最高裁は安保法制のオトシマエをつけるか?(つけるのはあなただ)

最高裁判所。要塞のような出で立ちで評判が悪い。(写真:アフロ)

今、小林節・慶應大名誉教授などが中心となり、安保法制の違憲性を問う訴訟を準備しているようです(「安保法案に集団違憲訴訟へ」)。国民に向けたアピールとして重要だし、最高裁が何と応答するかを検証することを含め提訴する意義はあると思いますが、がががが、筆者は、最高裁は訴訟で提起された問いに答えず門前払いする可能性が極めて高いと考えます。

1 最高裁判所は果たして違憲判決を出すか

我が国の最高裁は基本的には「付随的違憲審査制」を採用しています。法令そのものが憲法に適合しているか否かを抽象的には判断せず、具体的に国民の人権が侵害されたときに、その救済に必要な範囲でしか、憲法違反の判断をしないのです。安保法制との絡みで言えば「安保法制に基づき、政府が海外で集団的自衛権を行使した際に戦死した(生きる権利を侵害された)自衛隊員の家族が、国を相手に国家賠償訴訟を提起した場合」などが典型事例です。しかし、この問題に落とし前をつけるのに、その様な破局的事態を待つべきではないことは明らかでしょう。戦死したからと言って、遺族が訴訟を起こすとも限りません。むしろ、過去の事例からしても、政府は全力を挙げて遺族が訴訟を起こさないように手を打つでしょう。

また、この間有名になった砂川事件最高裁判決(判決要旨は最高裁のサイトでどうぞ)において、最高裁判所は日米安保条約の憲法適合性について、「統治行為論」を採用して、判断を避けました。今後も、最高裁は、外交・防衛上の重要事項については、審査権が及ぶ範囲でも、判断しない可能性が高いでしょう。上記の自衛隊員の戦死の事例ですら、憲法判断がされない可能性が十分あるのです。

最高裁判所が、判決主文で請求を棄却しながら、理由中の判断で安保法制の憲法適合性について判断する可能性は、微粒子レベルであるかもしれませんが、仮にそのような判断をしても、今の政府がそれを無視する可能性は、この間の国会の議員定数不均衡の問題を見ても、極めて高いでしょう。

安保法制が国会で審議されている間、自民党の高村正彦・副総裁や、谷垣禎一・党幹事長など、法曹資格を持つ与党議員が「違憲審査は最高裁が行う」旨を、しれっと発言してきましたが、実は、彼らは最高裁がそんなことはしない可能性が極めて高いことを承知で、国民に対して半ば嘘をついてきたのです。

2 果たして憲法の番人は誰なのか

いずれにせよ、最高裁が簡単に違憲判断をできないのなら、その部分について、果たして憲法の番人は誰なのだろうか、という疑問が、当然ながら生じます。

これに対する端的な答えは「憲法制定権力であり、主権者である国民自身である」としか言いようがないように思います。つまり、この論考を読んでいるあなたなのです。

国民は、安保法制の憲法適合性(違反性)の問題について、最高裁に下駄を預けることはできないし、安保法制が一旦できてしまったことのオトシマエは、私たち国民自身が国政選挙を通じてつけるしかないのです。安保法制の違憲性を問う訴訟について、その意義を認めるにしても、法廷がこの問題の最終的な決戦場であると考えるのは、的を得ていない考え方だと思います。

3 閣議決定を元に戻すと安保法制は止まらざるを得ない

では、仮に選挙の結果、安保法制を憲法違反と考える政府(それは昨年6月末までの政府の姿勢です)ができた場合、どうなるのでしょうか。

もちろん、安保法制を廃棄するために、最終的には国会で法を廃止する必要がありますし、そうすべきでしょう。

しかし、政府が法案を廃止するためにはその法案を国会で審議する必要があり、その際、野党になる勢力は激しく抵抗するでしょう。つまり、そんなにすぐにはできないのです。そのような間でも、選挙により新しくできた政府が、安倍政権の集団的自衛権行使に関する閣議決定(2014年7月1日の「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」)を憲法違反とし、それより前の政府解釈に戻す閣議決定をした場合、安保法制は政府(行政権)自身の憲法解釈として、たちまち違憲立法となり、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。 」とする日本国憲法98条1項がある以上、政府は法の執行を停止せざるを得ないように思えます。

「一政権の判断で憲法解釈を覆した」結果の安保法制の法的な不安定性は、最後はこのような形で現れてしまうのです。