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「中高生の野球の事故を防ぐ」シンポジウム報告

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

初めて開催された野球事故予防シンポジウム

 現在、阪神甲子園球場では選抜高等学校野球大会が開催されており、球児たちの熱戦が続いている。「センバツ」、今年は第90回の記念大会である。

 この大会が始まる二日前の2018年3月21日、大阪の関西大学梅田キャンパスで、中学生・高校生の「野球」の事故による傷害予防を目的としたシンポジウム「これで防げる 野球練習中の事故 〜知っていますか? ケガのない野球指導〜」が開催された。日本高等学校野球連盟(以下、高野連)、スポーツ法支援・研究センター、Safe Kids Japanの共催によるもので、後援には日本スポーツ振興センター(以下、JSC)、全日本野球協会、日本中学校体育連盟(以下、中体連)、日本法学会、大阪弁護士会、毎日新聞社、朝日新聞社が名を連ねた。全国すべての都道府県から中学・高校野球の指導者ら227名が参加した。中高生の野球の事故をテーマとしたシンポジウムは、これが初めての開催である。

開会にあたり趣旨説明をする田名部 和裕高野連理事
開会にあたり趣旨説明をする田名部 和裕高野連理事

 ご存じのとおり、野球は中学・高校の部活動の中で不動の人気を誇る競技であり、中学・高校合わせて40万人もの競技人口があるという。競技人口が多いので事故発生数が多いのも当然だが、JSCのデータによると、学校管理下で、平成19年度から28年度の10年間に発生した体育活動中(体育の授業、運動部の活動、体育的行事)における事故で、障害共済給付の障害見舞金を給付した事例1,575件のうち471件が野球関連の事故であり、全体の3割近くに及んでいる。この471件の内訳をみると、眼と歯の傷害がそれぞれ4割であった。多発しているこれらの傷害を何とか予防できないか。そういう思いで、昨年8月に東京・早稲田大学で開催した「これで防げる 学校体育・スポーツ事故」の関係者が再び集結、今回のシンポジウム開催となった。

 

野球の事故を予防するために〜変えられるものは何か

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 私は、「事故を防ぐための提言」として、傷害予防の基本的な考え方を話した。アメリカでは、一般成人も含めた野球人口は2,000万人と言われており、野球関連の事故も多発している。勢いよくベースにすべり込むスライディング関連の事故も当然多発している。スライディングの事故を予防するために思いつくのは、

1)スライディングを禁止する

2)ベースを地中に埋め込む

3)スライディングの技術を向上させる

であるが、1)は非現実的であり、2)はアウト・セーフの判定が難しくなり、3)も新人が加わるので難しい。ではどうするか。アメリカでは、一定の衝撃を受けるとベースがグラウンドから離れ、競技者の身体への衝撃を軽減する分離型ベース(下記写真参照)が開発された。従来の固定型ベースと比較して有効かどうか、1250試合(固定型:625試合、分離型:625試合)の検証が行われた結果、ベースへの激突による傷害の発生件数は固定型45件、分離型2件で、分離型ベースの効果が実証された。また、傷害による医療費も約2,000億円削減することが可能と推定された。

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 このように、予防とは「変えられるもの」を見つけ(このケースでは「ベース」)、その「変えられるもの」を「変える」ことであり、さらに、その効果を検証できるものでなければならない。

 前述のとおり、中学・高校野球では眼と歯の傷害が全体の8割に及んでいる。今回のシンポジウムの前に近畿地方の中学・高校野球の指導者を対象にアンケートを行い、そのアンケートの中で、「事故発生の状況としてどのようなものが多いと感じるか?」と尋ねたところ、中学・高校ともに圧倒的に多かったのは「イレギュラーによるもの」という回答であった。イレギュラー・バウンドによる眼や歯へのボールの衝突が重大な傷害につながっていることが伺える。産業技術総合研究所の実験によると、球速103km/時のボールがバットに当たってファウルチップとなると球速は42km/時となり、そのボールは0.05秒で眼に到達することがわかった。いくら鍛えても0.05秒でボールを避けるのは不可能である。それではイレギュラー・ボールから眼や歯を守るために「変えられるもの」は何か?ひとつ考えられるのは、眼や歯を守る「フェイスガード」、「アイガード」や「マウスピース」を使用することである。今回のシンポジウムでは、企業や大学の協力を得て、会場にフェイスガードやマウスピースなどの実物を展示してもらった。全国から来られた指導者の皆さんにこれらの製品を見ていただき、実際に触れていただいたことは大変意味のあることであった。

