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保護者や知人に子どもが轢かれる事故について考える

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 最近も、哀しいニュースが起こり続けている。

◆2018年5月20日午前10時ごろ、群馬県沼田市の住宅の敷地内で、男児(2歳)と一緒に公園に行くため、自宅敷地内から車を出そうと母親がバックしたところ、男児の存在に気づかずに轢いてしまった。消防などが現場に駆けつけると男児は頭から血を流して倒れており、病院に搬送されたが死亡が確認された。

◆2018年6月16日午後1時20分ごろ、愛知県岡崎市桑谷町の住宅駐車場の前で「子どもを轢いてしまった」との119番が、この家の父親からあった。四男(4歳)が病院に運ばれたが、間もなく死亡した。警察によると、子どもは自宅前の路上にいて、父親が駐車場から出した乗用車に轢かれた。父親は、車で外出先から戻ってきて車内に次女の忘れ物の水筒があることに気付き、届けるために再び車で出掛けようとしていたという。

◆2018年7月13日午後7時前、滋賀県湖南市菩提寺西の市道で通行人から「事故があった」と警察に通報があった。警察によると、3歳の女の子が母親(31)の運転する車に轢かれ、女の子は頭を強く打つなどして病院で死亡が確認された。母親は現場近くの学習塾に3人の子どもを車で迎えにきていたということで、3人のうち2人が乗ったところ誤って車を発進させたとみられる。

 子どもの存在に気づかないまま車を発進させたことによる死亡事故は、過去にもたくさんある。

ペットも轢死した

 私も50年前に同じような経験をした。高校のクラブの友人の家に学生が十数人集まって、納涼会を催していた。遅れてきた学生を駅に迎えに行くため、家人が車で迎えに行き、戻ってきて家の駐車場にバックで車を入れたところ、家の飼い犬が轢かれて死んでしまった。大勢の人が家に出たり入ったりし、犬も普段と違う状況下であちこち走り回っていた。車が戻ってきたので、犬は喜んで車の周りを走っていたのであろう。その後は気まずい空気になり、楽しいはずの納涼会もすぐに終わりにして解散した。苦い夏の思い出だ。

これまでの報告

 事故の発生に関する経験則として、「ハインリッヒの法則」が知られている。1件の重症事故の背景には、29件の軽傷事故と、300件の傷害にいたらない事故(ヒヤリハット)があるとされ、この「1:29:300」に則れば、かなりの数の同様な事故が発生しているはずである。死亡した例はニュースで知ることができるが、骨折、あるいは打撲などのケガをして病院にかかった、あるいは入院した事例は数十倍はあるはずだ。

 交通事故総合分析センターが公表している資料をみると、保護者が運転する車で轢かれた事例をまとめた報告は見当たらなかったが、「駐車場等における歩行者対四輪車の事故」という報告がある(イタルダ インフォメーションNo.115)。この報告には、自宅駐車場や警備員等を配置して通行が管理されている駐車場は含まれていない。それによると、駐車場等での歩行者対四輪車の事故における歩行者の死傷者数は、1年間に6,022-6,400件(平成22-26年)となっており、そのうち6歳以下の死傷者数は296-349件(同年間)と報告されている。

 アメリカでは、毎年、バックした自動車に轢かれて死亡するのは平均232人(2008-2011年)、13,000人以上が傷害を負っているというデータがある。保護者が轢いたかどうかはわからないが、何と、週に50人の子どもが轢かれているようだ。

 これらのデータから、かなりの数の事故が発生していると思われる。

発生状況を推測すると

 Kids and Cars(アメリカの子どもの交通事故予防活動を行う団体)の調査によると、自動車から見えない領域(Blind zone)は、平均で4.6-7.6m(最短2.4m-最長15.2m)とされ、前方より後方のほうが見えない領域が広い。運転手の背が低かったり、車体が大きいと見えにくい領域が広くなる。バックして轢いてしまう事故の60%は大型車によるもので、駐車場での発生が多く、保護者や親しい人が運転手である場合が70%以上を占めている。保護者にバイバイと言われると、子どもは取り残される不安から保護者に付きまとうことになる。運転手は、子どもがうろうろしていることに気づかず轢いてしまう。バックで轢かれるリスクは5歳以下の子どもで高く、1歳代(12-23か月)で、歩き始めたり、走り始めた幼児に多く見られる。

