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消費者事故調の報告~三つの「びっくり」

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2017年11月20日の昼頃、私が理事長を務めるNPO法人 Safe Kids Japanに問い合わせがあった。「本日午後3時半過ぎに、消費者安全調査委員会(消費者事故調)が発表する『玩具による乳幼児の気道閉塞事故』の報告書についてコメントが欲しい」と新聞社から依頼があった。「明日の朝刊に載せたいので、夕方5時までにコメントを」とのこと。午後3時半過ぎになってもネット上に報告はアップされず、午後5時過ぎにアップされた。

一つ目のびっくり

 アップされた報告書を見てびっくりした。概要だけで17ページ、報告書は143ページもある。それをすべて読んで、すぐにコメントすることはできない。診療が終わって概要を読み、コメントを書き始めた午後7時半過ぎに「コメントはまだですか?」と催促の電話があった。概要を読んでみたが、何が要点なのかよくわからない。今回の報告がどう役に立つのかもわからない。概要とはA4一枚にまとめられたもののことをいうはずだ。今回の報告書の問題点の一つは、総花的な構成となっていて、どこがポイントなのかよくわからない点である。

二つ目のびっくり

 当日のネットニュースでは「乳幼児の玩具飲み込みで報告書」として取り上げられていたが、調査が行われたことが十数行述べられているだけであった。消費者事故調の委員長が「子どもが口に入れそうな物は全て窒息の危険性があると考えて」、「玩具は対象年齢を守り、対象より年少の子供の手に届かないようにしてほしい」と呼び掛けている、と書かれていたが、このような指摘は何十年も前から言われていることで、こう指摘しても誤嚥や窒息を予防することはできない。この報告の準備をした担当者は、調査のどこが新しい点で、どこが報告の肝なのかがわかっていなかったようだ。

三つ目のびっくり

 今回の調査の意義、得られた結果の有用性についてはニュースでまったく取り上げられていない。その原因は、どこに注目したらいいかが概要や報告書に示されていないからである。

 そこで、私の観点から、今回の報告書の要点と意義について述べてみたい。ちなみに、今回の調査では、アンケートによる誤嚥や誤飲の実態調査が行われたが、誤嚥を起こしやすい年齢層、誤嚥しやすいモノ、その大きさ、形状などのデータは、これまでに報告されていることとまったく同じ結果であった。誤嚥した情報が、製品を作った企業にはまったく伝わっていない点も以前と同じである。すなわち、このアンケート調査は行う必要はなかったのではないかと私は考えている。窒息したときの対応についても述べられているが、それらはいろいろなところで紹介されており、この報告書に入れる必要があるとは思われない。

1.気道閉塞のメカニズムの究明

 嚥下のメカニズムや、咽頭・喉頭が閉塞するメカニズムについての検討は、これまでほとんど行われてこなかった。その理由は、人体で実験することが不可能であり、のどの奥のモデルを作ることも難しかったからである。ヒトののどの奥の構造は複雑で、立体構造を理解することはたいへん難しい。その部位にモノが詰まった状況を理解することはさらに難しい。

 今回、道脇 幸博先生(武蔵野赤十字病院)らによって、乳児のCT画像や嚥下造影画像から、のどの構造や、実際に嚥下する情報をもとにシミュレーションのシステムの開発が行われた。乳児の嚥下のシミュレーションの作成は世界で初めてである。このようなシステムが出来上がったことは、たいへん大きな進歩である。

 シミュレーションには、生体の数理モデルと、玩具や食品など製品の数理モデルが必要となる。前者では、窒息例のCT画像やMRI画像、健常な人のCT画像や嚥下造影画像が必要で、後者の数理モデル制作には、1.それぞれの玩具・食品の実物、2.各実物のCT撮影像、3.各実物のヤング率の測定を行い、それらによって4.各実物の数理モデルを作成し、最後に生体の数理モデルと4.をコンピュータ上でシミュレーションすることになる。

 報告書では、モデルとして48件のモノによる気道閉塞シミュレーション、ならびに3種の形状についての気流シミュレーションが検討された。今回の報告書では、玩具の解析ツールの一つとしてシミュレーションが紹介されているだけで、今後、非常に有用なツールとなるものとは理解されていない。

※参照 株式会社 明治 http://www.meiji.co.jp/corporate/pressrelease/2017/detail/20171121_01.html

2.誤嚥や窒息の予防システムの構築

 何のためにこのような検討をしたのか?その答えは明快である。誤嚥して窒息する事故を防ぐためである。そのためにはどうしたらよいのか?今後の流れを示してみよう。

◆誤嚥、窒息の事例の収集

 誤嚥による窒息例は、あちこちで発生している。重症度が高い事例が集まる医療機関で誤嚥、窒息の事例を収集する。その場合、患者の月齢・年齢、身長、誤嚥したモノの製品名、製品の写真、大きさなどの計測値を収集する。できれば、誤飲した実物も収集する。のどのどの部位に、どのような状態(例えば、先が細くなっている方がのどの奥に向いていた、など)で詰まっていたのかなどの詳しい情報を医療機関から集める。

◆3Dスキャナによる計測

 誤嚥したモノを3Dスキャナで計測して、そのデータを蓄積する。

◆シミュレーションによる解析

 上記3Dスキャナのデータをコンピュータに入れ、医療機関から得られた情報をもとに、誤嚥して窒息が起こった状況をコンピュータ上で再現する。

◆予防法の検討

 誤嚥して窒息した状況が推定できれば、その予防法についてコンピュータ上で検討することができる。製品の形、大きさ、硬さなどを変え、穴を開ける場合の位置など、いろいろ検討する。

◆予防法の提示

 それらの結果から、予防可能性が高い対策を具体的に提示する。

 窒息を起こした製品や食品について、このステップを繰り返していけば、窒息のシミュレーションの精度が上がり、窒息の予防について具体的に取り組むことができるようになる。子どもだけでなく、高齢者の誤嚥や窒息に対しても同じアプローチで取り組むことができる。

 子育てをしている保護者や養育者、保育や教育現場の指導者、そして製品を製造・販売する事業者等「子どもに関わる人」は、今回、消費者庁から発表された動画を見て、誤嚥や窒息のメカニズムを知っていただきたい。

 また、保護者は、子どもが誤嚥しそうになった、あるいは誤嚥した場合には、「自分が見ていなかったから」と自分の責任にせず、「他の子どもにも同じ誤嚥が起こるかもしれない」と考えて、消費者庁や企業に情報提供する必要がある。Safe Kids Japanのウェブサイトにも「聞かせてください」というコーナーを設けているので、ぜひ体験を知らせていただきたい。

 今回は、玩具によって起こってしまった窒息について検討されたが、ゆくゆくは製品が市場に出る前にシミュレーションによる検討が行われることが望ましい。

 これまで、3歳児の口の大きさの目安となる「誤飲チェッカー」を示して、誤嚥や誤飲しやすいモノの大きさを示すだけで、まったく手も足も出なかった「窒息の予防」の突破口が、今回、気道閉塞シミュレーションの開発によって開かれた。ここに、「びっくり」してほしいと私は考えている。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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