「こんな人たち」と「辞めろ帰れコール」の心理学

東京都議会選挙 首相街頭演説場所の風景(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

「こんな人たち」発言も、「辞めろ帰れコール」も、多様な解釈ができるはず。

■辞めろコール、帰れコール

客観的な事実は、その事実のままでは私達の心に影響を与えない。出来事は出来事だけで私達の心を動かさない。その出来事をどう解釈するかで、私達の心は変わる。やぶの中にトラが隠れていても、気づかなければ、明るく楽しく歩ける。トラなんかいなくても、トラを恐れてビクビクすることもある。「トラがいる」「トラなんかいない」。そんな情報にも、私達は左右される。

安倍首相の街頭演説の場における「辞めろコール」、「帰れコール」。これを悪質で違法な選挙妨害と見れば、彼らを否定的に見る人は多いだろう。

一方、現在の自民党政治に対する国民の声と解釈すれば、彼らは勇気ある発言者と見る人が多くなるだろう。ただし、自民党支持者の多くは彼らを悪く思うだろうし、反自民の人たちは彼らを良く見ることが多いだろう。実際には声を上げている人の中には、様々な人がいたかもしれないが。

中間の無党派の人たちは、マスコミやネット、世間からの情報によって、判断が左右されるだろう。

 <安倍首相演説に「辞めろ」コール報道の社会的影響

■「こんな人たち」(安倍首相発言)

安倍首相が演説で発言した「こんな人たち」も話題になっている。演説の声がかき消されるほどの辞めろコール、帰れコールを受けて、安倍首相は「こんな人たちに、私達は負かるわけにはいかないのです」と発言している。

「こんな人たち」は、何を、誰を、指すのだろうか。コールする人たちを指しているのは明らかだが、コールする人を、乱暴なルール違反者と見て、そのような不法者には負けるわけにはいかないという意味であれば、それはたとえば「私は脅しは負けない」とか「テロには屈しない」と同様の意味になり、たとえ相手が国民でも有権者でも、それはだめだということになり、菅長官の「常識的な発言」というコメントにつながるだろう(政権を守るという意味もあるだろうが)。

一方、「こんな人たち」を自民党に反対する人たち、安倍首相を批判する人たちと見れば、その人たちを「こんな人たち」呼ばわりすることは、国民無視、有権者軽視のとんでもない発言になり、次のようなコメントにつながるだろう。

「この方は、自分に反対の考えを持つ人々は国民ではないと思ってる。」(小野次郎氏・元参議院議員)。

「本当は言ってはいけない言葉。国民に一国の総理がですよ、反対だからと言って批判しているからって、こんな人たちには負けるわけにはいかないって言ったんですね。この言葉が大問題にならないことががおかしい。」(東国原英夫氏・元宮崎県知事、タレント)。

「安倍さんは、自分を非難する人々を「こんな人たち」という言葉でくくってしまい~」(江川紹子氏・ジャーナリスト:「「こんな人たち」発言にみる安倍自民の本当の敗因」

コールしていた人をどう見るのが正しいのか、安倍首相の発言の趣旨はどちらだったのか、明確ではない部分があるだろう。ただし心理学的に言えば、人は自分が持っている信念によってものの見方が変わってしまうので、安倍首相の発言の解釈、安倍首相の発言意図の推測も変わってしまうだろう。「こんな人たち」とは、自分への反対者、批判者なのか、それとも乱暴でルール違反の人たちなのかだ。

心理学的に言えば、人の心の中は簡単にはわからず、行動の意図も推測しかできないのだが、ただ安倍首相の発言にこのような批判が数多く出るのは、そう受け取られても仕方がない部分はあったのだろう。また、首相の「こんな人」発言を批判している人たちが、本当にそう思っているのか、本当は両方の解釈があることなどわかっているが、あえて断言調で批判しているのかはわからない。人の心の中はわからない(たぶん両方の人がいるのだろう)。

学者、研究者などという人間は、ああも考えられる、こうも考えられるといった訳のわからない発言をしがちだが、社会を動かすのはわかりやすい断言調の言い切り型のワンフレーズなのだろう(そうなのだという心理学の研究もある)。ただし、そんなワンフレーズ戦法を批判する人たちも、状況によっては自分も同じ戦法を使うようにも思える。