 車を運転する人は、何か用事があって「急いでいる」場合が多い。幼児やペットは、運転席からは見えない、あるいは見えにくい。轢いた運転手は「子どもは、家の中にいると思い込んでいた」、「まさかそこにいるとは思わなかった」と話すことが多い。

このような事故が起こると

 インターネット上のコメントはいつも同じで、主に2つのパターンがある。

 「一生後悔すると思う」、「いたたまれない」、「苦しんでも苦しみきれないだろう」、「取り返しがつかないし、生き地獄だ」など同情的なコメントが相次ぐ。

 もう一つは責任を問うもので、「何故、車を動かす前に子どもをチャイルドシートに乗せないのか」、「2歳の子どもを道路上で1人にさせる?」などというものである。

 保護者は警察の取り調べを受け、過失運転致死罪で罰を受けることになる。「ちゃんと確認していたら」、「あのとき、こうしていれば」と保護者は自責の念に苛まれているはずだ。後悔しても命は返ってこないが、せめて同じ事故が二度と起こらない対策を考えたい。

駐車場での轢死の予防

 自動車を運転する人には、誰でも、いつでも、どこでも、こういう不幸な事態は起こりうる。数は少ないとしても、その衝撃はあまりに大きい。これまで見てきたように、「気をつける」だけでは予防することはむずかしい。もちろん、同情するだけでも予防にはつながらない。では、どうしたらいいのだろうか?

 具体的な予防法が上記Kids and Cars のページで適確に述べられているので、それを紹介しよう。

 最初に強く勧めているのが、自動車に後方視カメラとセンサーを設置することである。車の買い替えまで待つことなく、後付けの装置をすぐにつける必要がある。

・車を動かす前に、歩いて車の周りを一巡してチェックする。

・車を動かす前に、子どもが車から離れていて、よく見える場所にいることを確認する。

・駐車場では、つねに子どもから手を離さない。

・子どもには、駐車場に止まっている車は動くことがあり、子どもから運転手が見えていても、運転手からは見えないことがあることを教える。

・駐車場で遊んではいけないことを教える。

・大人が複数いる場合、自動車をバックするときは、自動車の外に立って子どもやペットを監視してもらう。

・急勾配の場所や、大きな多目的スポーツ車、バン、トラックなどでは車の後方が見にくい。

・おもちゃ、自転車、スポーツ器具などを家の私道部分に置かない。

・車をバックするときに歩道や歩行者がよく見えるよう、私道の周りの草木は刈り込んでおく。

・家のドアの内側には、幼児の手が届かない位置に追加の鍵をつけ、子どもが出られないようにする。

・車をバックするときは、運転席の窓は開け、「危ない」という声が聞こえるようにする。

・とくに注意が必要なのは、急いでいるとき、予定が変更になったとき、危機に陥ったとき、そして休日である。

 アメリカでは、2018年5月から、新たに販売、あるいはリースとなる自動車は、運転手が画像で後方を見ることができる装置を設置することが義務付けられたとのことである。悲惨な事故を防ぐためには、機器によってモニターすることが不可欠である。現在、各自動車会社によって安全運転サポート自動車の開発が積極的に進められているので、その一つとして、後方や前下方を監視するシステムの導入を早急に検討していただきたい。

複雑性悲嘆へのサポート

 子どもを亡くした哀しみと、自分の責任の重さに打ちひしがれている遺族に何と声をかけたらよいのかわからない。お悔やみの言葉もかけにくい。

 十数年前、関西地方のまったく面識がない女性から私のクリニックに電話がかかってきた。「私は、自宅の駐車場で子どもを轢いて亡くしてしまったのですが、同じような境遇の人はいませんか?」という電話であった。すぐに思いつく人はおらず、「お気の毒です」という以外に言葉は出なかった。その経験から、自分の管理下で子どもを亡くした保護者の方をサポートする必要性を痛感し、電話相談を設置した。この電話相談については、またの機会に紹介したい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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