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3・11直後の首都圏の水道水の放射能汚染

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)

2011年3月11日以降の福島第一原発の事故により大量の放射性物質が外界に放出され福島県をはじめとする陸上や海洋が汚染されました。しかし、それにより引き起こされた首都圏(具体的には東京都東部~千葉県北西部)の水道水汚染については割とマイナーな扱いをされています。

2011年3月21日、東京では雨が降りました(こちら)。翌日、東京都は葛飾区の金町浄水場で検査をしました。結果は翌日の3月23日に出て、210ベクレル/リットルの放射性ヨウ素131が含まれていました。新聞報道されたのはさらに翌日の3月24日のことです(例えば朝日「都が乳児のいる家庭に水配布へ 水道水から放射性ヨウ素」)。3月23日も190Bq/Lを記録しました。

この段階では放射性ヨウ素の暫定的な規制値として飲料水については乳児100Bq/L、成人300Bq/Lという数値が設定されていました(厚生労働省「放射能汚染された食品の取り扱いについて」)。その後に策定された政府の「原子力防災対策指針」でも放射性ヨウ素については飲料水中300Bq/Lを基準として「基準を超えるものにつき摂取制限を迅速に実施」とされました。

東京都では乳児のいる家庭に対して飲用を避けるよう広報し、ペットボトル水を配付するなどしました。しかし末端の住民まで情報が確実に行き届いたのかは分かりません。そして、結局、雨が降った当日の21日やそれ以前の汚染状況については検査がされておらず、今でも不明のままです。東京都に金町浄水場の件を問い合わせすると、3月19日以降のデータがある東京都健康安全センター(東京都新宿区百人町)のホームページも案内されるのですが(こちら)、新宿区は江戸川ではなく荒川水系の水を使っており、汚染の数値が低いのはそのためと思われます。

江戸川対岸の千葉県での検出状況

この金町浄水場の江戸川対岸の千葉県には、千葉県水道局の栗山浄水場・ちば野菊の里浄水場、北千葉広域水道事業団の流山浄水場があります。これらの浄水場では以下の放射性ヨウ素131が検出されました(表は千葉県柏市のホームページを元に作成。)。

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いずれの浄水場も降雨があった3月21日についてはデータがなく、それより前についてもデータがないので、3月11日以降、3月21日までの水道水の汚染状況は不明のままです。また、千葉県水道局の栗山浄水場・ちば野菊の里浄水場は3月22日もデータがないのですが、流山浄水場や金町浄水場のデータを元に考えれば3月21日、22日頃は300Bq/Lの水準を超えて汚染されていた可能性もあります。

なお、放射性ヨウ素を検出した浄水場の位置関係と政府発表の放射性物質沈着量マップ(ただしセシウム)を重ねるといわゆる「ホットスポット」周辺の浄水場だったことが分かります(地図参照。元図は「文部科学省による、岩手県、静岡県、長野県、山梨県、岐阜県及び富山県の航空機モニタリングの測定結果、並びに天然各種の影響をより考慮した、これまでの航空機モニタリング結果の改定について(平成23年11月11日 文部科学省)」より)。

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八千代市の発表の意味

一方、千葉県のホットスポットからはやや周辺部の千葉県八千代市の睦浄水場の取水口でも3月22日に370Bq/Lの放射性ヨウ素が検出されました(八千代市ホームページ)。この件はニュースにもなっています。ただし、八千代市は北千葉広域水道事業団から受水した水に自前の井戸水をブレンドしており、原水(井戸水)は汚染されていないため、この日市内に給水した水は120Bq/L±7Bqでした。

ここからは二つのことが分かります。(1)3月22日に北千葉広域水道事業団(流山浄水場)から送水された水は送水側(流山浄水場)で336Bq、受水側(八千代市睦浄水場)で370Bqの放射性ヨウ素131に汚染されていたこと。従って同日に流山浄水場から送水された水は他地域についても同レベルで汚染されていた可能性があること、(2)家庭に給水された水道水の汚染レベルは地元自治体で地下水がブレンドされている場合は低下すること、です。

