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その監視は機能しているか?保育の場のプール事故対策の課題

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2018年4月24日、消費者安全調査委員会から「教育・保育施設等におけるプール活動・水遊びに関する実態調査」(平成23年7月11日に神奈川県内の幼稚園で発生したプール事故に関する意見のフォローアップ)が発表された。

これまでの経緯

 2011年7月に神奈川県大和市の幼稚園で発生したプールでの溺死事故を受け、消費者安全調査委員会が検討して「指導と監視を分ける」という意見書を出した。私は、この意見書を作成する専門委員会の委員として関わった。プールの構造、水深、プールに入っていた子どもの数、保育者の行動などの資料を見せてもらったが、溺死した子どもが何分、浸水していたかは結局わからなかった。そこで、「保育の場での危険な時間帯は、食う(食事中の窒息)、寝る(睡眠中の突然死)、水遊び(プールでの溺水)の3つである。その時間帯はビデオで録画しておく必要がある」とモニタリングの必要性を訴えたが、それは取り上げられず、ヒューマンエラーをやっている人が言った「指導と監視を分ける」ことが採用され、2014年6月20日に消費者安全調査委員会から文部科学省、厚生労働省及び内閣府に対して意見書が出された。

 その内容は、以下の1から3に示すように、いわゆる建前、一般論が述べられているだけで目新しいことはなく、具体的にどうしたらいいか明確ではない。唯一、指導と監視を分ける必要性が述べられ、監視に専念する人がいない場合はプール活動を中止するよう求めている。プール活動の中止にまで言及しているのは、同じ事故が起こり続けていることへの委員会メンバーの危機感の表れであろう。

1 プール活動・水遊びを行う場合は監視体制の空白が生じないように専ら監視を行う者とプール指導等を行う者を分けて配置し、また、その役割分担を明確にする。水の外で監視に専念する人員を配置できない場合には、プール活動・水遊びを中止すること。

2 事故を未然に防止するため、プール活動に関わる教職員に対して、幼児のプール活動・水遊びの監視を行う際に見落としがちなリスクや注意すべきポイントについて事前教育を十分に行う。

3 教職員に対して、心肺蘇生をはじめとした応急手当等について教育の場を設ける。また、一刻を争う状況にも対処できるように119 番通報を含め緊急事態への対応を整理し共有しておくとともに、緊急時にそれらの知識や技術を実践することができるように日常において訓練を行う。

調査報告書の概要

 今回、2014年に提出した意見書の内容が、幼稚園、保育所及び認定こども園に十分に伝わっているか、実際に対策が講じられているか、また、プール活動に関わる幼稚園教諭、保育者及び保育教諭がどのように受け止めているか等の調査が消費者安全調査委員会によって行われた。

 これまで、事故に対する行政の対応は、事故が起こった直後に単発で「注意喚起」をするだけで、注意喚起によって事故が減少したかどうかについて検討されたことはない。実際には、プール事故に関してみても、通達による注意喚起が行われたすぐ後に溺水事故が起こっている。今回、意見書の効果を調査した点は評価できるが、その調査結果について考えてみたい。

 全国の5000か所の幼稚園、保育所、認定こども園にアンケートを送って園長とスタッフに答えてもらい、その結果が発表された。プール活動・水遊びにおける緊急時想定訓練は4割で実施されており、1度に水の中に入れる子どもの人数は、3歳児クラス、4歳児クラス、5歳児クラスのあいだに差はなく、平均すると16~19人であった。水の中で指導する職員の平均人数は1.6~1.7人、水の外で監視に専念する職員の平均人数は1.1~1.3人であった。水の外で監視に専念する職員がいない比率は4~9%であった。その他、心肺蘇生の講習会の受講率なども調べられている。

報告書の課題

 この報告書の最も大きな問題は「監視」である。「水の外で監視に専念する人員を配置することを徹底する必要がある」と指摘しているが、その「監視」がどのような監視であるかを検証する必要がある。監視の実態、監視の有効性を検討せず、「監視が必要」と指摘するだけでは予防にはつながらない。

 例えば、夏に地域のプールに行って監視員が何をしているかチェックしてみるとよい。中には、あまりの暑さのために、監視台の上ではなく、日陰に移動してプールを見ている監視員もいる。また、水に入る子どもの数の平均値である19人の子どもを監視するといっても、水に潜っている子もいれば、座って水をかけあっている子もいる中で、19人をずっと監視することができるのか、その点をチェックする必要がある。

 インターネットで、プール監視の訓練用の映像を見ることができる。試しにこの動画を見てチャレンジしてみるとよい。監視の難しさがわかるであろう。あるいは、保育者の監視役にこの映像を見せて、適切に監視ができるかどうかチェックしてみるとよい。

モニタリングの時代

 アメリカの医療機関の救急室では、患者が運び込まれてからの一部始終を天井に設置したカメラで録画しておき、後でその画像や指示の音声を聞きながら検討会をしている。患者が運び込まれ、ベッド上に移し替え、心拍モニター用の電極を貼り、呼吸が止まっていればすぐに胸骨圧迫を開始する。同時に気管挿管をして人工呼吸器に接続する。点滴路を確保するため、血管を探して針を刺す。同時に採血を行って検査に提出する。医師から薬の指示が出て、薬液を注射をする。おおよそ10-15分間にこれらすべての処置が行われる。医師の指示は適確か、その指示がきちんと看護師に伝わったか、医療スタッフの動線に無駄はなかったか、感染予防のための手技は適切であったか、記録に漏れはなかったか、などが検討される。このように細かく分析されることによって、質の高い医療を行うことができるようになる。

 自動車にドライブレコーダーが設置され、衝突事故が起こった場合、どちらの車に責任があるかが判定できるようになった。それまでは、お互いに自分の非を認めないことが続いていたが、衝突時の記録があれば秒単位の動きを確認することができる。

 最近では、小型で軽量のカメラが開発され、いろいろな動物に取り付けられて動物の行動がモニターされている。動き回る範囲、何を食べているか、夜間の行動などいろいろなことがわかるようになった。

何をすべきか?

