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誹謗中傷とは言葉のテロリスト--日の丸マスク、室井佑月さん、木村花さん、山里亮太さん--

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
写真はイメージ:羽生結弦が使って有名になったくればあ社製のマスク:2020(写真:松尾/アフロスポーツ)

■日の丸マスクのデマと誹謗中傷被害

 メッシュ素材メーカー「くればぁ」(愛知県豊橋市)の販売する「日の丸マスク」が、SNS上での誹謗中傷により製造休止していたことが分かった。

出典:日の丸マスク、デマ・中傷被害で製造休止 「政府と繋がりなんて一切ないのに...」 5/29 Jcast Y!

日の丸がついたマスクを製造販売していた会社が、デマ・中傷被害を受けました。政府との繋がりを邪推され、製品や社名まで馬鹿にされ、ネット上で誹謗中傷されたことで、製造を休止しました。

この数日、「誹謗中傷」や「日の丸マスク」がツイッターのトレンドワードに登るほど、ネット上では話題になりました。

このデマに関しては、すでに3月2日には、ニュースになっていました。

政府が「日の丸マスクを生産」は誤り メーカー“法的措置“検討も視野3/2 BuzzFeed Y!)

誤情報は、デマであるとの情報が出た後も、広がり続けるのが普通です。

■室井佑月さんへの誹謗中傷

さらに、上記のJcast の記事でで、「作家でタレントの室井佑月氏(50)が誤情報を信じて『これを作るのに、コストどのくらいあがったんだろう。こんなことより、枚数だろうに』などと政府を批判したツイート」といった報道が出たこともあり、今度は、「室井佑月」がトレンドワードに上がり、誹謗中傷する人も現れています。

■#室井佑月のテレビ出演に抗議します

今(5/30,17:20)現在、「#室井佑月のテレビ出演に抗議します」がトレンドワードに上がっています。

最近、意見、抗議などの短文をハッシュタグにするのが、流行ですね。

#検察庁法改正案に抗議します」など、有名芸能人も投稿して、話題になりました(この投稿で誹謗中傷された芸能人もいました)。

ヤフーニュース個人でも、関連記事が出ています。

「#検察庁法改正案に抗議します」「#福山哲郎議員に抗議します」に見るTwitter運動の「ゲーム」化

室井佑月さんは、誤った情報で投稿したことは事実ですが、次のように投稿しています。

批判も意見も抗議も良いですが、誹謗中傷はいけません。

■木村花さんと誹謗中傷

女子プロレスラーでテレビ番組「テラスハウス」にも出演した木村花さんが、ネットで激しい誹謗中傷を受け、亡くなられたのもつい最近です。

木村花さんの悲報、SNS書き込みが「凶器」か--ネットいじめの社会問題--

ところが、今度は彼女を誹謗中傷した人への誹謗中傷が起きました。さらに、山里亮太さんなど番組関係者への誹謗中傷が始まっています。

日の丸マスク問題も、テラスハウス問題も、誹謗中傷の応酬です。

■表現の自由と制限:批判とは、誹謗とは、中傷とは

私たちの社会には、表現の自由があります。しかし、表現の自由は無制限ではありません。発言の内容によっては、名誉毀損、侮辱、脅迫などの罪に問われることもあります。

批判は、大切です。私が卒業した高校の教育目標の一つが、「健全な批判精神を養う」でした。何事も鵜呑(うの)みにするのではなく、良い点悪い点を評価判断することは、大切です。

一方、誹謗中傷はいけません。批判と誹謗中傷の区別は微妙ですが、こんな区別ができるでしょう。

批判:ウスイの意見、政策の、この部分が間違いである。反対だ。

誹謗:バカ、死ね、アホ、価値なし、いなくなれ!

