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五輪の大会ボランティアが新型コロナに感染したら賠償されるのか

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
(写真:ロイター/アフロ)

 東京五輪は7月23日の開会式まで6ヶ月を切りました。新型コロナの感染拡大が終息しない状態で開催できるのかも不透明ですが、現状、国際オリンピック委員会(IOC)も、日本の組織委員会も、コロナ禍のもとでも開催するする予定のようなので、それを前提に物事を考えていく必要があります。

 この大規模な催しを支えるのは8万人いるとされる「大会ボランティア」の方々です。大会ボランティアを新型コロナウイルスの感染から守ることは、大会を科学的に安全に行うためには必須の条件といえます。

大会ボランティアはステークホルダーではない?

 2021年2月3日、組織委員会とIOCはステークホルダー(利害関係者)向けの「プレイブック(ルールブック)」を発表しました。これは、コロナ禍の下で、関係者が安全・安心にオリンピックに参加するためのルールを記したもので、渡航前の事項、渡航中の事項、日本でいえば「三密防止」に該当するような事項、COCOA(新型コロナウイルス接触確認アプリ)をダウンロードするとか、体温を測るとか、かなり細かい事項が書かれています。

 現状、これらプレイブックは、国際スポーツ連盟向け、放送局向け、報道機関向けの三種類が発表されていますが、これらの海外からのゲストや選手たちに対応する多数の大会ボランティアがどのように対策すべきかについては、言及がないようにも見えますし、そもそも日本語版が公表されていません。

 コロナ禍のもと、東京で五輪を開催するというのなら、コロナ禍の最大のステークホルダーは、日本国民であり、そのなかでも、無償で労務を提供する大会ボランティアであるはずです。IOCや組織委員会は、大会ボランティア、より根本的には日本国民への感染をどうやって防止するのか、その点をまず検討して、日本国民に対して対策を発表すべきだと思います。

大会ボランティアが入る保険は未定

 しかし、いかに感染対策をしても、五輪を実施する以上、幾ばくかの新型コロナウイルスの感染は起こると考える方が自然でしょう。現在行われている全豪オープンテニスでも、様々な対策にもかかわらず、感染が発生しました。

 そうすると、大会ボランティアが新型コロナウイルスに感染させられた場合、その被害の補償をどうするのかが大きな問題となります。

 この点、労働基準法上の「労働者」は、業務上の傷病については政府所管の労災保険が適用され、医療費のみならず、休業補償や後遺症が残った場合の補償、不幸にして亡くなった場合の葬祭料や遺族補償を受けることができます。ただ注意すべきなのは、労災保険も、自動車事故の任意保険ならカバーされる、後遺症が残った場合の将来の逸失利益の補償や、被害者の精神的苦痛の慰謝料はカバーしていない、ということです。

 大会ボランティアはそもそも「労働者」ではないと整理されているため、原則として、労災保険法が適用されません。そうすると組織委員会が大会ボランティアを対象にした十分な保険に加入することが安心・安全な五輪実施のために必須の事項となるはずです。

そこで、この点について調べると、組織委員会のホームページには以下の問答があります。

ボランティア活動中の保険について教えて下さい。

組織委員会では全てのボランティアの方に安心して活動して頂けるよう一括で保険に加入します。詳細は現在検討中です。

 筆者は、2019年11月、2021年1月と二度、組織委員会に大会ボランティアの保険の内容を問い合わせましたが、直近の問い合わせに対する返答も「組織委員会では全てのボランティアの方に安心して活動いただけるよう一括で保険に加入します。詳細は現在検討中で、決まり次第お知らせする予定でございます。」でした。

なんと大会ボランティアに対する補償内容は決まっていないのです。

 新型コロナウイルスに感染した場合、無症状や軽症の場合もありますが、一方で、感覚や身体機能に重篤な障がいを残す場合があることも知られています。また、東京五輪については、元々、関係者が熱射病で倒れる危険性などが指摘されていました。コロナ禍で五輪を開催するのに、開催まで半年を切った時点で、危険にさらされるボランティアの補償内容が決まっていないというのは、かなり深刻な問題なのではないかと考えます。

十全な内容の保険にすべき

 この点、筆者が以前取得した大会ボランティアの募集要項には「ボランティア活動向けの保険」という記載があります。一般的に、ボランティア活動向けの保険として紹介されるものは、入院・通院補償はあっても、休業補償はなく、後遺症の補償も上限額がかなり限られているようです。これでは不十分だといわざるを得ません。

 また、新型コロナウイルスへの感染にせよ、熱中症にせよ、その他の傷病にせよ、大会ボランティアが被害を受けたときに、組織委員会があれこれと詮索し始め、あわよくば「組織委員会には責任はない」「ボランティアの体が弱かった(素因があった)ので因果関係がない(自己責任だ)」などと言い出すようでは、大会ボランティアは安心して業務に従事できないでしょう。念のため書いておくと、これらは、過労死などで企業責任を追及する訴訟では常に論点になることです。

 そこで、大会ボランティアに対する保険は、責任の所在を詮索することなく、因果関係を詮索することもなく、全人格的な補償を受けられる内容とすべきでしょう。

そもそも労働者ではないのか?

 上記は大会ボランティアが労働者には該当しない前提で書きましたが、大会ボランティアは、組織委員会の指揮命令の下に五輪に関わる様々な業務に従事し、時間的場所的拘束を受け、交通費など一部費用の支給すら受けます。そのような大会ボランティアはそもそも論で労働基準法等の「労働者」に該当する可能性があると考えます。

 その場合、組織委員会が賃金(東京都の最低賃金は現在時給1013円)を支払わないこと、労災保険に加入しないことなどが全て違法になる可能性があります。

 また、大会ボランティアが「労働者」に該当するか否かに関わらず、組織委員会と大会ボランティアが「特別な社会的接触関係」に入ることはほぼ間違いないと思われます。筆者の問い合わせに対して組織委員会も大会ボランティアへの安全配慮義務があることを認めています。新型コロナウイルス感染の危険性は常にある以上、大会ボランティアが新型コロナウイルスに感染した場合、組織委員会は元々、大会ボランティアに対して全面的な賠償責任があるとも考えられるのです。

 これらの諸点からしても、組織委員会は大会ボランティアが全人格的な十分な補償(賠償)を受けられる保険に入れることを早急に言明すべきと考えます。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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