 プールの溺れ対策として何をしたらいいのだろうか?私なら、以下のような調査をする。

1 プール全体が撮影できるカメラを設置し、プール活動中はモニタリングをする。その映像を分析すれば、保育者の動き、子どもの行動、監視役の立っている位置などおおよそのことがわかる。日常のプール活動を記録して分析すれば、プールの広さに対して、何人の子どもなら監視が可能か、監視の実態や限界を知ることができ、保育業務の改善にもつなげることができる。事故が起こった時には、正確に分析することが可能になり、たいへん役に立つ。ビデオカメラを設置することは再発防止策そのものではなく、直接予防につながる訳ではないが、モニタリングによって事実が明確にならないと予防策を検討することができない。

2 監視役の保育者に視点モニタリングの機器(視線計測装置)を装着して、プールに入っている子どもをどのように見ているか、何に注目して見ているかなどを調べる。これによって、何人くらいまでなら目を離さないで見ていることができるかがわかるはずであり、監視の限界もわかる可能性がある。あるいは、プール監視員に協力してもらって、監視員の視点モニタリングを分析してもよい。

3 毎年、残念ながら夏になるとプールでの溺死例が発生する。ニュースでは「監視員は3人いた」などと報道されている。溺死が起こった場所で、監視体制はどのように行われていたか、どの場所で、どの高さから、どこまで見ていたのか、溺れが発生した場所はどこだったかなど、事故が起こった現場で詳しい検証をすれば、監視の限界がわかるはずである。消費者庁でこの検証を行い、ヒトによる監視の限界を継続的に調査する必要がある。

4 今後、ヒヤリハットの事例を集めると報告されているが、実際に起こった事故の分析を優先する。例えば、日本スポーツ振興センター(JSC)の災害共済給付(5,000円以上の医療費が発生した事故)のデータを毎年提供してもらって分析する方が有用である。ヒヤリハットは主観が入り、それを集めても予防につなげることはむずかしい。

 モニターを設置することは、監視されているようだ、と抵抗感を持つ保育者が多いが、実は科学的な分析によって自分たちの業務改善につなげることができる。また、映像の分析から数十秒の浸水であることがわかれば、致死性不整脈による不可避の突然死と判断できる場合もあり、保育者を守ることにもなる。同時に、十分に状況説明のできない子どもの権利を守ることにもつながる。現在は、モニタリングのメリットを活用すべき時代であると私は考えている。

 これらの検討により、ヒトによる監視には限界があることがはっきりするのではないか。それがわかれば、ポセイドンのように、機械がプールを監視するシステムを導入すべきであるという判断も生まれてくるだろう。

有用な調査を

 今回の調査は項目が多岐にわたっており、質問は一般的なことが多く、何を調べたいのかよくわからない。調査対象の数は多いが、数の多さは必ずしも必要ではない。一言でいえば、今回の調査は散漫な調査で、事故対策としてはほとんど役に立たない。

 調査を事故の予防に役立てようとするならば、事前に調査目的を明確にして、それに合った質問項目を設定する必要があり、そのためには専門家が参加して調査項目を検討しなければならない。今回の調査では、監視のポイントに関する質問項目として、ア)監視者は監視に専念する、イ)プール全域をくまなく監視する、ウ)規則的に目線を動かしながら監視する、エ)不自然な動きをしている者だけではなく、動きの少ない者やこれまで活発に動いていたのに動かなくなった者を見つける、の4項目について、知っているかどうかの質問があるが、この質問に「知っている」と答えたとしても、それが溺れの予防につながるとは思われない。

おわりに

 監視の実態を知り、ヒトによる監視には限界があると認識する必要があるのではないか。今回の報告書に添付されているプール活動・水遊びに関するチェックリストには「一瞬たりとも子供たちから目を離さないことが大事です」と記載されている。こんな、江戸時代と同じことを指示しても効果はない。実際に、一瞬たりとも目を離さないことを、この文章を書いたあなたはできますか?これができるのは電子機器だけである。費用的にみても、監視する人件費よりモニターの方が安上がりなはずだ。

 これまでに何度も指摘しているように、「目を離すな」ではなく、少しくらい目を離しても安全な製品や環境を整備することが必要なのである。

情報提供

 Safe Kids Japanでは、日本スポーツ法支援・研究センター他と共に、「これで防げる 学校体育・スポーツ事故~繰り返されるプール事故から子どもを守る~」と題するシンポジウムを開催する。現在参加者を募集しているので、関心のある方はぜひ会場にお越しいただきたい。

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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