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「就活ルール」こうすれば?

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

日本経団連がいわゆる「就活ルール」を廃止するという件。

“就活ルール”廃止決定 経団連

NHK NEWSWEB 2018年10月9日

就職活動のルール、いわゆる「就活ルール」をめぐって、経団連の中西会長は9日の記者会見で、「採用活動に関する指針を経団連としては策定しない」と述べ、企業の採用活動の解禁時期などを定めた指針を2021年春の入社分から策定しないことを正式に表明しました。

あれこれ変えたあげく、守られないルールなどやめた方がよい、ということだろうか。経団連的には守らない外資系企業などにしてやられてがまんならんといったこともあろう。

この件については前に書いたことがある。そこで提案した方式は今でも悪くないと思っているので、再構成、ちょい加筆してごく手短に再掲してみる。

本来、企業が採用活動をいつ行おうが大学には関係ない話であるはずだが、実際はそうはいかない。就職活動の開始時期についての、大学側からみた問題は、端的にいえば、学生たちが就職活動に時間をとられて大学での勉学がおろそかになる、ということだ。

どうなる就活? 新ルール政府主導、学生の評価割れる

朝日新聞2018年10月10日

現在の指針では、企業説明会などの広報活動は大学3年の3月、面接などの選考は大学4年の6月に解禁されてきた。実態は企業の「解禁破り」が続き、就活は早期化・長期化されてきたが、大学側には、指針すらなくなるとさらに前倒しが進むと懸念する。

就職活動のために授業を休む学生が続出するという問題は、今も顕著にみられる。説明会や面接などは多くの場合平日の昼間に設定されているから、休み期間でなければ授業とぶつかって出席できないことがあるのはむしろ自然だが、問題はそれが長期間、かなりの回数にわたることだ。それ以外にも適性試験やエントリーシート作成など、自宅で行わなければならない作業も山ほどある。それを応募する会社すべてに対して行うわけだが、当然ながら1社や2社ではない。就職情報などを提供するディスコの調査によれば、2018年3月1日時点での学生1人あたりのエントリー社数は平均26.3社、今後のエントリー予定社数の平均は16.4社だそうで、合計すると40社を超える。会社ごとに書式も書く内容もちがうから、使いまわすわけにもいかない。中には手書きを要求する会社もある。

これでは勉学に割く時間が奪われるのは当たり前だ。こうなってしまう背景には、多くの企業が新卒一括採用を行っているという事情がある。それは採用・研修などのコストや人事運営上の都合という企業側の事情だ。だから企業側に対して配慮してくれと言っているわけだ。

しかしこれには企業側からの反論がある。

・学生の成績は大学がつけるのだから、悪ければ落とせばいいだけではないか。

・大学で勉強していようがいまいが、企業での仕事の能力には関係ない。

これは大学にとって痛いところだ。確かに本来、就職活動をしていようがいまいが、できが悪い学生は落とせばいいだけの話だ。また、企業で働く際の能力は企業側が見ているのだから、大学の成績がどうかは必ずしも関係ない。とはいえ、現実には卒業生の就職先は大学を評価する上で重要なファクターになっており、一部の例外を除いて、大学当局は卒業生の就職先を大きな関心事とせざるを得ない。端的にいえば、単位が足りない、成績が悪いなどの事情がありながら、就職が決まっている学生に対する態度がどうしても甘くなりがちになってしまうわけだ(自分はやらないがそういう話はよく聞く)。

これは大学側の事情なのだから、その責任を企業に押し付けられても困る、というのは、確かにスジが通った話ではある。とはいえ、一方で経団連側は、大学における教育の質の向上を求めてもいるのだ。「教育の成果・効果を測る指標の開発が急務」とか書いているわけだが、学生の授業出席率を指標にしてみたらどうなるだろうか。今のやり方はまわりまわって、企業自身にとって損になっているのではないか。

