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オリンピックはスポーツ参加を増やすのか?

山口有次桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授
東京オリンピックは日本選手のメダルラッシュに沸いてる(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

オリンピックの感動が子どものスポーツ参加を促す

 コロナ禍で開催が1年延期された東京オリンピックは、日本人選手のメダルラッシュに沸き、熱戦が続いている。地方会場を除くほとんどの会場が無観客となり、テレビやネットでの観戦を余儀なくされても、国を代表して戦う競技から得られる感動は、やはり他のスポーツ大会より格段に大きい。

 オリンピックのような世界的スポーツ大会が開催されると、盛り上がったスポーツ種目に関して、子どもたちの習い事・スクール・チームの新規参加者が増えたというニュースが必ず出る。確かに、選手の活躍をみて感動した子どもたちが、そのスポーツを始め、メダリストを目指すことにつながり、将来的に活躍する有望選手が生まれる可能性が高まることは間違いない。既にそのスポーツに取り組んでいる子どもたちにとってもよい刺激となり、継続して頑張ろう、あるいは、もっと熱心に取り組もうというモチベーション向上につながる。そのため、より大きな波及効果を期待するならば、子どもたちがオリンピックをどのように観戦したか、あるいは、どのように関わったのかが重要となる。コロナ禍がなければ、家族や仲間、または、チームや学校単位で観戦する機会が得られ、多くの子どもたちが競技を体感できただろう。地域や場所、競技によっては、オリンピック選手と交流することもできたに違いない。新型コロナウイルス感染拡大が続くなか、それは難しいとはいえ、単にテレビやネットで観戦するだけは、本来得られた可能性のある波及効果は十分に発揮できないのではないか。

オリンピックは大人のスポーツ参加を促すか?

 オリンピックの観戦は、子どもだけでなく、大人にも感動を与え、スポーツに対する関心を高める。大人の場合は、年齢を重ねるほど新規参入意欲は低下する傾向が見られるため、スポーツ活動の新規参入を大きく増やすことはハードルが高い。しかし、かつてやっていたが一時やめてしまったスポーツを再びやろうという、活動再開の意欲を高める効果もある。また、そのスポーツに継続して取り組もう、または、そのスポーツにもっと盛んに取り組もうという、スポーツ活動の継続・拡大意欲向上の効果も働く(図表1)。

図表1 オリンピック開催による大人のスポーツ参加に与える影響の区分

出所:筆者作成
出所:筆者作成

オリンピック等の世界的スポーツイベント開催によるスポーツ参加率の変化

 では、これまで開催されたオリンピックなどの世界的スポーツイベントが、スポーツ活動参加をどれくらい増やしてきたのか。『レジャー白書』(日本生産性本部)によるスポーツ活動の参加率(15〜79歳対象、ある活動を1年間に1回以上行った人の割合%)をみてみよう(図表2〜7)。全体的には、夏季オリンピックによるジョギング・マラソン、水泳、卓球、バドミントン、テニス、バレーボール、バスケットボール、野球、ソフトボール、柔道などの武道についても、冬季オリンピックによるスキー、スノーボード、アイススケートについても、そして、FIFAワールドカップによるサッカーについても、開催年の参加率は顕著に増加しているとはいえない。

 しかし、本国開催であった長野オリンピックの1998年は、スキー、スノーボード、アイススケートの参加率が増えている。また、日韓同時開催のFIFAワールドカップ(2002年)については、サッカー参加率が前年に大きく増えている(ちなみに、Jリーグ開幕(1993年)の与えた影響が大きいことがわかる)。本国開催のインパクトは大きいが、他にも大きく伸びている年はあり、それと比べて有意な差があるとはいえない。

 オリンピックなどの世界的スポーツイベントは、エンターテインメントとしての役割を十分に発揮しても、「する」スポーツの参加促進効果は参加率データには表れてはいない。

図表2 夏季オリンピックとスポーツ参加率

出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、赤線の年が夏季オリンピック開催年
出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、赤線の年が夏季オリンピック開催年

図表3 夏季オリンピックと参加率の増減

出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、公式競技でない場合はオレンジ色表示をしていない
出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、公式競技でない場合はオレンジ色表示をしていない

図表4 冬季オリンピックと参加率

出所:『レジャー白書』データをもとに筆者作成、赤線の年が冬季オリンピック開催年
出所:『レジャー白書』データをもとに筆者作成、赤線の年が冬季オリンピック開催年

図表5 冬季オリンピックと参加率の増減

出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、前年からの増加ポイント0.5以上を青色表示
出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、前年からの増加ポイント0.5以上を青色表示

図表6 FIFAワールドカップとサッカー参加率

出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、赤線の年がワールドカップ開催年
出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、赤線の年がワールドカップ開催年

図表7 FIFAワールドカップとサッカー参加率の増減

出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、前年からの増加ポイント0.5以上を青色表示
出所:『レジャー白書』(日本生産性本部)データをもとに筆者作成、前年からの増加ポイント0.5以上を青色表示

エンターテインメントとしてのスポーツ活動の複合・高機能化

 とはいえ、優良なエンターテインメントとして、オリンピック開催によりスポーツへの関心が高まり、活動が少しでも活性化すれば、スポーツ用具、スポーツウエア、スポーツシューズ、スポーツバッグの販売につながり、有料スポーツ施設の利用とともに、施設使用料、スクール受講料が増え、関連グッズや飲食の販売も促進される(図表8)。スポーツ観戦施設においても、観戦チケット販売だけでなく、関連グッズや飲食の販売に寄与する。スポーツ活動の活性化は、用品やサービスなど、さまざまな関連分野と関わりがある。コロナ禍で感染対策を気にせず自由にスポーツを楽しめる状況にあるとはいえないが、スポーツ産業全体に与える波及効果は決して小さくない。そして、すべての活動に共通するのが、コロナ禍で控えるよう促されている「交流」の機能である。

 そのため、オリンピックのような世界的スポーツイベントの観戦は、テレビやネットによる画面上での観戦だけでなく、さまざまな「もの」や「飲食」「施設利用」「スクール」、そして「交流」機能などと関連性を高め、複合・高機能化しながら発展していくことが期待される。アフターコロナのスポーツイベントには、そうした変革を期待する。

図表8 スポーツ活動活性化の主要な関わり

出所:筆者作成
出所:筆者作成

桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授

早稲田大学大学院博士課程修了。博士(工学)。2006年より桜美林大学ビジネスマネジメント学群助教授、准教授を経て、2009年より現職。専門分野は、レジャー産業、レジャー施設、レジャー活動。1990年から『レジャー白書』の執筆に携わる。近年はアジア諸国のレジャー活動状況調査を実施し発表。単著『新 ディズニーランドの空間科学 夢と魔法の王国のつくり方』『観光・レジャー施設の集客戦略 利用者行動からみた“人を呼ぶ魅力的な空間づくり”』、共著『「おもてなし」を考える 余暇学と観光学による多面的検討』『観光経営学』『観光学全集 観光行動論』等。レジャー施設に関する論文多数。

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