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『平和をまとった紳士たち』(2)サプールを撮り続ける写真家の想い

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
(写真:茶野邦雄)

大丸松坂屋百貨店で開催中の写真展『平和をまとった紳士たち』。平均月収3万円といわれるコンゴ共和国で、生活を切りつめて手に入れた月給の数ヶ月分にもなる高級ブランドスーツに身を包んで街を練り歩き、帽子・ステッキ・パイプなどの小道具を使って優雅にポーズを決める紳士「サプール」がモチーフだ。今回は彼らを追い続け、自らもサプールと認められるに至った写真家“SAP CHANO”こと茶野邦雄氏にお話を伺った。

●SAP CHANOインタビュー「サプールへの想い」

(写真:茶野邦雄)
(写真:茶野邦雄)

「写真家は習性として、新しい、知らないモノやコトには貪欲に反応する」という茶野氏。世界中に数多ある「知らないコト」の中で、いったいなぜサプールを撮り続けるのか? 茶野氏は「真面目で真摯な平和思想とファッション優先の普通ではない金銭感覚が、自分のマインドと合致していたんだと思います。 優先順位が普通ではない。私自身の生活も似たようなもので相通ずるところがあったんでしょうね」と分析する。

写真を読むというのはなかなか難しい作業である。見るものによって感受性も解釈も異なる。そこで茶野氏は写真に込めたメッセージをしっかりと伝えるために、被写体となったサプールたちのコメントをキャプションとして提示しているという。

(写真:茶野邦雄)
(写真:茶野邦雄)

「すごくシンプルなメッセージや生き様を、複雑で何が正解なのかわからない現代社会のひとつの答えとして捉えていただき、こんな生き方もあるんだということを知ってもらえればいいと考えています。実践するかは別問題ですが。 写真のようなファッションを真似してみてください。 ファッションに入れ込むと、ファッションが持つ底力、エネルギーに気付きます。 これは自分でも知らなかった発見です。 彼らと同じようなファッションをしてみてそのエネルギーを是非体感してほしいですね。 派手な衣装は人に見られてると意識するので善人になりますよ」。

伝えたいメッセージの核は、ファッションの持つエネルギーだ。カラフルで自由なファッションをポジティブに使いこなすサプールに学ぶことで、人生の軌道が変わるかもしれない。

●思想としてのサプール

(写真:茶野邦雄)
(写真:茶野邦雄)

世界的に注目を集めるサプールは、すでにひとつの職業として成立しはじめているという。そんな中、サプールのフリをする偽物も登場しているという。しかし、問題ないと茶野氏は言う。

「いいカッコして街中を闊歩するだけで、取材費をもらえるわけですからオイシイ仕事です。 そうするとビジネス裸族がいるように、にわかサプールが出てくるわけです。 一張羅いのスーツを着ただけのステップも踏めない、思想もなにもないサプールもどきです。 でも撮影すると一瞬でバレるので面白いです」。

非戦・非暴力を思想の核に持つサプールは、確固たるポリシーを持ってお洒落をしている。ちゃんとした格好をしたら、思想も言動も立ち居振る舞いもちゃんとせざるを得なくなる。注目されることには責任も伴う。子供達も羨望のまなざしを向けているのだ。今回、アンバサダーに就任したドン小西氏は「ファッションは楽をしようとしたら終わりだ」と喝破する。楽な服装では、中身もゆるくなるという訳だ。「格好つける」ということを斜めに見る意見も多いが、今一度考え直してみる必要があるかもしれない。ファッションこそ、理性や人間らしさの表象ではないか。少なくともそのメッセージは、視覚的にダイレクトに伝わる。人間性や思想に触れる前に、まず見た目から伝わってしまうことは現実である。

●色彩に込めた自由と規範

(写真:茶野邦雄)
(写真:茶野邦雄)

今回イベントを主催する大丸のシンボルが孔雀であることも象徴的である。サプールのファッションは何よりも「色」を大事にする。彼らにとってカラフルであることは自由と生の象徴でもある。どんなに困難であっても、週末は優雅に笑顔で格好を付ける。そのためにはとびきりカラフルな服装がものを言う。ただし、自由であれば良いわけではない。彼ら特有の規範がある。基本は三色で、どれだけ遊べるかが決め手だという。その計算された色使いは、かのポール・スミスもモチーフとして採用したくらいだ。

「日本人はもっとアクセサリーや小物を活かせばいいのに」と大サプールのセヴラン氏は言う。前述の通り、「格好をつける」ことを曲解しがちな現代日本では、社会人男性がアクセサリーに凝ることを良しとしない風潮もある。しかし、マナーを守った上での「遊び」にこそ豊かさがある。「働き蜂」と揶揄される日本人こそ、もっとファッションで自分の価値観や生き方をデザインすることで、時代の閉塞感を打ち破ることができるのではないか。格好つけないというスタイルこそ、非生産的な格好つけではないか。サプールの紳士達はタバコもあまり吸わないという。あくまでファッションとしてパイプや葉巻を持っているだけなのだ。そこに意味を見いだせるかが、ファッションセンスの鍵の1つかもしれない。

●ファッションを変えれば違う世界が見える

ヨシダナギ氏を迎えた心斎橋店でのイベントは大盛況のうちに幕を閉じた
ヨシダナギ氏を迎えた心斎橋店でのイベントは大盛況のうちに幕を閉じた

今回の写真展の意義について茶野氏は、「ファッションの街、船場からサプールを紹介する意義は大きい考えています。 ファッション業界が低迷するなかで、洋服代を何よりも最優先にするサプールの存在は業界にとっての救世主です。 消費者の方々もたまにはサプールばりの派手な衣装に身を包むと違う世界が見えます。 それがファッションの底力。そんなおしゃれな人が増えると社会は明るく楽しくなるはず。 そう願っています」と語る。

表敬訪問した河村たかし名古屋市長は「減税は戦争しない。サプールも戦争嫌い。互いに協力できる」とエールを送った
表敬訪問した河村たかし名古屋市長は「減税は戦争しない。サプールも戦争嫌い。互いに協力できる」とエールを送った

ゲストとしてセヴラン氏も来日し、すでに開催された大丸心斎橋店でのイベントも連日盛況だった。現在は9月13日から松坂屋名古屋店、9月28日から大丸東京店、10月18日から大丸札幌店を巡回する。呉服商からスタートした大丸の歴史は、創業300周年を迎える。ファッションを平和に織り込んでいく試みに、引き続き注目したい。

■関連リンク

『平和をまとった紳士たち』(1)ファッションで非戦思想を貫くサプールのメッセージ

サプール写真展『平和をまとった紳士たち』オフィシャルサイト

アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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