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「園バス置き去り」を予防するために その5〜今回の対応の経緯を振り返る 今後に向けて〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 今回の園バス置き去りによる死亡事故に対しては連日ニュースで報道され、対策についても驚くほど早い対応が行われた。事故が発生した4日後の9月9日には岸田総理大臣より指示があり、国からはすぐに実態調査の指示が出され、10月12日付で「バス送迎に当たっての安全管理の徹底に関する緊急対策〜こどものバス送迎・安全徹底プラン〜」が発表された。そして、園バスに置き去り防止のセンサの設置が義務づけられることとなった。

 事故死が発生してから5週間で対策が示され、これまでの「職員の心構え」や「注意力」だけに頼る対策から、機器を使った対策が示された。自治体でも調査が行われ、その結果が報告されている。

保育所等、幼稚園、認定こども園及び特別支援学校幼稚部におけるバス送迎に当たっての安全管理に関する緊急点検の結果の公表について(東京都)

事故対策の基本

 事故を減らすための対策として最初に行うのは、実態を把握し、これまでの対策が有効ではないことを確認することだ。そして、人の力だけに頼らないシステムを導入してその効果を評価し、一定期間を経て人の力に頼らないセンサの設置を義務づける。この標準的な傷害予防対策が、今回の事故については、国によって迅速に行われた。

 従来、子どもの事故に対しては「注意喚起」の通知だけであったが、今回、人の心構えや注意力だけに頼らない対策を行政が迅速に打ち出したことにびっくりした。やることが決まり、担当が明確になれば、一か月でこれくらいのことができるではないか!

 今回はなぜこんなに早く対応できたのだろうか?総理の指示があったから?前年に起こった置き去り死亡事故と全く同じ事故死、あり得ないと思われる事故死がまた起こったから?前年に対策としていたことが、誰の目からみても無効であったことがはっきり証明されたから?メディアが大々的に取り上げたから?いろいろなところから担当大臣に要望書が出されたから?・・・などいろいろ考えられるが、すべてが総合的に関与し、奏功したのであろう。何事も「TPO」が大事ということかもしれない。

 まぁ、園バス置き去りの対策が少し進んだのだから、何が対策を進める力になったのかを深く考えるよりも、大切なことは、今回のように、筋道を立てて、人の力だけに頼らない対策を速やかに実行することだ。

データの整備が不可欠だ

 子どもの事故は発達に伴って起こり、それぞれの発達段階で、どのような事故が起こりやすいかはわかっている。子どもの事故は、1件だけということはなく、必ず複数件起こる。

 今回の園バス置き去り死亡事故は、1年後に同じ状況で同じ事故死が起こったことで注目されたが、以前にも同じ事故死は起こっていた。2007年7月27日、北九州市の保育園のワゴン車に置き去りにされて2歳男児が死亡していたのである。2021年7月に中間市で園バス置き去りによる死亡事故が起こった時、遺族である父親は新聞記事でコメントしていた。そして今回、また同じ事故死が起こり、遺族として同じコメントをしていた。遺族の方は、自分の子どもの事故死が社会から忘れられることを最も危惧されているが、このような形で同じ事故死が起こり続けているという警鐘を鳴らし続けることには限界がある。10年前の事故でも、20年前の事故でも、すぐに検索できるデータベースを構築しておくことが必要だ。

 1件、重症度が高い事故、あるいは死亡事故が起こったら、そのデータを記録する。そのデータベースには、事故の情報だけでなく、その後の対応も記録しておく。例えば「行政からは、注意喚起の通達が出た」、「安全管理マニュアルが作成された」、「警察が書類送検した」、「刑事裁判は無罪となった」、「民事裁判は、賠償金が○○円で確定した」などを記録しておく。データを整備し、いつでも、誰でも、どこでも、何度でもアクセスできる状態にしておく。数十年前のデータでも、すぐに見ることができるようにしておく必要がある。