中傷:ウスイは実は宇宙人で、地球征服を狙っている。

■有名人、芸能人、政治家、犯人、強者、悪者への誹謗中傷は許されるのか、有名税とは

「人の悪口を言ってはいけません」と小学校で習いましたが、でも言ってもいい相手、言ってのいい時があるでしょうか。

写真AC
写真AC

○有名税とは

有名になったのだから、悪口(誹謗)を受けるのも我慢しなさいという考えもあるでしょう。「有名税」という言葉もあります。

しかし有名税というのは、注目されたり、マスコミに追われたり、お茶の間で話のタネにされるということです。お茶の間でいろいろ言われるのは、仕方がないでしょう。そこでの悪口は、同義的な問題はあるものの、まあ良いでしょう。

有名になれば、批判にさらされることも仕方がありません。

けれども、有名な人にも、直接相手に向かって、あるいは公の場で、誹謗中傷してはいけません。道義的問題に加えて、場合によっては法的責任も問われるでしょう。

インターネット登場以前の社会では、有名人に直接話せる場もありませんでしたし、公に発言するチャンスもありませんでしたから、問題にはなりにくかったのですが、現代ではネットがあります。

誰もが、有名人に直接話しかけられます(それを本人が見るかどうかは別として)。そして、社会に向けて、自分の発言を公にできます。

○芸能人は誹謗中傷して良いか

芸能人にも誰に対しても誹謗中傷はいけません。ただ、微妙なところはあります。

たとえば、芸人の坂田利夫さんを「アホの坂田」と呼ぶのは、許されるでしょう。坂田さんが前にテレビで発言していましたが、言われて一番腹が立つ言葉は「賢い」だそうです。もちろんこれもジョークですが。

言葉は、文脈によって意味を変えます。「アホの坂田」と私たちが言う時は、坂田さんを侮辱しているわけではなく、愛を込めているのだと思います。

だからと言って、愛を込めているを口実として、誰かを誹謗中傷することは許されません。

悪役プロレスラーが憎々しげに登場し、観客からブーイングが起こり、「やられちまえー!」と叫ばれるのも、これは誹謗中傷ではないでしょう。そしてプロレスファンの人たちは、もしこの悪役レスラーが怪我をして入院などしたら、とても心配して快復を祈るでしょう。

私たちはなぜツイートや無断撮影で芸能人を怒らせてしまうのか:インターネットとツイッターの心理学

○政治家への誹謗中傷は許されるか 「#政権批判は誹謗中傷ではない」

政治家にも誰に対しても誹謗中傷はいけません。ただ、これも微妙なところはありす。

政治家は、公人中の公人として、普通以上の激しい批判は許されるでしょう。政権政党側には特にそうだと思います。だから、各国の首脳たちが不愉快になるような新聞の一コマ漫画も、作品として許されます。

漫才師や劇団が、政府の偉い人をネタにするのも、作品、ユーモアとして許されます。ただそれでも、誹謗中傷はやはりだめです。

#政権批判は誹謗中傷ではない」も、先日トレンドワード に上がりました。政治批判を、誹謗中傷だと封じ込めるのは、とんでもない間違いです。同時に、批判を口実に誹謗中傷することも間違いです。

ただし、誹謗が許されることはまれにあると思います。

たとえば、革命が起きようとしている国で、「国王に死を!」と叫ぶのは許されるでしょう。

ただし、これは本気で言っています。そして自分の命をかけて言っています。特殊な状況で許されることなら日常でも良いとはなりません。

■強者や悪者は誹謗中傷して良いのか

政治家も芸能人も、有名人は、普通から見れば強者です。中には、悪者もいるでしょう。

けれども、お亡くなりになった女子プロレスラーの木村花さんどうでしょうか。この木村さんを誹謗中傷していた人々は、彼女を強者で悪い人と思っていたことでしょう。本当は、傷つきやすい一人の若者だったのですが。

あなたが、強者で悪者だと判断すれば、誹謗中傷して良いわけではありません。

ツイッター上でこんな発言をしている人もいました。

あたしがどんなに汚い言葉で安倍晋三のことを罵っても、安倍晋三が市民を指さして「こんな人たちに」と言った新宿の演説での誹謗中傷よりは遥かにマシだと言うこと。安倍がこの暴言について土下座して謝罪したら、あたしも少しは安倍に対する言葉づかいを考えてやる。(きっこ)。

