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育休明けの転勤命令 カネカの対応に違法性はないのか

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
カネカが公式HPに育休明け配転に見解を表明した

 大手化学メーカー「カネカ」の男性労働者が育休明けに配転命令を受け、退職に至った件については、同じ子育て世代の男性の問題として、筆者も注目しているところです。

 この件については、当事者がツイッターで訴え始めて世論が目を向け、日経ビジネスの記事が当事者取材の先鞭をつけました(こちら)。ただし、会社の措置について違法性はないことを前提とした記事の記載は気になりましたので後述します。

 世論の盛り上がりを受け、カネカが公式HPで「当社元社員ご家族によるSNSへの書き込みについて」というコメントを発するに至り(こちら)、この会社で、当該問題が生じていたこと自体は確定しました。

事実関係の整理

 上記日経ビジネスの記事、カネカのコメントを前提に、労働者(夫)を中心にして、事実を整理すると以下のようになります。労働者の夫婦は40代で妻も有職の共働き夫婦のようです。

2019年1月 妻出産。長女生まれる

時期不明  カネカが夫の異動の必要性を認識

3月25日 夫が育休入り(4月19日までの予定)

4月中旬  夫婦が新居に引っ越し、子ども保育園入所

4月22日 月曜日。夫が育休明け

4月23日 会社が夫に関西への転勤の内示

5月7日  夫が退職日を5月31日とする退職届

5月10日 妻の職場復帰予定日

5月16日 夫の転勤予定日

5月31日 夫がカネカを退職

日本は使用者の転勤を命じる権限が強い

 日本の使用者は、諸外国と比較して、労働者の配転(転勤)に関して、極めて大きな指揮命令権(配転命令権)を持つと言われます。このような強大な配転命令権は、終身雇用・年功序列賃金など、労働者が会社の一員としてのメンバーシップを保障されることと対比をなしてきたとされますが、近年は、労働者の地位の保障は脆弱化しており、使用者の指揮命令権の強大さとのアンバランスさが目につきます。指揮命令権の強大さと労働者の地位の低さのアンバランスは、いわゆるブラック企業では更に顕著な問題として現れます。

 このような強大な権限は、特定の労働者に対する嫌がらせや排除目的でも使用されるため、これまでも配転の違法性は裁判所で繰り返し争点となってきました。もちろん、このような目的が認定されれば、配転命令は違法となりますが、日本の裁判所は使用者の権限を強く認める方向の判断をしがちです。この点については、違法性を判断する裁判官が、キャリア公務員と同様で転勤ばかりなので、配転に関しての判断が甘くなりがちだ、という指摘は、労働事件を扱う弁護士の中では昔からあります。

 カネカも、上記コメントで「発令から着任までの期間は、一般的には1~2週間程度です。転勤休暇や単身赴任の場合の帰宅旅費の支給といった制度に加え、社員の家庭的事情等に応じて、着任の前後は、出張を柔軟に認めて転勤前の自宅に帰って対応することを容易にするなどの配慮をしております。」としており、従来の裁判所の傾向に沿った正当性を主張していますが、何やら若き日の奥田民生さんが転勤族の悲哀を歌うユニコーンの名曲「大迷惑」を想起します。転勤を経験したことのない筆者としては、このような急な転勤を当然のように命じることを公式HPで堂々と書くこと自体が驚きです。

育児介護休業法10条、26条がある

 ただ、このような使用者の強大な配転命令権も、育児や介護を行っている労働者との間では、一定の修正がされています。育児介護休業法10条は「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」とし、同法26条は「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」としているのです。

 使用者がこれらに違反する配転命令をした場合は、違法となります。実際、高齢で身体障害を抱える父母(父は身体障害1級、要介護3、母は身体障害4級)の介護の必要性があるのに配転を命じた事例で、配転命令を違法とし、慰謝料の支払いを命じた裁判例があります(札幌高等裁判所平成21年3月26日判決 東日本電信電話事件)。

 新生児の育児と高齢の父母の介護を単純に比較はできないでしょうが、前者が身体的負荷も、精神的ストレスも、非常に高いものであることは論を俟たないでしょう。スタンダードな労働法の教科書でも「今後は、配転命令の権利濫用判断における『転勤に伴い通常甘受すべき程度の不利益』であるか否かの判断基準は、「仕事と生活の調和」の方向へ修正されていくことが予想されよう。」としています(菅野和夫『労働法』11版689頁)。

違法性がないとは言い切れない

 本件ではカネカが「着任日を延ばして欲しいとの希望がありましたが、元社員の勤務状況に照らし希望を受け入れるとけじめなく着任が遅れると判断して希望は受け入れませんでした。」と認めており、この点を含む会社の対応に、違法性がないとは言い切れないと考えます。現在、あきらかにされている程度の事実関係では、違法性の有無を判断できない、というのが妥当でしょう。

 少子化が深刻な社会問題となり、ワークライフバランスの確立が官民挙げての喫緊の課題となっている折ですので、一過性の問題とせず、突っ込んだ検討がされることを期待せずにはいられません。

 また、この件では、労働者が労働局などに相談して、なかなか上手く事が運ばない状態が現れていますが、労働行政は、警察権限を持っており、“真っ黒”な事案には機動的に対処しますが、裁判所がしないと違法/適法の判断が難しいような事案では、及び腰になることも多いです。一般論としては、この種の相談は、労働局よりも、労働者側の労働事件を専門に扱う弁護士(特に日本労働弁護団に所属する弁護士)にすることをお奨めします。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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