 企業の方は、このデータベースを常に検索して、製品開発や環境整備につなげていただきたい。

 メディアの方は、事故の取材をするとき、その事故の発生状況の記事とともに、これまでに同じ事故が起こっていたかどうかをデータベースで検索し、どのような対策が取られていたか、今回の事故ではその対策が行われていたかどうか、行われていなければ、なぜ行われていなかったのか、行われていた場合は、なぜ効果がなかったのかを含めて記事にすることを定式化していただきたい。事故報道は多くの場合、「警察が詳しい状況を調べている」で終わってしまう。警察が詳しく調べたその情報は、国民の財産である。もちろん当事者保護は大前提だが、その情報を予防のために活かすシステムが必要だ。

 政治家は、同じ事故死が起こり続けていることを議会で質問し、予防につながる対策の必要性を訴えていただきたい。行政が対策を行った場合は、数値で「減った」ことを証明しなければ、対策を行ったことにならないと指摘していただきたい。

海外の情報を調べる

 子どもの発達は世界中どこでも同じであり、海外で事故が起これば、日本でも必ず同じ事故が起こる。人の行動は世界中どこでも同じで、わが国で起こった事故は、海外でも必ず起こっているはずである。

 今回、アメリカや韓国でも園バスの置き去りは以前から発生しており、その対策もすでにとられていたことがわかった。わが国の安全に対する取り組みは海外に比べて10〜15年遅れており、海外の状況を調べれば、より具体的な安全対策を知ることができるはずだ。重症度が高い事故が起こった場合は、諸外国のデータも調べてみる必要がある。

もう一歩、安全対策を進める必要がある

①自家用車での置き去り

 今回、園バスの置き去りだけが注目されたが、自家用車に自分の子どもを置き去りにし、子どもが熱中症で死亡する事故も起こっている。自家用車への置き去りも、園バス置き去りとまったく同じ状況で発生している。園バスと同じように、センサで防ぐ対策が必要であり、自家用車への置き去り防止のセンサの設置を義務づける必要がある。

②保護者等が子どもを轢いてしまう

 10日くらい前、3歳10か月の女児を外来で診る機会があった。咳と鼻水があるとのことで来院したが、子どもの顔を見ると、鼻の頭にハートマークに切った絆創膏が貼ってある。絆創膏の周りには擦過傷の跡が見える。「転んだの?」と質問したところ、「父親の車の前にいて轢かれちゃったんです」とのこと。母親は、あまり心配している様子はなく、こちらの方がドキッとしてしまった。

 ときどき、保護者等が車で自分の子どもを轢いてしまったというニュースを聞く。2022年だけでも、3月(千葉県、2歳)、5月(三重県、1歳、福島県、4歳)、7月(奈良県、1歳)、8月(京都府、1歳、神奈川県、3歳)など、あちこちで同じ事故が起こっている。園バスでも、発車時に子どもの姿が見えず轢いてしまうことがある。これらも子どもの存在に気づかないために起こる事故で、センサで対策を講ずる必要がある。自家用車やバスにセンサの設置を義務づけ、子どもの存在を感知できるようにすれば防ぐことができる。

③園バスにもチャイルドシートの設置を

 現在、園バスにはチャイルドシートの設置は義務づけられていないが、子どもが乗っている園バスが交通事故を起こした場合、チャイルドシートを使用していないと傷害のリスクが高くなる。このリスクは、園バス置き去りの事故より発生頻度はかなり高いはずだ。園バスに設置する幼児用のシートベルトも開発されており、園バスの安全対策として、チャイルドシートや幼児用シートベルトの設置の義務化も考える必要がある。

幼児用保護ベルト(株式会社エムビーエムサービス提供)
幼児用保護ベルト(株式会社エムビーエムサービス提供)

おわりに

◆今回の園バス置き去り死亡事故でわかったこと

1.同じ事故死は必ず起こる

2.対策として、人の心構えや注意力だけに頼っていると効果はない

◆今後、園バス置き去りを含んだ事故死に対してすべきこと

1.事故死のデータベースを整備して公開する

2.対策を行ったら、必ず数値で評価する

 行政は、前例があると安心し、他のところがやっている「好事例」の把握、踏襲を好む。今回の園バス置き去り事故対策の取り組みは好事例であり、これをモデルにして、子どもの死亡事故が起こった場合には、すぐに関係府省会議を設置し、「安全徹底プラン」を出していただきたい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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