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問題は就活解禁日ではない

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

大学生の就職活動解禁日を4年生の4月からにするという報道があった。これまで3年生の12月だったので、実現すれば4か月繰り下げることとなる。

就活「4年生から」現実味 経団連が容認姿勢」(日本経済新聞2013年4月8日)

大学生の就職活動の解禁時期を大学3年生の12月から、大学4年生の4月に繰り下げる動きが現実味を帯びてきた。経団連の米倉弘昌会長は8日の記者会見で、政府から正式な要請があれば繰り下げを容認する考えを示した。

経団連会員企業の「採用選考に関する企業の倫理憲章」を改訂するのだそうだ。大学側の要請に対しこれまで対応を渋ってきた企業側が踏み切ったという意味で一歩前進、ということなのだろうか。

・・・とはどうも思えない。とはいえ、文句ばかりいうのも何なので、個人的な意見として「対案」めいたものをちょっとだけ書いてみる。

1952年に始まった就職協定は、形骸化したといわれ続けながらもけっこう長く存続した。廃止されるに至ったのはバブル崩壊後の1997年だった。形骸化もさることながら、景気がはっきりと悪くなって、採用における競争が厳しくなくなったことを反映したのかもしれない。その後企業側は「倫理憲章」を、大学側は「申合せ」を相互に尊重して、自己責任の下に実施する方式に移行した。

上記の倫理憲章には、「面接等実質的な選考活動については、卒業・修了学年の4月1日以降に開始」、説明会などの広報活動は3年生の12月以降、と書いてある。「正式な内定日は、卒業・修了学年の10月1日以降」だから、それ以前は内々定というわけだ。全体的にプロセスを4ヶ月ずらすのであれば、選考開始、すなわち内々定が出始める時期は8月1日ということになる。

私が民間企業に就職したときは、まだ就職協定が生きていた。当時はOBリクルーター制度があって、出身大学のOBにまず会って、人事はそれから、という流れだった。内々定をもらったのは、8月の上旬だったように記憶している。記憶が正しければ、当時「内々定」はあまり公にはできない性質のものだったと思う。「内々定」自体、就職協定をかいくぐる方便だったのだろう。タイミング的にはそのころに戻るということになるのだろうか。あの時期はスーツだとかなり暑かった記憶があるので、その点気の毒ではある。

で、これでいいのかというと、どうもそうは思えない。そもそもあの報道自体、本来の経団連会長のコメントとは違う、と常見陽平さんがつっこんでいる。実際のところ米倉会長が何と言ったかはわからないが、少なくとも経団連としてあまり前向きな態度ではなさそうだ。要は、メディア側の一種の誘導なのかもしれない。

常見さんも書いておられるが、それ以前に、4月以降にすればいいという話でもない。そもそもかつてあった就職協定が「崩壊」した経緯を考えれば、今回仮に新ルールが導入されたとしても、守られる保証はまったくない。そもそも外資系は最初から参加などしないだろう。実効性のあるものになるという期待は正直持てない。というか、ひょっとしたら、経団連側もその程度でいいと思っているのかもしれない。

大学の側からしても、はっきり言って、3年の12月でも4年の4月でもたいして変わりはない。1月から3月は、試験やレポートなどがあるにはあるが、2月以降は基本的に春休みなのだ。むしろ、3年の2月から3月あたりの間ですませてもらう方がよほどありがたい。というか、本来なら、就職活動は卒業後、あるいは卒業決定後にすべきではないかと個人的には思う。前に、東大の秋入学構想が出たときにそんな文章を書いた記憶がある。逆に、大学入学前に採用してしまえばいいという暴論を書いたこともある。

とはいえ、常見さんによれば、時期を決めるのは無意味、ということらしい。まあ確かにそうだろう。強制力はないのだし。冬休みと春休み、夏休みの期間だけでやってくれ、という案も一瞬考えたが、同じ理由でうまくいかないような気がする。

じゃあ方法はないのか。

就職活動の開始時期についての、大学側からみた問題は、端的にいえば、就職活動のために大学での勉学がおろそかになる、ということだ。基本的には、説明会やら適性試験やら面接やらのために授業を休む学生が続出してしまうという問題。当然、試験やレポートなどのできが悪くなる。だから、企業側に対して配慮してくれと言っているわけだ。