■安倍首相の「こんな人たち」騒動とシュワルツネッガー生卵事件

前述の江川さんが、今回の出来事とシュワルツネッガーの生卵事件を比較していて、興味深い。

それで思い出すのは、俳優のアーノルド・シュワルツェネッガー氏が、カリフォルニア州知事に立候補し、選挙運動中に、演説会場で反対派から生卵をぶつけられた一件。彼は、そうした行為も「表現の自由」の一環だと述べ、「ついでにベーコンもくれよ」と笑い飛ばした。

そんな風にユーモアで切り返すのは無理でも、「批判を謙虚に受け止め」と大人の対応をするか、あえて知らん顔で主張を述べ続ける冷静さを見せて欲しかった、日本国の総理大臣なら。

出典:「こんな人たち」発言にみる安倍自民の本当の敗因 Y!ニュース個人:江川紹子

結果的には、江川さんのおっしゃるとおりだろう。安倍首相が「こんな人たち」などと発言しなかったら、今回のネガティブ報道はなかっただろう。「こんな人たち」と発言し、それをメディアが大きく取り上げていることで、首相の思いとはむしろ逆の方向に人々の心が動く「ブーメラン効果」が起きているように思える。

ただし、もう少し考えてみたい。なぜシュワルツネッガーの発言は大成功したのか。彼の発言は客観的には正しいのか。もしも客観的に正しいのであれば、当時のシュワルツネッガーの対立候補に生卵がぶつけられても、「表現の自由の一環」ということになる。しかし、もしシュワルツネッガー候補がそんな発言をしていたら、彼は激しく非難されたことだろう。

選挙運動中の候補者に生卵をぶつけるのは、やはりルール違反だ(絶対に許されない違反か、許容範囲内の違反かは議論があるかもしれないが)。だから、シュワルツネッガーの発言はあくまでも「ユーモア」なのだ。彼は、この行為を許容範囲内の違反と考えてユーモアにしたのだろう。靴を投げてきても同じだったかもしれない。ただし、銃を撃ってきていたら、犯人を擁護する訳にはいかなかただろう。

生卵をぶつけるのは、明らかにルール違反であり、おそらく国民みんながそう思うだろう。それが明確だからこそ、ユーモアも生まれる。許容範囲かどうかは意見が分かれるだろうが、被害を受けた人が許容範囲だというのは問題視されず、大きくかまえてユーモアで応えることによって、シュワルツネッガーの人間性への評価が高まり、選挙の勝利へとつながったのだろう。

ユーモアを大事にするアメリカ文化における、芸能人として鍛えられた彼のコメント力による勝利だ。違法が明確だから、ムキになって問題を指摘する必要もなく、許容範囲だからユーモアも言えたのだろう。

ユーモアが言えないなら、せめて冷静な対応をというのも、結果的にはその通りだろう。選挙に関する心理学の研究によれば、人は個々の事実を冷静に積み上げて投票先を決めるというよりも、様々な出来事から候補者や政党のイメージを作り上げて投票先を決めているとされる。発言が客観的に正しいかどうかよりも、どんな印象を人々に与えるかこそが、選挙では重要だろう。

■あいまいな状況だからこそ

街頭演説中の大人数の「コール」を、選挙妨害と言う人もいれば、問題視していない人もいる。法的にはともかく、世間的にはあいまいで微妙だ。こうなるとユーモアも出しにくい(シュワルツネッガーならすごいユーモアでのりきったかもしれないが)。そして安倍首相の「こんな人たち」発言も、いく通りかの解釈ができるだろう。

社会には、あいまいで微妙で多様な解釈ができる事柄が次々と起こる。それを見事な観点で切り取り、わかりやすく解釈し、一言のコメントで表現する。それが、マスコミやネットの覇者になり、今や社会全体の空気を作り出す人になるのかもしれない。それは、右でも左でも、政治家でも評論家でも同じかもしれない。

彼らが社会を動かすのだろう。自分の立場、意見をはっきりさせることも大切だ。だが、時にはあいまいなことをあいまいのまま、ゆっくり考えることも必要かもしれない。心理学的には、白か黒かで判断しないあいまいさの受容は、心の健康の1つなのだ。

東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。HP『こころの散歩道』。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「とくダネ!」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ビートたけしのTVタックル」「ホンマでっか!?TV」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』など。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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