安倍政権による東京高検検事長の定年延長は違法ではないか

安倍首相と菅官房長官(写真:つのだよしお/アフロ)

 東京高等検察庁の黒川弘務検事長が2月7日に63歳の定年を迎えるはずのところ、安倍政権が主導して定年延長し、次期検事総長に据えようとしていることが物議をかもしています。

高検検事長の定年延長、官邸介入で「やりすぎでは」の声(朝日新聞2月1日)

 この件については、本欄でも元特捜検事の郷原信郎弁護士が「黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い」という記事を書いて指摘をしています。曰く「検察庁法が、刑訴法上強大な権限を与えられている検察官について、様々な「欠格事由」を定めていることからしても、検察庁法は、検察官の職務の特殊性も考慮して、検事総長以外の検察官が63歳を超えて勤務することを禁じる趣旨と解するべきであり、検察官の定年退官は、国家公務員法の規定ではなく、検察庁法の規定によって行われると解釈すべきだろう。」とのことです。

 そこで、筆者は、この検察官の側から見た検察官の定年制度の趣旨が国家公務員一般の側からどう定められているかを調べてみました。国家公務員の人事制度については『逐条国家公務員法<全訂版>』(学陽書房 2015年)が詳細であり、筆者のように労働者(個々の国家公務員)の側で訴訟を提起すると、国の代理人がこの書物を引用して反論してくるのが通例であることから、公権解釈が記載された本だと見ることができます。以下、頁のみを示して引用します。

国家公務員の定年制度の沿革と趣旨

 まず、国家公務員法81条の2に規定された国家公務員の定年制度ですが、やや意外なことに1985年3月31日以降に導入されたものです。「それまでは定年制度は一部の公務員について実施されていたに過ぎず、特別職では・・・(省略)・・・、一般職では、検察官(検事総長六五歳、一般の検察官六三歳、また・・・(省略)・・・等に定(停)年が定められていた」(686頁)のです。国家公務員一般には定年の定めはないが、検察官にはもともと定年が定められてきた、ということで、上記郷原弁護士が書いたことを裏付けます。

 そして、定年制度の目的は大きく二つあり、

  • 職員の新陳代謝を計画的に行うことにより組織の活力を維持し、もって公務能率の維持増進を図ること
  • 所定の年齢まで職員の勤務の継続を保障して、安んじて職員を公務に専念させ「職員の士気の高揚を図り、組織の活力を維持すること」

とされています(688頁)。

検察官の退官(定年)

 しかし「法律に別段の定めがある場合」には、上記国公法の定年制度の対象とならないとされます。この点については「一般職の国家公務員については、原則的には本法に定める定年制度が適用されるが、従来から他の法律により定年制度が定められているものについては、その経緯等に鑑み、それぞれの法律による定年制度を適用しようとするものである。このようなものとしては、検察庁法第二二条による検事総長(六五歳)及び検察官(六三歳)の定年、・・・(省略)・・・がある」(692頁)とされます。なんと、検察官の定年については、国家公務員法の定年の定め自体が適用されないのです。

 国家公務員の定年延長は次の条文である国公法81条の3で定められていますが、当然ながら同条によって定年延長が認められるのは、「前条第一項の規定により定年で退職することとなる職員である。」(698頁)とされます。検察庁法の退官の定めが適用される検察官については、この定年延長の規定の適用もないのです。そして、検察庁法には検察官の退官の延長について定めがないことから、高検の検事長を含む検察官について定年延長はできないことになります。

(2020.2.7追記:海渡雄一弁護士が現物を提示されたので引用します。)

そもそも定年延長は大例外

 そもそも、国家公務員の定年延長にしても「いずれにしても特殊な場合についてのみ認められる定年制度上の特例的措置であることから、定年制度の趣旨を損なうことがないよう慎重かつ厳格に適用されなければならないものである」(699頁)とされ、恣意的な運用を戒めています。

 今回の東京高検の検事長の定年延長の理由については、表向きにはカルロス・ゴーン氏の公判対応などが上がっているようですが、実質的には検事総長就任のいわばレースに敗れた黒川氏を救済して、検事総長候補に残し続けようというものであり、本来、検察官の独立を侵害してはならないはずの内閣が定年延長を仕組んでいます。すると、(1)検察庁法22条違反はもとより、(2)直接適用はない国公法の例外的な定年延長の趣旨にも合致せず趣旨に違反、で許されないという結論が妥当でしょう。法律で許されないことを、政府が閣議決定でいくら決めても違法です。

 そうすると、今年の2月8日以降、東京高等検察庁では、本来、検事長になることができない人物によって指揮監督された検察官が公判も担当することになりそうですが、そんなことで、刑事司法の公正性は確保できるのでしょうか。まして、新聞記事にあるように、このような人物が検事総長になるとすれば、全国で公判を担当する検察官におなじことが当てはまります。大きな疑問があると言わざるを得ません(そもそもゴーンの公判対応が理由なら検事総長にできない気もしますが)。また、訴訟になると、『逐条国家公務員法』の規定を持ち出して労働者(個々の職員)を攻撃する国が、自分たちに都合のいいときだけ、この本に定められた人事のルールを守らないことについても、大きな違和感を感じざるを得ません。