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実は身近な「洗脳」騒動 家族間やブラック企業でも 大事な人を守るポイントは

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
写真はイメージ(洗脳の罠にかからないように)(写真提供:アフロ)

しばしば、「洗脳」された人がセンセーショナルに取り上げられます。「洗脳」の問題は一見、芸能界・有名人や大規模に行われるカルト宗教など、遠い世界の話と思いきや、実は、ブラック企業や、家族・夫婦の間など私たちの日常と地続きのところにまで浸透しています。洗脳やマインドコントロールは一体どんなもので、どんな人がその罠に落ちるのでしょうか。また、それらから逃れる術はあるのでしょうか。

■しばしば起こる、有名人の洗脳騒動

突然、人が変わってしまった。言動がおかしい。誰かの強い影響を受けている。そんな報道がされるとき「洗脳か!」と話題になることがあります。

真偽はわかりませんが、これまでも女性漫才師や朝ドラ女優など、洗脳騒動が大きな話題になってきました。アイドル歌手や人気女優が、新興宗教に入信して通常の芸能活動を離れてしまうことも起きています(新興宗教全てに問題がある訳ではありませんが)。イメージが大事な芸能界では大きな影響があるでしょうし、場合によっては仕事を失うことにもつながりかねません。

中には、自分で洗脳、マインドコントロールされていたと、発表している人もいます。X JAPANのToshlさんは、自己啓発セミナーに洗脳され、バンドを辞めた過去を語っています(Toshl「洗脳 地獄の12年からの生還」講談社)。

■洗脳、マインドコントロールとは

洗脳は、もともと朝鮮戦争での捕虜収容所で、中国共産党によって行われた思想改造を指して使われた言葉でした。人を閉じ込め、自由を奪い、抵抗力を弱め、巧妙な賞罰を使いながら、学習と自己批判と告白の手法を重ねて、転向させるテクニックです。

一方、マインドコントロールは、洗脳のような暴力的な方法を使わず、相手に自分が操作されていると気づかせないようにしながら、思想や行動を都合よく誘導する手法です。

マインドコントロールの方が、露骨な違法行為をしていないだけに問題の指摘が難しく、支配されていると意識しにくかったり、警察なども手が出しにくかったりする面があります。研究者は、洗脳とマインドコントロールとを区別して考えますが、世間的には同じような意味で使いますね。今回は、この記事でもあまり区別しないで使うことにしましょう。

(写真:アフロ)
(写真:アフロ)

■身近に迫る洗脳、マインドコントロールの危険性

洗脳というと、オウム真理教のことを思い浮かべる人も多いでしょう。これらを使う宗教団体をカルト(破壊的カルト)と呼ぶこともありますが、他にも医療カルト(特殊な健康法等)、心理カルト(悪質な自己啓発セミナー等)、経済カルト(マルチ商法等)などがあります。また、ブラック企業による洗脳的なマネジメントもあれば、ホストによる女性客のマインドコントロール的な接客もあるでしょう。

私が関わった医療カルトの例を紹介します。持病をかかえて悩んでいた女性が、民間療法の「先生」に出会いました。著名な大学教授と共同研究をしているとも称していましたが、言うことはめちゃくちゃ、その手法は非常に偏った食事や浣腸の多用でかえって健康を害すものでした。しかし、健康になることを切望する女性は先生を信じ続け、ますます不健康になり、親も巻き込まれて多額のお金も取られてしまいました。

結局、彼女はこの先生と結婚しました。夫婦になってしまうと、親も第三者もアプローチすることがとても難しくなってしまいます。

他にも、組織化されていない個人による被害を受ける人が大勢います。個々の加害者による被害者は少ないので、対象が有名人であったり、殺人などに発展したりしない限り、世間の目には触れにくいのです。

世に出た事件では、久留米看護師連続保険金殺人事件(2002)は、同僚の看護師らの心を操り支配して、それぞれの夫を殺害させた事件です(「黒い看護婦」新潮社)。また、尼崎連続変死事件(2012)では、一人の女が25年にわたって複数の家族を支配し、12人の死者行方不明者が出ました(「モンスター 尼崎連続殺人事件の真実」講談社)。

こうした事件に巻き込まれる人は、弱い人でしょうか。多くは、それまで立派に社会生活を営んでいた人たちです。加害者は、信頼関係を作りながら、被害者の些細な弱みにつけ込み、ときに強引にときに優しく、支配体制を築き上げます。事件化し、大きく報道されなくても、心と行動が支配されている人がいます。心が鎖でつながれて、支配から逃げられません。