しかしこれには企業側からの反論がある。

・学生の成績は大学がつけるのだから、悪ければ落とせばいいだけではないか。

・大学で勉強していようがいまいが、企業での仕事の能力には関係ない。

これは大学にとって痛いところだ。確かに本来、大学教育における成績と企業で働く際の能力は必ずしも連動してはいないだろう。できが悪い学生は落とせばいい。とはいえ、現実には卒業生の就職先は大学を評価する上で重要なファクターになっており、一部の例外を除いて、大学当局は学生の就職先を大きな関心事とせざるを得ない。端的にいえば、単位が足りない、成績が悪いなどの事情がありながら、就職が決まっている学生に対する態度がどうしても甘くなってしまうわけだ。

この問題は、就活の解禁時期を12月から4月にしても変わらない。3年生までに卒業に必要な単位を全て取り終わってしまう(私はそうだった)学生でもなければ、4年生における学業、典型的には卒業研究のようなものが、就職活動のために犠牲となり、大学側は妥協を迫られる。

そこでだが。

仮に、就活解禁時期については大学が譲って、別に遅らせなくてもいい、早くてもかまわない、ということにしたとしよう。どうせ経団連の方針には従わないだろう外資系企業との人材獲得競争の観点からも、その方が助かるはずだ。それを前提として、企業の側でも、少し譲ってはもらえないものだろうか。つまりこうだ。

・就職内定者は予定された時期に卒業できなくても卒業まで待つ

無期限にというのはさすがに大変だろうが、たとえば1年以内、というのでもいい。新人研修のタイミングなどもあろうから、ちょうど1年ずらすのが適切かもしれない。内定を出すにあたっては、慎重な選考を行って、能力や適性を見極めたのであろう。であれば、卒業が少々遅れからといって、採用をとりやめてしまってはもったいないではないか。入社の延期を認めれば、当然ながら年間の採用計画に穴があくわけだが、毎年同じような学生が同じぐらいの割合で発生すれば、人数的にさして実害はなかろう。そもそも内定を蹴る学生は毎年いるはずだから、対応できないとは考えにくい。

大学としても、これなら成績や卒業に対する無用なプレッシャーが減る。内定先企業に待ってもらっている状態となれば、学生も真剣に勉強せざるを得ないだろう。

逆に、もし採用時期を優先するのであれば、

・就職内定者は予定された時期に卒業できなくても採用する

というのでもいい。仕事と学業を両立できなければ、大学は中退して入社となろうが、それで企業側が困ることはなかろう。どうせ大学教育にはさして期待していないのだろうし、というとやや皮肉っぽいが、実際のところそれに近い考え方なのではないかと想像する。外交官などでは大学在学中に外交官試験に受かって中退するのが最高のエリートであると聞いたことがあるが、それとは違うにしても、中退なら採用しないとする理由は企業にとってあまりないのではないだろうか。

もちろん、大学の側で、入社後、不足する単位を通信教育などでとれば学位を与える、といった柔軟な対応を、必要なら制度改訂も含めて考えてもいいと思う。もちろん必要がなければ中退のままでもいいわけだが、近年は転職もふつうのことになってきたから、転職活動をする場合を考えて、やはり学位をとっておきたいと考える人もいるだろう。

もちろん企業側が自主的にこうした対応をとってくれればいいが、そうでなくても、これなら制度である程度担保できるのではなかろうか、と考えた。採用内定は、企業と内定者の間の始期付・解約権留保付労働契約の成立とみなすようだが、このとき、予定時期に卒業できなかったことを理由とする会社側からの解約を禁止するとか、内定者に一定の延期権を与えるとか、素人考えだがそういう立法はありうるのではないか。就職活動や採用活動は法で縛るべきものではあまりないだろうが、労働契約にルールがあるのは当然のことだ。実際にどのくらいのことが可能なのかは素人なのでよくわからないが、大企業の多くをカバーするとはいえ数からいえば産業界の一部を代表するにすぎない日本経団連との「口約束」よりは、はるかに強力で実効性のある手段がとれるのではないかと思う。

どうもこの問題、互いに互いの立場からの建前を主張するばかりで、実のある議論があまり見られないのが気になる。このへんで歩み寄って、うまく折り合える着地点を見つける努力が必要ではないだろうか。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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