そして3月22日の(1)については千葉県水道局のちば野菊の里浄水場、栗山浄水場の水についても同水準の汚染だった可能性があります。

流山・栗山・ちば野菊の里の水を使っている地域

では、このような規制基準値を超えていた可能性のある水は八千代市の他にどこへ送られていたのでしょうか。

北千葉広域水道事業団の流山浄水場の水を使用している自治体は野田市、流山市、柏市、我孫子市、八千代市、松戸市、習志野市です(地図は北千葉広域水道事業団HP参照)。

また、千葉県営水道のちば野菊の里浄水場、栗山浄水場及び北千葉広域水道事業団の流山浄水場の水を使用している自治体は松戸市、市川市、船橋市、鎌ヶ谷市、浦安市、習志野市、白井市です(地域は千葉県水道局HP、と配水図参照)。これらの自治体の中には自己水源がなく、浄水場の水を100%だったり、そこまででなくてもかなりの割合で使っているところも多いようです。

千葉県水道局HP掲載の配水図より
千葉県水道局HP掲載の配水図より

結局、東京都や八千代市は3月22日に検査をし、事後的とはいえ結果を公表したからこそ、かろうじてニュースになったのですが、上記の他の自治体はそもそも3月22日の時点でも検査をしなかったと思われます。そして、検査をしていた場合、井戸水のブレンド率が低い自治体では300Bq/Lを超える放射性ヨウ素131の汚染レベルだった可能性はかなりあるのではないでしょうか。しかし、実際にはそれら水は検査をされないまま通常通り消費されたのに、各自治体の水道担当部署のホームページにはこの時期に関する記載がほとんどありません。

自治体は有効な対策を打てなかった

柏市がネット上に公表している「かしわ水道だより」によると、柏市は3月23日の東京都の発表を受け、防災行政無線、ホームページへの掲載で乳児による水道水飲用を避けるように呼びかけ、3月24日からは乳児のいる家庭に井戸水を配付したとのことです。八千代市も3月23日から乳児の摂取制限と臨時給水を行ったようです。千葉県水道局も3月24日から呼びかけをしたようです(ニュース記事はこちら)。しかし、このような行政の発表が個々の市民に伝わった保障はどこにもありません。筆者は柏市出身ですが、同市の防災行政無線は学校の敷地などに高い柱を建てその上にスピーカーを設置して放送するところ、少なくとも筆者の家からはほとんど聞こえないのが常でした。他の自治体がどのような措置を採ったのかインターネットで軽く検索しただけでは分かりませんが、やっていても同等レベルだったと思われます。

結局、どの自治体も、3月21日以前や、データがある範囲でも最も高濃度に汚染されかつ規制基準値超えをしていた3月22日頃について何ら有効な対策を打てていなかったことになります。

国民はリスクを引き受ける覚悟があるのか

これについて、たかが1日〜2日かなり安全側に立った基準をちょっと超えただけ、と見るか、そんな水は絶対に飲みたくないし飲むべきでないと考えるかは人それぞれでしょう。実際、規制値基準超えとはいえ、300Bq/L程度のヨウ素131が含まれた水を飲んでも直ちに影響はないかもしれません。しかし、一方で、規制基準として定められた数値を超えたのに規制を発動しない(できない)のであれば、その基準は意味がありません。

では、果たして規制の発動は現実的に可能だったのでしょうか。仮に百万人以上の住民に対して予告なく水道水の飲用が禁止されれば、それによる社会的な混乱は計り知れないものがあります。しかも、行政側から見ればいつまで止めなければならないかも不確実なのです。今の原発規制基準や防災指針・計画も、福島第一原発から200km以上も離れた首都圏で現実に起こった水道水汚染を踏まえているとは思えません。結局、現実に大都市部の水道水汚染が起こっても、時間が経ってからひっそりと報道されて、そのとき行政は「ただちに影響はない」と言うしかないようにも思えます。

しかし、そのときに情報すら行き渡らないまま「ガン当たりくじ」(安斎育郎氏)のリスクを引き受けるのは個々の国民であり住民なのです。今回は(観測されている範囲ですが)たまたま基準値を多少上回ったくらいで済みましたが、もっと高濃度に、長期にわたって汚染されたらそれでも水道水を飲み続けられるのでしょうか。原発の運転と引き替えに、そういうリスクを引き受ける覚悟を、この国の国民は果たして持っているのでしょうか。疑問はつきません。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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