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ベランダからの幼児の転落事故を予防する ~警察データの利活用を~

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
イラスト:久保田 修康

転落事故の定番ニュース

 ニュースを見ていると、2~3か月に1度は「本日○時ころ、3歳の男の子がベランダから転落し、死亡しました。〇〇市の〇階建てのマンションの〇階のベランダから・・・警察が転落の詳しいいきさつを調べています」というニュースが流れる。このようなニュースを見ても「またか」と思う人がほとんどであろう。なぜ転落したのかが報道されることはない。警察が詳しく調べているとのことであるが、どういう情報が得られたのかが報道されることもない。

東京都の検討

 東京都では、「東京都商品等安全対策協議会」が設置され、毎年、課題が設定されて検討されている。平成29年度は、「子供のベランダからの転落防止のための手すりの安全対策」について検討が行われ、私は特別委員として参加した。企業の業界団体、消費者団体、行政、研究者の方々が参加、真剣に検討され、このほど(2018年2月15日)報告書が出された。

 この報告書は138ページもあり、現時点での情報がすべて網羅されたすばらしい報告書である。145例の事故事例の検討では、2歳児が最も多く、次いで3歳、4歳となっており、入院を要する事例が7割を占めていた。ベランダの手すりの安全対策の現状、業界団体の取り組み、法令、規格・基準、海外の状況、ベランダに関するアンケート、子どもがベランダの手すりによじ登れるかどうかの実験、今後の取り組みについての提言が記載されている。

 2月15日の会議で、協議会の越山 健彦会長から東京都生活文化局消費生活部の三木 暁朗部長にこの報告書が手交された。その後の挨拶で、三木部長から「この報告書がスタートである」という指摘があった。ベランダからの転落については、これまでいろいろなところで取り組まれてきたはずだが、事故はいまだに解決していない。今回、研究者や企業、行政、消費者団体、子育て支援団体等、ほぼすべての関係者が関わって作成された報告書で、やっと全体を俯瞰することができた。確かに、ベランダからの転落予防のスタートラインに立つことができたと感じた協議会であった。

 ここからは、今回、東京都の協議会の他の委員からはほとんど注目されなかった点について、私見を述べてみたい。

警察からの相談

 事故による傷害予防に取り組んでいると、ときどき、「事故による傷害か、虐待によるものか」について警察から相談を受けることがある。その場合、警察が調べた詳細なデータを見る機会がある。

 厚さが7~8cmにも及ぶファイルには、あらゆる情報がファイルされている。事故の場合には、現場の写真、現場の見取り図、それらの計測値、医療機関の診療録のコピー、CT画像写真、解剖が行われていればその写真などがファイルされているのである。とくに、風呂場の写真やお湯の溜まった状況、ベランダに置かれた踏み台の写真などは、予防策を考える上でたいへん貴重な資料であると、これらのファイルを見る度に感じていた。

警視庁のデータ

 重症度が高い転落例については、警察が詳しい状況を調べており、そのデータの必要性を私は以前から訴えていた。今回の協議会でも「警視庁のデータを入手してほしい」と協議会の場で強く訴えた。

 2017年10月24日の第2回の会議で、委員限り、かつ協議会限り(開催後回収)の資料として警視庁のデータが机の上に置かれていた。この資料は、警視庁からの提供資料に基づき、事務局が協議会用に整理し、作成したものである。この資料について事務局からの説明はなかったが、私が覚えている項目は、「発生年」、「発生場所(転落した階)」、「子どもの性別、年齢」など、ふだんニュースで示されている情報の他、「子どもの身長(cm)」、「ベランダの手すり高さ(cm)」、「手すりの形状(含・縦格子隙間の距離)」、「ベランダの面積(平方メートル)」、「ベランダ内の設置物件等」などの記載もあった。  

 事故関連として、「格子の隙間(12cm)からすり抜けて転落」などの事故態様、「子どもの直前の行動」、「同伴者の有無」、「保護者の状況」、「施錠状況」なども記載されていた。これらを読むと、すぐに予防法を指摘することができる情報もあった。机上に置かれた資料に写真は添付されていなかったが、現場写真は必ず記録されているはずである。写真は情報量が多いので、現場写真があれば、さらによい資料となる。これらの情報を活用すれば、製品や環境の改善など、容易に予防に活かすことができるはずである。今回、本協議会事務局の調整によって、警視庁から可能な範囲での情報提供があった点は評価できる。

