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【報告】監視の限界を科学的に明らかにしたシンポジウム「繰り返されるプール事故から子どもを守る」

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 立秋が過ぎ、夏休みも終盤に差し掛かっているが、今も毎日のように水の事故のニュースが流れている。ニュースでは「8月〇日、午後〇時ころ、〇〇市のプールで、〇歳の子どもが溺れ、病院に運ばれましたが亡くなりました・・・当局者によると、プールの監視員は5名いて、プールの監視に問題はなかったということです。警察が詳しい情報を調べています」と報道される。5月17日に「その監視は機能しているか?保育の場のプール事故対策の課題」という記事を配信したが、その後、プールの監視の状況やスタート事故について、Safe Kids Japanや日本スポーツ法支援・研究センターなどが主催して2018年6月9日にシンポジウムを開催した。このシンポジウムについて、あらためて報告したい。

これまでの経緯

 2017年2月から、日本スポーツ法支援・研究センターとNPO法人Safe Kids Japanで、学校管理下のスポーツ事故の予防について取り組んでいる。2017年8月には、サッカーゴール、組体操、ムカデ競走について、2018年3月には、野球に関する事故について検討した。

 毎年のように繰り返されるプールでの溺水を予防するために、夏前にはなんらかのメッセージを出したいということで、2017年秋から「プール事故予防」のシンポジウム開催に向けた検討を開始した。

 鼻と口を覆う水があり、覆われた状態がおよそ5分以上続けば「溺れ」になる。すなわち、水が溜まっているところであれば、どこでも溺れが発生する。

 今回は、学校管理下のプール事故の実態を調べ、プールに関連したもののみを検討することとした。プールに限定したのは、プールは人工物であり、海や川、湖よりコントロールしやすいと考えたためである。また傷害としては、重症度が高い「溺水」と「頸椎損傷」を取り上げることとし、溺水については、早期に発見する「監視」について検討、頸椎損傷については、スタート時の事故である場合が多いので、「プールの構造と使用法」について検討することとした。発見後の、水中からの引き上げ、心肺蘇生、AED、救命処置などは、今回は検討していない。

学校管理下のプールでの事故の実態

 日本スポーツ振興センター(JSC)の災害共済給付のデータを見ると、2014年度に共済給付申請のあった100万件余(幼稚園・保育園含む)のうち、6,117件がプール事故であった。今回は、そのうちプールサイドおよびプール内、シャワーエリア等で発生した5,591件の事故について分析した。その結果は下記および下図のとおりである。

・挫創、打撲が最も多いが、骨折も二番目に多い(水着のみのため、身体に傷害を受けやすいと考えられる)

・小学校以上では、泳いでいる際に人やプール内の壁に衝突する事故が多い

・小学校、中学校では、プールサイド移動中の事故も多い

・高校では、スタート時や飛び込み(プールサイドからの飛び込みも含む)による事故が多い(→頸椎損傷の恐れがある)

・幼稚園、保育園では、プール内での転倒事故が多い(→転倒を見逃せば溺れのリスクがある)

<学校種別の傷害の傾向>

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<学校種別の事故状況の傾向>       

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※北村 光司氏作成

学校プールの実態(構造)およびスタート事故予防の具体的提言

1 アンケート調査の結果

 公益財団法人 全国中学校体育連盟の協力により、全国335の中学校にアンケートを依頼、うち217校から回答があった。アンケートでは、主にプールの構造およびスタートに関して質問し、下記のような結果が得られた。

・プールにスタート台を設置している学校(144校)のうち、日本水泳連盟の規則(「プール公認規則」(2015.6.28施行):端壁前方 6.0m までの水深が 1.35m 未満であるときはスタート台を設置してはならない)を満たしていない学校が93校ある

・ほとんどの学校はスタート台を使用してのスタートを行っていない(175校)が、一方で、スタート台を使用してのスタートを行っている学校も36校ある

・スタート台を使用してのスタートを行っている36校のうち、34校は「部活動中」に行っていると回答しているが、「授業中」と回答した学校も2校ある(複数回答のため、部活動と授業両方で行っている場合もあると考えられる)

2 スタート事故予防のための具体的提言

1)浅いプールでの飛び込みスタートの禁止

 飛び込んだ後の深度は、個人の体格(体重)、脚力、入水角度、スタート場所から水面までの高さ、入水後の姿勢制御等で大幅に変わる。今回、井口 成明氏(桐蔭横浜大学 スポーツ健康政策学部 准教授)が、中学生の水泳部員22名を対象に、スタート時の入水直後から浮上前までの高速撮影を行った結果、浅く入水する生徒と深く入水する生徒の深度差は64cmであり、最深度が1.2mに達する生徒もいた。泳者各自の入水深度は測定してみないとわからない。

 今回の実験で、生徒一人ひとりについて入水深度の平均、最深と最浅の差を測定してみたところ、ひとりの生徒で53cmの差が見られた。泳者の体調、精神状態で入水深度は大幅に変わる。「いつもはこのくらいの深度で飛び込んでいる」と思いこんでいても、その日のコンディション等で最深部は変化する。

2)日本水泳連盟の規則(1.35m)を過信しない

 日本水泳連盟の「プール公認規則」(上記)には、競泳スタートの練習や大会開催に必要な最低の深さは1.35mと記載されている。今回の実験では、一番深く入水した生徒の頭部の最深度が1.19mであった。プール底まで15cm程しかなく、下肢はプール底に衝突していると思われる。段階的な指導を実施し、競泳スタートの方法を十分習得していると思われる泳者であっても、これだけの深さに到達する泳者がいるのであれば、全国的に見たとき1.35mは安全値とは言えない。

