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水害はなぜ逃げにくい:様々な避難そして避難場所と避難所の違い

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
九州北部豪雨 福岡県朝倉市(写真:ロイター/アフロ)

< 水害は逃げにくい。だから、「気軽な避難」も大切です >

■水害で人はなぜ逃げないのか

水害は、逃げにくい災害です。火山の爆発は、とても目立つので、避難します。地震も、起きてしまって家に住めなければ、避難します。

水害は、地震とは違って予知できる災害です。せっかく予知できるのに、人はなかなか逃げません。予知できるからこそ、地震とは異なり、災害発生前に避難が求められるので、避難は難しくなります。多分大丈夫だろうと感じる「正常性バイアス」も、避難を妨げます。

水害はこれまでマスコミの扱いも地味でした。地震で10人の方がなくなれば大ニュースですが、水害、特に津波でも台風でもない大雨で同じ被害が出ても、扱いは小さくなりがちでした。

1年前の西日本豪雨(平成30年7月豪雨)。専門家たちは、今までの大雨とは違うかなりの切迫感を持っていました。しかし、その切迫感は人々に伝わらず、232名の死者行方不明を出してしまいました。

専門家も、国も、大きな衝撃を受けました。その結果、様々な改革が行われました。専門家もアナウンサーも、以前よりも切迫感のある伝え方を始めました。

水害の逃げにくさは、情報の分かりにくさもありました。地震の震度に比べて、水害情報は複雑です。そこで、豪雨危険度分かりやすくシンプルに5段階の警戒レベルで表すことにしました。

様々な工夫をして効果も上がっています。それでも、人はなかなか逃げません。雨降りの日には外出したくないのです。そんな単純なことですが、そんなことが人の行動を左右するのです。

さらに、どこに逃げたら良いのかがわからない問題もあります。特に市内全域に避難指示など出た時には、どうしたら良いかわからなくなってしまいます。

夜、雨、寒さ、高齢者や赤ん坊、判断の難しさ、どこへ逃げたら良いかわからない、これらの「心理的コスト」が高くなるほど、人は避難しなくなってしまいます。

■どう避難するか:様々な避難、避難所と避難場所の違い、あなたなりの避難

どうして避難しなかったのですかと質問されて、ぐっすり眠れないような場所に避難したくないと答えていた人もいました。そう感じるのももっともです。できるだけ快適な避難所作りも大切です。

ところで、「避難所」と「避難場所」は違うことをご存知でしょうか(こんな分かりにくい用語の使い分けでは困るのですが)。

○避難場所とは

避難場所とは、洪水や津波などの危険が起きたときに迅速に逃げる場所です。命に関わるのですから、ともかく逃げなくてはなりません。海岸にいれば、津波避難タワーに登ることもあるでしょう。津波避難ビルもありますね。平屋の自宅にいたのでは危ないと判断すれば、居心地など悪くても、避難場所に行かなくてはなりません。

○避難所とは

避難所とは、災害が発生した時に、自宅で暮らせなくなった住民に、住む場所を提供する施設です。これは、当然のこととして、プライバシーなどを求めるでしょう。また、避難所と避難場所を兼ねている場所もあります。

避難場所と避難所の混乱が、心理的コストを高め、避難する心にブレーキをかけるようなことがあっては困ります。何よりも、命です。今日1日の辛抱、半日や数時間の避難なら、快適さは二の次でしょう。

○水平避難と垂直避難

水平避難とは、避難所や高台などに行く避難です。

垂直避難とは、いつも自宅の一階にいる人が、二階に行くような避難です。簡単で気軽な行為ですが、これも避難です。

どちらも、立派な避難です。市内全域に避難指示が出たからといって、市民全員が避難場所、避難所に行かなくてはならなないわけではありません。各自で、自分の命を守る行動を取る必要があります。

○親戚、友人、近所の家へ

頼れる家があるなら、そこに避難するのも良い避難です(水平避難の一種)。平屋の我が家では危ないから、近所の家に入れてもらおうと考えるのは、賢いでしょう。

○旅行や遠くの家へ

地震は莫大な労力をかけても、予知は困難です。でも豪雨は予知ができます。たいていの場合、非常に危険なのは数日だけです。

雨が降り出す前に、移動することもできます。毎日仕事がある人は難しでしょうが、水害や土砂災害の危険性のある自宅を数日離れて、市外の息子夫婦の家へ、実家である祖父母の家へ。行ける人は行くのも良いでしょう。

旅行に行くのも、良いでしょう。最も守るべきは命です。家を守ろうとして命を失ってはいけません。災害級の豪雨の予報があるなら、地域を離れられる人は離れて良いと思います。せっかく予知ができるのですから、大いに活用しましょう。

ご高齢のご夫婦で、温泉旅館もいいでしょう。豪雨の降らない場所に行きましょう。天気予報が外れて、災害級の豪雨にならなくても、たまの旅行に行けたわけですから、良かったでしょう。災害級の豪雨予報が、毎月あるわけでもありません。

○多様な避難

行政任せにせず、自分で情報を集め、自分で逃げ方を考えなくてはなりません。それぞれの事情があります。同じ市内でも、場所によって危険度は様々です。家族構成、体力、時間、お金。それぞれです。

あなたなりの、我が家なりの避難を考えましょう。近くの小学校に避難して、顔なじみのご近所さんが集まり、おしゃべりしながら一晩を過ごすのも良いでしょう。それに心理的コスト(負担感)が少なければ、気軽に避難しましょう。

あなたが避難すれば、周囲の避難も促します。あなたの命を守ることが、周囲の命を守ることにもつながります。

突然の大地震による大津波から逃げるために、「津波でんでんこ」の教えがあります。各自が判断して、てんでに逃げろという教えです。自分の命は自分で守れ、そして目の前の助けられる人の命は助けろという教えです。

豪雨で逃げるときにも、近所の高齢者宅に一声かけられる人は一声かけましょう。ただ、事情は様々です。だから、様々な逃げ方があって良いと思います。

温泉旅館に行けるなら行き、あなたが自宅に取り残されなければ、救助ヘリは別の家に救助に向かえます。避難場所、避難所のスペースもそのぶん空きます。

心理的コストの高さが、避難を妨げます。それぞれで、気軽に避難できる方法を考えましょう。災害と「気軽」は不釣り合いと感じるかもしれませんが、避難して結果的に災害が発生しなければ、それでOKです。でも、避難の負担が大きすぎると、空振りでもOKと思いにくくなってしまいます。だから、多様で「気軽な避難」も、私たちの大切な命を守るために、大切なことなのです。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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