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事故を体験した指導者の提言

 シンポジウムでは、指導者として生徒の傷害を経験した山口県早鞆高校野球部監督 大越 基氏の講演があった。大越氏は仙台育英高校時代に甲子園大会に複数回出場、プロ野球も経験された後に高校野球の指導者になられたが、平成23年10月、秋季中国大会期間中の練習中に、指導していた生徒が重大な傷害を負う事故を経験された。バッターの打ったボールが防球ネットのフレームに当たり、そのボールがピッチャーの右目に当たったのである。ピッチャーとバッターの距離を短縮することで高速ボールに対応できるようにする練習中で、ピッチャーには防球ネットから身体が出ないよう指導していたが、ボールが当たってしまった。その他いくつかの要因もあり、「安全配慮義務を怠った」という理由で訴訟事案となった。

 大越氏は講演の中で、「自分のような経験を皆さんにはして欲しくない、という思いで登壇を決意した」と話された。事故の当事者がその経験を語ることは、新たなリスクやバッシングを呼び込む場合もあり、勇気のいることである。今回さまざまな思惑を乗り越えて登壇された大越氏に敬意を表したい。

 このような事故を予防するため、フレームの外側にもネットを付けた防球ネットが考案された。打球が防球ネットのフレームに当たること、またフレームに当たった打球の行方は「変えられない」が、フレームの外側にもネットを付けることで、フレーム衝突後の打球を吸収する可能性が生まれる。今後はこのような製品の導入が望ましい。

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実施されている傷害予防策

 今回のシンポジウム前に近畿二府四県の高野連加盟校570校、および中体連加盟校1152校を対象にアンケートを実施し、高校:205件、中学:345件の回答を得た。その中で「事故の予防、あるいは事故発生時の傷害の程度を軽くするために、用具や備品について工夫していることはあるか?」と尋ねたところ、中学・高校ともに「ネットの随時補修」という回答が圧倒的に多かった。ネットの新調には多額の費用がかかるが、部分的な補修であれば数千円で済む。ネット補修用製品も今回のシンポジウム会場に展示され、実物を見ることができた。

 シンポジウムの中で、すでに実施されている予防策が紹介された。前回3月26日にこのYahoo!ニュース(個人)で触れた「3つのE」に沿って紹介してみたい。

1) Enforcement ルール・基準づくり

・打撃練習時の投手用ヘッドギア使用(高校)

・SGマーク(製品安全協会)付き金属バットの使用(高校)

・試合時における胸部保護パットの使用(リトルリーグ)

・生徒自身によるグラウンドの使用ルール制定

2) Environment 環境・製品の改良

・イレギュラー・バウンド予防のために30分に1回グラウンド整備

・防球用ダブルネット(フレームの外側にもネットあり)の使用

・ファウルカップの使用

・マウスピースの使用

・フェイスガードの使用

3) Education 教育

・後方から投げるティーバッティング

・指導者不在時にはボールなしの練習のみ

野球の未来

 最後に、スポーツ法支援・研究センター会長の望月 浩一郎弁護士から、「野球の未来は学ぶ指導者にかかっている」と題する話があった。その中に、男子高校運動部員の競技別占有率のデータがあり、そのデータによると、サッカー、バスケットボールは微増だが、柔道、ラグビーは減少傾向にある。野球は、横ばいから微減というところだ。さらに、アメリカにおけるフットボールの例も紹介された。フットボールはアメリカの国技であり、国民の注目度も極めて高いスポーツだが、そのフットボールですらジュニア選手はこの5年間で25パーセントも減少しているという。練習や試合の中で脳震盪を起こし、後遺症に苦しむ選手が多発、保護者の心配もあり、アメリカの子ども達がフットボールではなく他のスポーツを選択するようになったとのことだ。日本でもアメリカでも、競技団体や指導者が事故の予防に努めている競技は部員数を確保できるが、そうでない競技は部員を減らしていると指摘された。

おわりに

 今回のシンポジウム開催を通じ、人々の野球への愛情、情熱を強く感じた。甲子園で開催される大会は教育活動の一環であり、決してエンターテインメントではないことも実感できた。これも望月弁護士の発表にあったものだが、今回のセンバツ野球大会でベスト8に進んだ花巻東高校を率いる佐々木 洋監督は、2015年1月に行われた日経産業新聞のインタビューで、「経験論ではなく、メカニズムを重視した指導を行っている」と語っている。佐々木監督は科学的な指導で知られ、必要以上の走り込みはさせず、入学時にひじの骨端線が開いているかどうかをレントゲン写真で確認し、入学後に身長が伸びる可能性があれば負荷をかけすぎないとのこと。このような科学的な視点に基づいた指導で、菊池 雄星選手や大谷 翔平選手らを輩出してきたのであろう。

 長く日本人に愛されてきた野球が今後も発展していくために、野球指導に関わる人達にはぜひデータに基づいた科学的な指導をしていただきたい。今後は、このようなシンポジウムが県単位で開催され、傷害の継続的な検討と予防策の実践が進むことを期待したい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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