3)浅いプールで許される段階的指導の具体例

 水中からの飛び込みで、かつ最大でも上半身が水面から出るくらいまでが限度である。

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※井口 成明氏作成

 

溺水事故予防の具体的提言

1 消費者安全調査委員会による実態調査

 消費者安全調査委員会は、今年4月30日に「教育・保育施設等におけるプール活動・水遊びに関する実態調査(平成23年7月11日に神奈川県内の幼稚園で発生した プール事故に関する意見のフォローアップ)」を発表した。

 これは2011年に発生した神奈川県大和市における幼稚園プール事故の検証結果を踏まえ、通知やガイドラインなどが発出されたが、教育・保育施設等においてプール活動中または水遊び中の事故が依然続発していることから、あらためてその実態を把握することを目的に行われたアンケートである。

 この調査結果では、「水の外で監視に専念する人員を配置することを徹底する必要がある」と指摘しているが、その「監視」がどのような監視であるかについては触れておらず、漠然とした指摘にとどまっている。

2 監視実験

 Safe Kids Japanと日本スポーツ法支援・研究センターでは、プールにおける監視の実態や有効性を検証するため、東京スイミングセンターにご協力をいただき、監視の「範囲」に関する実験と、「位置」に関する検証を行った。

 実験は、下図の黒丸の位置のプールの底にマークを隠した状態で置き、プールサイドに立つ監視員役の人が、そのマークが現れ始めてから、そのマークに気づくまでの時間を計測する、という方法で行った。3m×3mの範囲と9m×9mの範囲で、計測を行った。また、現れるマークはランダムとし、ひとつの監視範囲の条件でひとり当たり3回実施した。

 その結果は、下記のとおりであった。

・3m×3mの範囲では、平均1.90秒(最大:4.33秒)で発見

・9m×9mの範囲では、平均3.32秒(最大:10.05秒)で発見

・9m×9mの範囲の方が、平均1.43秒(最大:4.43秒)発見が遅れた

 今回はプールを貸切の状態で使用したため、以下の点で発見しやすい状態にあった。

・監視範囲内に人がいない点

・監視範囲内は比較的波が少ない点

・発見対象(マーク)がこれから出てくるという情報があり、集中して探せる点

実際のプールはもっと条件が悪いので、さらに発見が遅れる可能性があるだろう。

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※北村 光司氏作成

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※北村 光司氏撮影

 また、監視中の水面の反射による影響について検証を行ったところ、

・水面に光が反射すると、水中に人がいても見えなくなる

・視点の高さや位置を変えると、光が反射する位置が変化する

ということがわかった。

 したがって、

・外光や照明によって、プールのどこに反射が起きるのかをチェックする

・時間、天候、監視位置によって異なるので、条件を変えてチェックする

・反射によって見えない場所がないように監視体制を整える

 具体的には、

・一箇所に留まらず、移動しながら監視する

・複数個所、複数の向きから監視する

・視点の高さを変えて監視する

といったことが求められる。

3 有効な溺水予防とするためのプール監視に向けた提言

1)監視の死角を把握する

 監視できる範囲には限界があり、水面の反射による死角が必ず生じる。水面の反射は外光、照明、天候などで変わるので、自分のプールで反射をチェックする。監視台の利用や監視者の移動によって死角をコントロールする。

2)指導方法・運用方法で補う監視の限界

 監視役が何人いたとしても、自由に泳ぎ回る児童・生徒を十分に見守ることは難しい。児童・生徒への指導方法やプールの運用方法で、監視の限界を補うことが求められる。

・生徒同士のバディシステムの徹底           

・見学生徒による監視補助や報告

・コース利用のルールの設定(一方通行等)      

・水泳帽子の色分けやナンバリング

・幼稚園や保育園における「プールを使わない」水遊びの実施

3)テクノロジーの導入と効果評価

・新しい「溺れ予防デバイス」(例:KingiiPLOOTA)の利用

・プール予防監視システム(例:ポセイドン)の利用

おわりに

 「これで防げる!学校体育・スポーツ事故」の第3回シンポジウムを行った。いろいろな職種の人が手弁当で積極的に関わり、短期間に成果を出すことができた。これまでと同様に、この活動の足を引っ張る人は誰もいなかった。

 多職種が連携し、やる気のある人が集まると、現時点での課題を明確にし、具体的な対策を示すことができることがわかった。

 消費者安全調査委員会の見解として「水の外で監視に専念する人員を配置することを徹底する必要があると考える。また、水の外で監視に専念する人員を配置できない場合には、プール活動・水遊びを中止又は中断する必要があると考える」と報告書(上記)で述べているが、中止した場合にはどうしたらよいかについても意見を述べる必要があるのではないか。もう一歩踏み込んで、「プールの使用を中止した場合は、溜まった水を使わない水遊びのプログラムを開発するとよい」という記載があればいいと思う。

 消費者庁は、溺れるのを防ぐ一番の方法は保護者が常に「目」を離さないことと指摘しているが、それよりずっと有効な方法は保護者が常に子どもから「手」を離さないことである。欧米では、幼児の溺水予防には「保護者の手が届く範囲で泳がせましょう」と指導している。次に消費者庁からメッセージを出すときは、「目」ではなく、「手を離さないで」と指摘してもらいたい。

参考:シンポジウム当日寄せられた質問と回答、参加者アンケートなどはこちら

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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