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今こそ徹底的な検証と具体的な対策を~大津の保育園児交通死傷事故について考える~

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

 2019年5月8日、滋賀県大津市で複数の保育園児が死傷する交通事故が起きた。報道によると、園児13人は保育士3名に引率され、散歩に行く途中だったという。信号のある丁字路交差点の歩道部分に立ち、信号待ちをしていたそうだ。ふだんどおり、歩道の車道から離れたエリアに、保育士が車道側に、園児を囲むように立っていたという報道もある。

 この事故を受け、テレビやネットでは「保育所や保育士は被害者だ」「園長先生は悪くない!」という声が高まり、ツイッターには「#保育士さんありがとう」というハッシュタグもできた。一方、交通事故が発生した詳しい状況について分析した記事はほとんどみられない。

園外保育や保育士の問題ではなく、交通環境の問題

 今回の事故の直接的な原因は、50歳代のドライバーが運転する乗用車が前方をよく確認しないまま右折しようとしたことにある。しかしこのドライバーの責任を追及し、「私たちも気を引き締めて安全運転に努めよう」と決意を新たにするだけでは事故の再発予防にはつながらない。また、保育所や保育士を擁護し、保育士に感謝の気持ちを表すことは一見温かい対応のように見えるが、そこで完結してしまうと原因究明と再発予防に向けた議論につながらないおそれがある。今回の事故の背景の一部である、「園庭がない」「保育士が不足している」「保育士の処遇が不十分である」といった現在の保育現場が抱える課題に関する議論まで展開すると、道路状況や自動車の安全性といったより重要な要素について検討する機会を失わせ、結果的に事故の再発予防にもつながらないことになる。

事故原因と再発予防策を多角的に考える

 安全運転に努めるのは当然だが、ハンドルを握り、アクセルを踏むのは私たち人間で、エラーを起こす可能性は常にあるし、避けることが極めて困難なケースもある。

 このような事故を二度と起こさないためには、事故原因と再発予防策を多角的に考える必要がある。今回、最も必要なことは、これまでに起こった「速度をもった自動車が歩行者に突っ込んだ事故」例を抽出し、その状況を細かく分析することである。事故の発生状況は、必ず、いくつかのパターンにわけることができる。最近ではドライブレコーダーの記録が入手できるので、どのような道路環境で起こったのか、車のスピード、自動車の動線、歩行者の位置など、秒単位で検討することができる。この情報の分析から、事故を予防するためには何が必要かを明らかにする。この分析結果をもとに、危険性が高い道路状況を図式化して全国の警察に配布し、各地の警察交通係が担当地域の危険性が高い道路環境をリストアップする。とくに子どもたちが歩く頻度が高い道路環境の整備を具体的に行う必要がある。

3つのE

 ここでは事故の予防を考える際に用いる「3つのE」、「Environment(環境、製品)」「Enforcement(政策提言)」、そして「Education(教育)」にしたがって、再発予防策を整理してみたい。

◆Environment(環境、製品)

・道 路:歩道の安全確保(ポールやガードレールの設置)、バンプ等の設置によるスピード軽減化、信号機能の改善、歩行者専用道路の設置

・自動車:衝突防止装置や自動ブレーキの標準装備

・保育所:園児用バスの利用(例:目黒区のヒーローバス東京新聞2018年10月18日の記事より)

◆Enforcement(政策提言)

・道 路:上記予防策を入れた道路交通法の改正(保育所・幼稚園、学校の周囲の進入禁止、速度制限など)

・自動車:自動停止装置など安全設備の義務化

・保育所:上記予防策を入れた条例づくり、保育士の処遇改善

◆Education(教育)

・道 路:子どもたちへの交通教育

・自動車:ドライバーの再教育(免許証更新時の試験必須化)

・保育所:保育士の傷害予防に関する能力の向上

チャイルド・デス・レビュー

 亡くなった園児はいずれも2歳だったという。すくすくと成長し、やがては日本を、そして世界を背負うはずだったお子さん達を死に至らしめたのは、当該ドライバーだけでなく、私自身を含む社会全体だ。このような事故は繰り返し起きていたのに真剣に取り組もうとしなかった、たとえ取り組んでいたとしても結果的に十分な結果を出すことができなかった私たち全員に責任がある。

 子ども達が安全に、そして幸せに成長できる社会をつくる、それこそが国連が推奨している持続可能な社会をつくることではないだろうか。この政策は、この製品は、この活動は、この選択は、子ども達を真の意味で幸せにするだろうか?と問い続けながら日々を生きなければならない。そして社会を変えていくことで、初めて亡くなったお子さん達を悼み、彼らに償うことができる。

 最後に、2018年6月1日に集英社が運営するウェブサイト「imidas」に掲載された記事の一部を紹介したい。この記事を書かれた溝口医師は、筆者らと共にチャイルド・デス・レビュー(CDR)の導入に尽力してこられた方である。本来であれば、今回の事故もチャイルド・デス・レビューによって徹底検証されるべきであろう。

チャイルド・デス・レビューで子どもの死を防げ!

幼い命の「予防可能な死」を減らすために大人たちができること

2018/06/01 溝口 史剛 (群馬県前橋赤十字病院 小児科副部長)

子どもが死んだという結果を前に、周りの大人が防御的に「やることはやっていました」と言ったところで、何も意味はありません。「やることはやっていたつもりであるが、子どもが亡くなったということは、結果として我々の関わりは不十分であったということです。同様のケースが今後二度と出ないように徹底的に検証し、システムの改善につなげたいと思います」と言える社会を目指さなければなりません。すでに最大限のことをやっているのでこれ以上は無理、つまり子どもは今後も死に続ける、などということを容認するわけにはいきません。徹底的に子どもを守るんだという感覚を、本気で地域が持てるかどうかが問われています。虐待事例であれ、事故事例であれ、病気による死亡事例であれ、根本は一緒です。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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