警察の調書や裁判の判決

 予防の可能性を検討するためには、事故死がどのような状況で発生したかの詳細な情報が不可欠である。医師法第21条は「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄の警察署に届け出なければならない」と定めており、事故による死亡例は医療機関から警察に通報する義務がある。

 警察は、現場検証や関係者から詳しい情報収集を行って調書を作成する。この情報を公開して、いろいろな人が検討すれば予防策が見つかる可能性がある。しかし、現時点では警察の調書を見ることはできない。

 刑事訴訟法第47条は「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない」と記されているが、警察は前段の文章を盾に、持っている情報を一切開示しない。警察は犯罪性の有無を判断するのが仕事であり、犯罪性がないと判断したものは公開すべきではないか。

裁判システムは、事実を明らかにする点ではよいが、個別の事例の「責任の所在とその割合」を示すシステムであり、直接予防にはつながらない。また、結論が出るまでに長期間を要する。例え判決文で予防法が示されたとしても、その効力や周知徹底させるシステムはなく、予防法が実施されているかを数年後に検証するシステムもない。また、救急現場に駆けつけた救急隊員が現場の写真を撮る場合もあるが、これらの情報も外部には提供されない。

国民のデータ

 警察情報の公開の必要性を訴えるため、10年以上前に「同じ事故が繰り返されるのを防ぐために、犯罪性が無い情報は公開してほしい」と警察庁にお願いに行ったことがあるが、門前払いであった。2009年9月に消費者庁ができたので、国民の安全を確保するには警察のデータが必要であることを話し、消費者庁から警察庁長官に対して「犯罪性がないデータは、消費者庁に提供するよう要請してほしい」と2代の消費者庁長官にお願いしたが、まったく動きはない。

Safe Kids Japan(SKJ)の取り組み

 SKJでは、後を絶たない幼児のベランダからの転落事故を予防するため、2016年12月から独自に「ベランダ1000プロジェクト」を開始した。各家庭のベランダの構造や、ベランダの使われ方の実態を知るため、自宅のベランダの計測値や写真をSKJに送ってもらい、どのような危険があるのかを調査した。1,000か所のベランダのデータを収集したいと考えていたが、これまでにSKJのサイトに投稿されたものは約150件であった。このほど報告書が完成したので、ぜひ参照していただきたい。

 実際の計測値や写真を見ると、それまでの報道ではわからなかった各家庭のベランダの状況がよくわかり、このような実態調査はたいへん有用であることがわかった。この活動は、東京都で検討されたこととは異なったアプローチであるが、新しい傷害予防の取り組みとして評価できるものと考えている。

おわりに

 今回、東京都の協議会に警視庁のデータが提供されたことは画期的なことである。今の時点では、すべての情報を公開することはできないと思うが、警察の情報を消費者庁や東京都の事故予防を検討する部署に提供し、個人情報として識別できないように加工して公開し、予防に結びつける必要がある。

 小さな進展であった警察情報の提供、この動きを加速させなければならない。現時点では、警察は「どういう情報なら出せるのか」、「出せない情報とはどのようなものか」をはっきりさせる必要がある。そして、予防につながるデータが出せない法体系となっているのなら、その法体系を改正すべきである。最終的には、犯罪性がないと判断されたものは、オープン・データとして公開すべきであると私は考えている。企業がこの情報を見ることができれば、製品や環境の改善に活かせるはずである。

 現在、警察が調べた現場検証の貴重なデータは各警察署の棚に死蔵されているか、あるいは、すでに破棄されてしまっている。このデータは警察のデータではなく、本来は国民のデータである。さらに、救急隊、医療機関、警察などで個別に集められている事故情報を連結する必要もある。

 重症事故や事故死が発生すれば、必ず「二度と同じ事故を起こしてはならない」と言われるが、それは口先だけで、現実には同じ事故が起こり続けている。その理由は、事故が発生したときの状況がまったくわからないからである。子どもが死亡した場合には、死亡原因を究明して、多職種で予防につながる対策を考えるChild Death Review:子どもの死亡事例全数検証制度(※下記リンク参照)を早急に法制化する必要があるのは、そのためなのである。

※参照

朝日新聞「小さないのち 守る制度を 

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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