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日本でも「こどもは飛べない!」幼児の転落死をなくすには #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

はじめに

 2023年3月24日、名古屋市で幼児2人が7階の窓から転落して亡くなる事故があった。一部報道によると、転落したのは2歳男児で、2人はふたごということである。窓の高さや大きさ、窓の下の足がかりの有無など、現時点(3月26日夕方)では詳細は不明である。詳細な状況がわかれば、もう一度、詳しく検討する予定である。

 幼児がベランダや窓などの高所から転落して亡くなったり、重大なケガをする事故は多発している。このYahoo!ニュース(個人)でも、転落の原因や予防策について繰り返し発信してきた(例:2022年11月5日 また起きた!「ベランダ等高所からの子どもの転落死」〜今後、どう取り組むべきか)。われわれのグループは、転落事故が起きる度に複数のメディアの取材に応じ、その取材内容はテレビや新聞、ウェブサイト等で周知されてきた。それにもかかわらず同じ事故が同じように起きたということは、今までの情報提供や周知・啓発は有効ではなかったと認めざるを得ない。

 情報提供や周知・啓発は、発信する側にとっては、社会的に意味があるように感じ、満足感をもたらすものである。重要な情報や貴重な事例をイラストや画像・映像などを用いて効果的に発信することで、それらの情報が社会の隅々まで行き渡ったような気持ちになる。これは、行政やメディア、そしてわれわれのような非営利団体も同様である。しかし実際にそれらの情報がどこまで伝わっているか、必要な人にきちんと届いているか、さらにそれらの情報を得て行動変容まで至ったかについて把握することは難しく、数値によって評価することはできない。底なし沼に、石を投げ込んでいるような空しさを感じる。

 今回は、これまでの情報提供から一歩進め、転落死亡事故を「本当に」なくすために必要なことは何かについて述べてみたい。

1 「3つのE」で整理する

 これまでも指摘してきたことだが、事故による重大な事態を予防するための考え方として「3つのE」がある。「Environment または Engineering(製品・環境)」「Enforcement(法律・規格)」「Education(啓発・教育)」の3つである。これを今回の「高所からの転落を防ぐ」ことに当てはめてみよう。

◆Environment または Engineering(製品・環境)

①窓やベランダ付近の天井などにセンサを取り付ける

 介護施設などで実際に行われている方法で、保護者や保育者が天井など高いところに取り付けられたセンサを解除しないと窓が開けられない。こどもが窓を開けたり、窓から外に出る可能性を低くすることができる。

②窓の開口制限を行う

 これも実際に高層建築物などで見ることができる。窓にストッパーがついており、10cm程度しか開けられないような仕様になっている。こどもが物を落とす可能性はあるが、こども自身が転落する可能性は低い。

③窓に補助的な鍵を取り付ける

 これは後付けで取り付けることができ、低コストで設置できる。実際の取り付け作業は保護者・保育者に委ねられているので、自ら補助錠を購入し、すべての窓に取り付ける人がどれくらいいるかはわからない。また、補助錠の機能や有効性についても明確な基準がなく、補助錠の有効性を評価する必要がある。

◆Enforcement(法律・規格)

①ガイドラインの策定

 国は、高所からの幼児の転落防止のガイドラインを策定し、未就学児が入居する住宅においては、上記「窓やベランダ付近の天井などにセンサを取り付ける」、または「窓の開口制限を行う」対策を義務付ける必要がある。昨秋、国は通園バスの安全対策として、「安全装置の装備」を義務付けたが、同じ考え方で取り組んでもらいたい。

 「窓やベランダ付近の天井などにセンサを取り付ける」「窓の開口制限を行う」ことが難しい場合は、経過措置として「補助錠の設置義務付け」をガイドラインの中に盛り込む。補助錠の有効性を周知するだけでは不十分で、それが実際に購入され、設置されなければ意味がない。もはや「補助錠を取り付けましょう」と呼びかけている段階ではない。新生児訪問時に、訪問者が補助錠を持参し、すべての窓と浴室ドアに取り付け、開口テストまで行うことも検討するべきだろう。国は「こどもファースト」を謳うのであれば、それなりの具体的な施策を実施すべきである。

