所児童心理司 家族問題・心理カウンセラー
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

「里親委託を一方的に解除」里親が県を提訴 地裁は異例の即日棄却

 12月22日、生後2カ月から養育している子ども(5)の里親委託を児童相談所が一方的に解除するのは、里子の心の平穏や健全な成長を無視した不当な対応だとして、沖縄県在住の50代夫妻が28日、県を相手取り、解除の差し止めを求めて那覇地裁に提訴しました。しかし地裁は同日、「委託措置解除は訴訟の対象となる処分に当たらず、原告適格もない」などとし、訴えを却下。提訴した当日に裁判所が判決を下すのは異例のことです。

 提訴した夫妻から私は11月から相談を受けていました。委託を受け、育てているお子さんは現在5歳で、生後2か月から委託を受けているので、子どもは里親を本当の親だと思っているし、実の親に会ったこともないといいます。ですが、児童相談所が、実親が引取を要求しているからという理由で、里親さんから子どもへの真実告知(自分たちが本当の親ではなく、実親は別にいると伝えること)をし、委託解除をして児童相談所で一時保護をすることを迫られている、と困って相談をしてきたのです。

真実告知は今ではない 子を想ってきた里親

 里親は、実親がどのような理由で子どもを里親委託したかも「個人情報」として児童相談所から知らされておらず、同様に、どうして子どもを引き取りたいのか、経済的状況や同居の兄弟の状況など全く知らされていません。

 里親は、「本当の親が引取れ、子どもが幸せになれるなら、その方がよい」とずっと思っていました。また、いずれは実親の元に帰すのを前提に預かっていたので、真実告知をしなければならないことも、児童相談所に子どもを引き渡さなければならないこともわかっていました。ただ、年齢がまだ幼いことに加え子どもは発達障害もあり、主治医も、真実告知をするのは「今」ではない、と反対しており、児童相談所に診断書も提出しました。里親は子どもの年齢や特性を踏まえ、主治医や他の専門家の意見を聞きながら、慎重に丁寧に時間をかけて真実告知をし、実親との面会交流の様子を確認しながら、子どもの安全な生活が確認できてから戻してあげたい、と児童相談所にお願いし続けてきたのです。

「あなたは私たちの子どもじゃない」を子にどう伝えるか

 私も、児童相談所勤務経験から、実親が子どもの引き取りを要求して来たら、その可能性を検討するのが児童相談所の役割だというのは十分わかっています。報道によれば、県の児童相談所の担当者は「個別の案件には答えられない」とした上で、「実親が里親委託解除を望んだら、虐待ケースでない限り、その日のうちに手続きを始める」と話しております。それはその通りです。ですが、手続きには、実親の生活状況の確認、施設長(今回は里親)の意見、子どもの意向の確認、実親との交流の様子の確認などが含まれます。もちろん、子どもへの真実告知も、です。  子どもが里親を実親だと思っている場合、真実告知は慎重に行わなければなりません。自分が本当のお母さん、お父さんだと思っていた人が、親ではなく、本当の親は別にいるのだ、と知ったら、子どもは非常に大きなショックを受けます。その心の傷は一生抱えることになるかもしれず、一生癒されることはないかもしれないのです。児童相談所はそのことを考え、里親さんと相談しながら、真実告知の方法を考えていく必要があります。お父さん、お母さんだと信じて育った子どもがある日突然「あなたは私たちの子どもじゃないから」と言われたら、親から捨てられたと思うに違いありません。児童相談所はそのダメージを想定し、心のケアの準備も整えておく必要があるのです。

 今回の件では実親は沖縄県外在住なので、実親の元に戻した後、沖縄の児童相談所は原則的に関わらないことになります。実親の住む都道府県の児童相談所との丁寧な連携をしておく必要があります。県をまたいでの移管の結果、不幸な虐待死事件も過去に起こっていることを忘れてはなりません。そして本当に万が一ですが、実親との生活が上手くいかなくなくなった時のことも考えておかなくてはならないのです。だからこそ、実親との交流は慎重に丁寧に行うべきであり、いきなり一時保護所に保護するのではなく、里親宅という子どもが安心できる環境で、そして里親もその様子を見守れる環境で行うべきなのではないでしょうか。それが、子どもにとって、里親さんとの別れの準備期間となるはずです。

 私も、子どもの事を最優先に考え、時間をかけ、丁寧に慎重に進めて欲しい旨、児童相談所に意見書を提出しましたが、何の返答も得られませんでした。

里親宅にいたいと思っているのは「明白」

 児ま童福祉法施行令第32条には、「児童相談所が児童の措置解除する際、児童の意向が解除と一致しない場合、児童福祉審議会の意見を聞く」、と規定されています。つまりこれは、子どもが「里親宅にいたくない」「里親から離れたい」「実親のもとに戻りたい」と希望しているわけではないのに、里親宅から引き離す場合には児童福祉審議会に意見を聞かなくてはならない、と法律施行令が定めているのです。児童福祉審議会への意見聴取とは、児童相談所の援助決定の客観性の確保と専門性の向上の為に平成9年の児童福祉法改正により新たに規定されました。今回の件では子どもは里親を実親だと思っており、非常に懐いていることから、里親宅にいたい、と思っているのは明白です。

 この点について、沖縄県の児童相談所は児童福祉審議会に諮問していないため、その点についても代理人弁護士名で法令順守を要望しておりますが、「回答の必要なし」との返答でした。児童福祉審議会への諮問はせずに措置解除する、ということです。

迫る引き渡し 苦しむ里親

 里親は年明けに児童相談所に子どもを連れて行かざるを得ない状況です。子どもは、まだ里親を実親と信じており、里親も真実告知をした方がよいのか迷いながらも、「子どもの悲しみを考えると伝える事はできない」と苦しんでいます。時間をかけ、児童相談所と話し合いながら進めていきたいと今も望んでいるのですが、児童相談所が応じてくれない為、提訴せざるを得なかったのです。実親に戻さなくてはならないのは仕方ないとしても、子どもを傷つけない方法を児童相談所と一緒に考えたい。長年子どもを育ててくれた社会的養護の重要な担い手の里親さんの希望を児童相談所がなぜ受け入れることができなかったのか、私には疑問です。

 今回の提訴は、なす術がなくなったゆえのことです。子どもを預かっている里親さんはたくさんいて、同じような悩みを抱えている方もいらっしゃると思います。そして現在子育て中の親御さんも、どうお感じになるでしょうか。

 子どもの幸せとは何か。いま一度よく考えるきっかけになればと思います。

※記事の一部を加筆・修正しました。

元東京都児童相談所児童心理司 家族問題・心理カウンセラー

都内児童相談所に19年間勤務。現在山脇 由貴子心理オフィス代表

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