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「私が殺されてもいいから止めたかった」被告に脅された心理司のトラウマ 元児相心理司が語る現場

山脇由貴子元東京都児童相談所児童心理司 家族問題・心理カウンセラー
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

児童心理司が証言

 千葉県野田市で栗原 心愛ちゃんを虐待して死亡させたとして、傷害致死などに問われた父勇一郎被告の裁判員裁判で、当時勤務していた児童相談所の児童心理司が証言しました。

 私も児童相談所で働いていた時は児童心理司でした。児童心理司というのは、児童相談所の中で働く心理の専門家であり、子どもに絵を描いてもらったり、様々な心理テストを行うことで、子どもの心の状態を判断します。そして子どもにとって、今後どのような環境で生活すべきか、どのような心のケアが必要か、児童相談所が方針を決定する際に意見を述べます。もちろん、親から離す必要があるか、家に帰して良いかどうかについても、心理の専門家の立場から、意見します。一番大事なのは子どもの心の状態であり、心愛ちゃんはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の疑いがある、と診断されたのですから、家に帰すべきではなかったのです。

父勇一郎被告からの脅し

 心理司は父から「心理の資格を持っているのか。証明書を見せろ」と問い詰められ、身分証の職員番号をメモされ「児相ではなく、職員個人として訴える」と脅された、と報じれられいます。児童相談所で心理として、心理テストの結果などを親に伝えると、その内容に不満を抱き、激怒する親はいます。心愛ちゃんのように「トラウマがある」と言われると、自分が虐待していた、と言われているように思えるからです。自分の虐待の事実を否認する為に、心理の結果に逆上するのです。そして、勇一郎被告のように、「個人として訴えてやる」と脅す親もいます。私自身も、「訴えてやる」と言われたり、大声で怒鳴られ、「つきまとって絶対不幸にしてやる」と言われたことがありました。

 

 それでも、児童相談所の職員は、子どもの安全を最優先しなくてはなりません。心理司は、子どもの心の状態を直接みているのですから、その心の状態こそを、最優先しなくてはなりません。だからこそ、裁判で証言した心理司の方も、「私が殺されてもいいから止めたかった。今でも夢に見る」と泣きながら証言したのだと思います。心の底から悔やんでいるのだと思います。今も、苦しみ続けているのだと思います。

 そして、児童相談所の職員は、親に対する発言も、業務として行っているのですから、個人で訴えられることに怯える必要はないのです。親が訴えられるのは児童相談所であって、仮に「態度が悪い」「発言が許せない」などの理由で、個人で訴えられたとしても、児童相談所という組織が、職員を守るべきなのです。

 そうは言っても、「訴える」と言われれば、怖いのは事実です。千葉県野田市の教育委員会が父親の脅しに屈して、心愛ちゃんのアンケートを渡してしまったように、執拗に脅されれば、いう通りにしてしまいたくなります。子どもを守る児童相談所の職員が、脅しに対して恐怖心を抱いてしまうのは、組織の体制の問題です。私自身も、児童相談所勤務時代は、訴訟保険に入っていました。職員は全員入るように上司から勧められていました。訴訟保険に入って安心な部分もありましたが、逆に「結局最後は自分でどうにかするしかないのか」という思いも抱かざるを得ませんでした。「どんなに脅されても、仮に訴えられても、児童相談所の職員は、児童相談所という組織が絶対に守ります。だから皆さん、安心して働いてください。」と、日々、職員達に上司が伝え、実際に守る体制も作り、悪質な虐待者が出てきたら、担当に任せるのではなく、組織全体で対応する。そして、「訴える」と担当者が言われたら、上司が「どうぞ訴えて下さい」と言って、すぐに弁護士に依頼をする。そんな体制を整えていかなければ、職員は安心して働けず、脅しに対して屈してしまうかもしれないのです。

児童心理司の意見は最終判断にはならないことも

 そして児童相談所において、子どもの今後の方針を決定するのは、児童福祉司です。もちろん最終決定は所長を含めた全体の会議で決定されますが、所長などの管理職は子どもに実際に会うことはありませんので、担当の児童福祉司の判断が最終判断となることが多いのです。そこに、児童心理司の意見が反映されている場合もあります。けれど、児童心理司の意見が入ってない場合もあるのです。

 それは、まだ日本の児童相談所では、「トラウマ」つまり心の傷が重要視されていないからです。児童相談所が子どもを保護し、家に帰さない基準は、目に見える身体や顔の傷・あざです。心の傷は目に見えないので、親に対する説明としても通りにくく、職員によっては、子どもの心の傷がどれだけ子どもを苦しめているのか、想像が出来ないからです。だから心理司の意見が今後の方針に反映されないことがあるのです。

 本来ならば、自分を愛してくれ、守ってくれるはずの親から虐待されたことによって受けた子どもの心の傷は非常に深く、癒されるのにも長い時間がかかります。私の所には、小学生の時や中学生の時に児童相談所で会った子ども達が、大人になった今、20歳、30歳を過ぎても心の傷が癒えない為に、通って来ています。それだけの時間がかかるのです。

 心愛ちゃんを司法解剖した医師は「我々の考えが及ばないほどの飢餓や強いストレスがあったのでは」と推測しています。子どもを死に至らしめるほどのストレス。これが心の傷です。心愛ちゃんの事件を通して、子どもの心の傷の重さ、その苦しみを児童相談所職員が学び、今後、心の傷を重要視していかなければ、同じような事件が起きてしまうかもしれません。それを防がなくては。児童相談所の抱える課題です。

※記事の一部を加筆・修正しました。

元東京都児童相談所児童心理司 家族問題・心理カウンセラー

都内児童相談所に19年間勤務。現在山脇 由貴子心理オフィス代表

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