「罵る」は、誹謗です。誰かが誰かを誹謗中傷している(と私は判断した)時には、その人を誹謗中傷しても良いというルールは、私たちの社会にはありません。

ツイッター上でも、ヤフーコメント上でも、誹謗中傷は禁止です。相手が公人でも、犯人でさえ、同様です。

もしも、強者で悪者なら誹謗中傷しても良いとすると、誰かが、このマスク会社の社長は悪い政府の手先だと判断してしまうと、その社長を誹謗中傷しても良いことになってしまいます。

強者ではなくても、有名でも刑事事件の犯人ではなくても、悪者とされ誹謗中傷の嵐にさらされる人もいます。

山梨コロナ女性はどこまで悪者か:過剰な防衛本能と歪んだ正義感の心理

■現代社会では、なぜ誹謗中傷が増えるのか

現代は、悪口(誹謗)が言いやすい社会です。ネットを使えば、相手に直越、公に言えます。ネットでは、対面よりも言葉が荒れがちです。建前よりも本音を重んじる文化もあります。

心の中でバカと思っても、普通は簡単に口に出さないのですが、ネットでは出てしまいます。現代は、顧客や視聴者にともて優しい社会です。

以前なら、テレビ番組へのクレームに対しても「嫌なら見るな」といった対応もできたそうですが、現在では許されません。相手が電話を切るまでこちらから切ってはいけないことになっています。こうなると、文句を言う人は、言いたい放題です。

フェイクニュースや中傷(根拠のない悪評)も飛び交っています。新聞やテレビが誤情報を流しまくったりしたら大騒ぎですが、ネットでは許されがちです。言ったもの勝ちの面もあります。

誹謗中傷も正義だと思っている人もいます。相手が悪いのだから、相手を違法に攻撃(リンチ、私刑)しても良いという発想です。自分は革命家だと自称しても、言葉のテロリストになってしまうかもしれません。

時代劇では市中引き回しにされる罪人に町民が石をぶつけるシーンがありますが、現代では許されません。

ネットで炎上を起こし、誹謗中傷で集団ネットリンチを起こすようなことは、許されないのです。

友人にも、有名人にも、公人にも、誹謗中傷してはいけません。ネット社会の現代で、ネット上の誹謗中傷に深く傷ついている人々がたくさんいます。

有名人の中には、誹謗中傷を意に介さない人もいます。けれども、だからその人を誹謗中傷しても良いことにはなりません。気にしていないと言っている人が、本当に気にしていないのかどうかはわかりません。

本当に気にしていないとしても、その人への誹謗中傷が飛び交うネットの雰囲気が広がれば、他の人への誹謗中傷も広がります。

「悪口、誹謗中傷は、一時的には心理的効用もあるのですが、長期的には本人も組織もだめにします」(悪口の心理:人はなぜ悪口を言うのか、なぜ悪口は盛り上がるのか:悪口を言う人の末路:ヤフーニュース個人有料)。

以前のネット掲示板「2ちゃんねる」では、互いに乱暴な悪口を言い合って楽しんでいるような人たちもいました。これは、まだネットが一部の人の時代に、かなり慣れている人たちが「言葉のプロレスごっこ」を楽しんでいたようなものです。

ネットがこれだけ広がり、みんなが参加している中で、悪口の風潮だけが引き継がれ、慣れていない人たちが乱暴なプロレごっこをしてしまえば、大怪我をする人たちが出てしまうのも当然です。

そうなると、以前ネット創世記にはなかった法規制とか、コメントポリシーとか、SNSの団体が誹謗中傷を禁止する緊急声明を出す事態になっています。

私たちは今、誹謗中傷の応酬で傷つけ合っています。何とかして止めようという動きも出ていますが、法規制だけに頼るのは、危険な匂いもします。

良いネット社会のために、良いリアル社会のために、教育と自助努力と、一人ひとりの自制心と思いやりの心が、求められているのではないでしょうか。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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