このように、洗脳やマインドコントロールは決して私たちと遠い世界の話ではないのです。

■洗脳やマインドコントロールは段階的に進む

カルト組織が正体を隠して勧誘することはよくあります。まずは、勧誘したい相手をラブシャワーと呼ばれる大歓迎で迎え入れます。これが支配のスタートです。

先ほど例にあげたような、いわゆる「先生」による支配も、尊敬や憧れの対象=先生からかわいがられることを起点にして、そこから性的搾取や暴力、非常識な命令への絶対服従などが始まります。巧みな支配の中で、周囲からは仲良しにしか見えなくても、被害者は誰にも言えない秘密を抱えたまま苦しんでいることもあります。同様のことが、恋人や夫婦間で起こりえます。

歌手の辺見マリさんは、「拝み屋」に洗脳され、5億円を騙し取られ、借金を作り、娘でタレントの辺見えみりさんのお金にまで手をつけました(テレビ朝日「しくじり先生 俺みたいになるな!!」2015年9月14日放送分)。洗脳は次のように進んでいったと語っています。

  1. 「安心」:理解者、支援者だと安心させる。
  2. 「驚き」:占いを的中させたり、心の底を言い当てたりする(ただしトリックあり)。
  3. 「嫉妬」:他のメンバーを登場させ、互いに競わせたりする。
  4. 「囲い込み」:家族や社会から分断し、帰る場所をなくす。

ブラック企業では、過酷な仕事で疲労困憊させ、激しい叱責で人格を否定し、次に社長が語る夢や希望にコミットさせ、賞罰を使い分けながら他の社員との連帯感を強めさせます。このプロセスの中で洗脳されれば、社長を教祖のように信頼し、進んでサービス残業もするようになるのです。

また、マインドコントロールは、次の3段階で進むとされています。

  1. 「解凍」:これまでの人格を崩壊させる
  2. 「変革」:教え込みの過程
  3. 「再凍結」:新しい人格を作り上げ強化する過程

不安につけ込むのも、よくある方法です。病院から出てくる患者を狙っていた組織もありました。不安をあおるような占いを使うこともあります。不安を高め、そして救いがあると示し、そこにすがるようにさせるのです。「この世の終わり」を説くという手法もよく使われます。

(写真:アフロ)
(写真:アフロ)

■洗脳、マインドコントロールされやすい人:芸能人はなぜ洗脳されやすいか

大学内で活動していたある巨大カルトの信者に、どういう人に声をかけるのか聞いたことがあります。彼らの回答は、「一人で真面目そうに歩いている人」でした。家庭をまわって、もっと良い母、良い妻になりたいと思いませんかと勧誘している団体もあります。オウム真理教の医師団メンバーは、現在の医療に問題点を感じ、改革を望んでいるような人でした。

真面目で向上心がある人ほど、洗脳されやすいのです。さらに、優しく素直な人は要注意です。何事にも一生懸命になれる人は、カルトにものめり込みます。また不安が高いときには、ワナにかかりやすくなります。

芸能人は、実際にお会いすると真面目で一生懸命な方が多いです。人気商売ですから、浮き沈みはあり、不安もあるでしょう。さらに、恵まれない環境で育っていたり、強いコンプレックスを持っていたりする人もいます。このように洗脳されやすい特徴を持っている上に、財産を持っている人も多く、洗脳に成功すれば、広告塔になるのですから、狙われるのも当然でしょう。

■洗脳、マインドコントロールの被害にあわないために

洗脳やマインドコントロールの被害にあわないためには、他の人をだます犯罪の防止と同様に、まず事実を知ることです。世の中には、人を操る名人(マスターマニュピュレイター)がいるのです。その手法を事前に学んでおくことも、効果的です。

実際に出会ってしまったら、最初の段階で逃げましょう。おかしいと感じたら、相手との約束を破っても、「ノー」と言っても良いのです。一旦、引き込まれると、抜けられなくなってしまいます。家族が支配されていった事件でも、最初の段階で逃れた家族は事件に巻き込まれなかったと言われています。

「『悪運を払うために100万円の壺を買いなさい』などと言う占い師はインチキだと思って下さって結構です」と知り合いの占い師さんは語っていました。この世の終わりを説く終末思想は伝統宗教にもありますが、だから会社や学校を辞めろとか財産を寄付しろ、ではなく悪いことはやめて日々しっかり生きていこうと勧めています。

さて、家族や大切な人が洗脳されてしまった時はどうでしょうか。よくある失敗が、頭ごなしの否定です。そんなことをすると、尊敬する教祖様や占い師の先生を否定されたのですから怒るのは当然です。人間関係が悪くなれば、ますます相手の方に加担してしまいます。

まず、人間関係を良くしましょう。落ち着いて話し合い、本人が支配されていることに疑問を持てるような適切な質問をしましょう。家族や友人が、帰れる場所を用意して待ちましょう。ただしそのためには、十分に学ぶことが必要です。相手は非常に巧みです。ミイラ取りがミイラにならないように、くれぐれも注意しましょう。

オウム真理教は、洗脳やマインドコントロールの手法を学んでいたと言われています。私達も、予防のためにその手法を学び、闘っていかなくてはなりません。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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