②国交省「子育て支援型共同住宅推進事業」の拡充

 国土交通省は、「事故や防犯対策などの子どもの安全・安心に資する住宅の新築・改修」などを目的とした「子育て支援型共同住宅推進事業」を実施しており、6つの「配慮テーマ」と12の「取り組み事項」が挙げられている。このうち、配慮テーマ(3)は「転落による事故を防止する(バルコニー・窓などからの転落防止)」で、取り組み事項として「転落防止の手すり等の設置」と書かれている。すでに実施された実例として、「改修前」「改修後」がそれぞれ画像付きで紹介されているが、この画像を見る限り、まだ改良の余地があるように見える。事業内容を充実させた上で、事業者が取り組みやすい仕組みにしていただきたい。

 2020年6月には、神奈川県山北町の「山北町子育て世帯向け住宅:サンライズやまきた」の6階ベランダから幼児が転落して亡くなっている。Safe Kids Japanでは、このベランダの壁状の柵と同じ構造物を製作し、保育園児20人に協力してもらって、この柵に登れるかどうかの実験を行った(参照:2022年11月21日 ベランダなど高所からの幼児の転落を減らす〜再現実験が必要だ!)。実験の結果、5歳児クラスの3人が柵を乗り越えることができた。このベランダ柵は当然ながら建築基準法に適合しており、一部報道によると、ベランダには踏み台になるような物は置いていなかったということだが、柵の下部に高さ13cmの足がかりがあり、園児はそこに足をかけて乗り越えることができた。建築基準法を遵守し、足がかりとなる物が置かれていない状況であっても、こどもが乗り越えられたという事実に向き合う必要がある。

③対策を実施している住宅や入居者へのインセンティブ

 上記ガイドラインに適合した住宅のデベロッパーや、その住宅に居住している人へのインセンティブについても検討してもらいたい。具体的には、こどもの安全に配慮した住居づくりに取り組んでいる企業名を国交省やこども家庭庁のウェブサイトで公表し、その具体的な取り組みを紹介することや、住宅設備の企業には安全装置の設置に対して補助金を出す、建造物の所有者には税金の優遇制度を設ける、入居者には家賃の減免を行う、などが考えられる。子育て中の人が、積極的に安全な住居への入居を希望するような仕組みを作ってもらいたい。

◆Education(啓発・教育)

 転落の危険性や予防策について発信し続けることも一定の意味はあると思うが、同時に、その発信の効果検証も行うべきである。今回の転落事故の直後から、テレビや新聞等からSafe Kids Japanに10件以上の取材依頼があった。いつも同じ依頼内容であり、報道される内容もまた同じである。報道に携わる皆さんには、ぜひ事故直後の報道だけでなく、その後の経緯や、有効な転落防止の取り組みについても取材して報道していただきたい。

2 先行事例に学ぶ

 アメリカのニューヨーク州では、窓からのこどもの転落を予防するため、1972年から「Children Can’t Fly」(こどもは飛べない)というプログラムが行われ、1976年には10歳以下のこどもが居住する住宅には、窓にストッパーを設置することが法的に義務付けられた。アメリカのこどもだけが飛べないのではない。日本のこどもも高所から飛ぶことはできない。アメリカで約50年前に行われたことが、なぜ、日本ではできないのか?

 現在、日本ではすべての住宅に住宅用火災警報器の設置が義務付けられており、高齢者世帯に対して無償配布を行っている自治体などもある。このことにより、住宅火災による死者数は減少している。同様に、上記センサなどの安全器具を子育て世帯に対して無償提供することが望まれる。たとえば「高所からの転落予防特区」を作り、その地区の子育て世帯住宅にセンサなどを設置し、数年間にわたって効果検証を行い、その効果を測ることができるのではないか。上にも書いたように、自治体等からはさまざまな周知・啓発が行われているが、その効果は限定的である。周知・啓発のための予算をセンサなどの設置にかかる費用に振り分けてみてはどうだろうか。

おわりに

 高所からのこどもの転落は日本だけの問題ではなく、世界の多くの国でも課題となっているが、既存の法律や制度に縛られてなかなか進まないケースが多い。日本は今、少子化という大きな課題を前に、子育て支援に注力する時代を迎えている。「子育て支援」「こどもファースト」の根幹は、こどもの命を守ることであり、それはすなわち社会を守ることでもある。

 Environment・Engineering(製品・環境)やEnforcement(法律・規格)を変えることによって、確実に予防することは可能であり、具体的な予防策もすでにわかっている。

 国や自治体の皆さん、医師や研究者の皆さん、企業の皆さん、そして報道の皆さん、皆で力を合わせて、高所からのこどもの転落をなくそうではありませんか!

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「#こどもをまもる」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の1つです。

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特集ページ「子どもの安全」(Yahoo!ニュース):https://news.yahoo.co.jp/pages/20221216

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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