今後のわが国の大学改革のあり方に関する提言

一般社団法人 日本経済団体連合会 2018年6月19日

歩み寄りが必要だ、というのはお互いに認めるところだろう。

仮に、就活解禁時期については大学が譲って、別に遅らせなくてもいい、早くてもかまわない、ということにしたとしよう。どうせ経団連の方針には従わないだろう外資系企業との人材獲得競争の観点からも、その方が助かるはずだ。なんなら、1年生のうちに始めてもらってもよい。それを前提として、企業の側でも、少し譲ってはもらえないものだろうか。

端的にいえば、卒業を採用の条件とすることを禁止してはどうか、ということだ。具体的な案としては、たとえばこんなものはどうか。

・就職内定者は予定された時期に卒業できなくても卒業まで待つ

無期限にというのはさすがに大変だろうが、たとえば1年以内、というのでもいい。新人研修のタイミングなどもあろうから、ちょうど1年ずらすのが適切かもしれない。内定を出すにあたっては、慎重な選考を行って、能力や適性を見極めたのであろう。であれば、卒業が少々遅れるからといって、採用をとりやめてしまってはもったいないではないか。入社の延期を認めれば、当然ながら年間の採用計画に穴があくわけだが、毎年同じような学生が同じぐらいの割合で発生すれば、人数的にさして実害はなかろう。そもそも内定を蹴る学生は毎年いるはずだから、対応できないとは考えにくい。

大学としても、これなら成績や卒業に対する無用なプレッシャーが減る。内定先企業に待ってもらっている状態となれば、学生も真剣に勉強せざるを得ないだろう。結果として企業側も、真剣に勉強したより質の高い学生を採用することができる。

逆に、もし採用時期を優先するのであれば、

・就職内定者は予定された時期に卒業できなくても採用する

というのでもいい。仕事と学業を両立できなければ、大学は中退して入社となろうが、それで企業側が困ることはなかろう。どうせ大学教育にはさして期待していないのだろうし、というとやや皮肉っぽいが、実際のところそれに近い考え方なのではないかと想像する。外交官などでは大学在学中に外交官試験に受かって中退するのが最高のエリートであると聞いたことがあるが、それとは違うにしても、そもそも自分たちで能力を見極めて内定なり内々定なりを出したのだから、中退なら採用しないとする理由は企業にとってあまりないのではないだろうか。

もちろん、大学の側で、入社後、不足する単位を通信教育などでとれば学位を与える、といった柔軟な対応を、必要なら制度改訂も含めて考えてもいいと思う。今はあまり聞かないが、かつては就職後に学校に通わせてもらったというような話がよくあったと記憶している。もちろん必要がなければ中退のままでもいいわけだが、近年は転職もふつうのことになってきたから、転職活動をする場合を考えて、やはり大卒の資格をとっておきたいと考える人もいるだろう。

もちろん企業側が自主的にこうした対応をとってくれればいいが、そうでなくても、これなら制度である程度担保できるのではなかろうか。採用内定は、企業と内定者の間の始期付・解約権留保付労働契約の成立とみなすようだが、いわゆる内々定も含めて、このとき、予定時期に卒業できなかったことを理由とする会社側からの解約を禁止するとか、内定者に一定の延期権を与えるとか、素人考えだがそういう立法は労働法的にありうるのではないか。就職活動や採用活動は法で縛るべきものではあまりないだろうが、労働契約にルールがあるのは当然のことだ。実際にどのくらいのことが可能なのかは素人なのでよくわからないが、大企業の多くをカバーするとはいえ数からいえば産業界の一部を代表するにすぎない日本経団連との「口約束」よりは、はるかに強力で実効性のある手段がとれるのではないかと思う。

どうもこの問題、互いに互いの立場からの建前を主張するばかりで、実のある議論があまり見られないのが気になる。このへんで歩み寄って、うまく折り合える着地点を見つける努力が必要ではないだろうか。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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