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「死角バス停」のニュースを見て考える

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 2018年8月30日午後4時半ころ、横浜市西区で、小学5年生の女児がバスを降り、停車中のバスの後方に回って横断歩道を渡ろうとしていたところ、反対側から来た軽ワゴン車に轢かれて死亡した。この事故を取り上げた『「死角バス停」危険検証』というニュースを見た(日テレNews24 2018年10月31日)。

事故の概要

 冒頭のように、事実だけが簡単に述べられる報道が多いが、これだけでは何が起きたのか、よくわからない。今回のニュースでは現場検証が行われた。

 現場は住宅街の中にある五差路で信号はない。バス停に到着した路線バスは完全に横断歩道をふさいでいる。ちょっと考えると、バスが横断歩道を完全にふさいで止まっている状況は想像しにくいが、現場の映像が映し出されていたのでわかりやすい。また、アニメーションで事故が発生した状況が再現されていてたいへん理解しやすかった。

なぜ事故が起こったのか?

 ニュースによると、このようなバス停は「死角バス停」と呼ばれ、横浜市の調査では市内に約2,600か所ある市営バスのバス停のうち、死角バス停は今回のバス停を含め18か所あるとのことである。国交省は1997年、「信号機のない横断歩道はバス停から30m以上離れた場所に設置する」という基準を定めたが、基準ができる前に設置されたバス停はそのままとなっており、全国に数多くみられるとのことである。

ニュースの流れ

 上記の映像に続いて、以下のようなナレーションとインタビューが紹介された。

 『近くに住む人たちは、以前からこの死角を生んでしまったバス停の危険性を感じていたという。現場近くに住む人は「バスが止まるとどうしても見づらくなる。結構複雑な道路で、信号があるわけでもなく、子どもが飛び出しやすく、子どもだけで渡るのは危ないと思っていた。事故を聞いて衝撃を受けた。ひとごとじゃない」。また、現場近くに住む学生に怖い経験について聞くと「バスを降りて、バスが出発する前に渡ろうとすると、反対車線から車が来て危ないと思うことがある」。道路上の構造が問題視される一方、近くに住む人たちからはこんな声も。「普通は、バスが止まっていれば、バスの陰から人が出てくることは容易に想像できる。自動車学校で習っていること。交差点うんぬんというよりも、それも一因ではあるんでしょうが、運転手のマナーが落ちている」』

 そして、ニュースの最後は「身近に潜む『死角バス停』の危険。命を守るための運転が求められている」となっていた。

ニュースへの違和感

 ニュースの最後の「命を守るための運転が求められている」とは、誰が、誰に対して、何を求めているのかよくわからない。この結論だと、誰も、自分が関わるべきものとは考えないのではないか。「運転」が求められているということは、運転者に対して注意喚起をしたいのだろうか。

 今回のニュースのように「死角バス停の存在が問題だ。他人事に思えない。運転手のマナーも問題だ」と、どれも同じレベルで指摘すると問題点が不明瞭となり、聞いている人は「どれも一理ある」と感じて、最終的には聞き流してしまうことになる。有効性が確認され、すぐに実行できることを優先して報道する必要がある。

 「個の尊厳と生命を守る」ことは、すべての人に課せられた義務であり、その点については誰もが同意するはずである。ニュースにおいても「生命を守る」という点で一貫性を持たせなければならない。運転者のマナー向上や他人事とは思えないという感想では、事故は予防できない。すぐに実行でき、その効果も期待できる「死角バス停をなくすこと」をニュースの主眼に置くべきである。

 道路交通法では、横断歩道を渡ろうとする人の有無がわからない場合、ドライバーに徐行を義務付けているが、見えないものを予測することはとてもむずかしい。見えないものは、見えるようにすることを優先して取り組むべきではないか。

今後も取材と続報を

 今回のニュースを見ると、危険性が高い「死角バス停」の場所や数がわかっているのに、なぜ放置されているのだろうか?という疑問がわく。そこで調べてみると、10月10日付の神奈川新聞に以下の記事が出ていた。

 「神奈川県警は事故の直後から約1カ月間、死角バス停を目視で調査した。県下で85カ所がリストアップされ、横浜市は41カ所となっていた。今後、85カ所について、交通量や過去の事故の発生状況などを加味して対策の優先度を3段階に設定し、優先度が高いバス停は公表し、対策については、すぐに取り組むバス停と、それ以外を分けることを検討している」

 この記事を読んで対策が検討されていることを知り、安堵した。神奈川県以外の都道府県でも死角バス停はあるはずであり、全国で同じような調査をして対策をとることが必要だ。

 死角バス停以外にも大きな課題がある。子どもを亡くされた遺族へのサポートは十分だろうか。子どもが死亡すると、社会的に2億円の損失と推定されている。これは保険金の額ではなく、この子どもが80歳まで生きれば、いろいろな活動をして社会に寄与したはずの額として算定されている。すなわち、この事故によって社会は大きな損害を被ったのである。

 歩道上で子どもを轢いてしまったので、軽ワゴン車の運転者には有罪判決が下されるだろう。この運転者の人生は大きく変わってしまった。次の加害者を作らないように、早急に死角バス停をなくす活動をしなければならない。

 死角バス停がなくなるまで、ぜひ取材を続行していただきたい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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