中年期の自殺予防のために:笹井芳樹氏死亡報道から

中年は人生の秋だけれど。

■笹井芳樹氏自殺か

5日午前8時40分ごろ、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市、CDB)の笹井芳樹副センター長(52)がCDBに隣接する先端医療センター内で首をつっているのを関係者が見つけ、110番した。

笹井氏は先端医療センターの研究棟の4~5階の非常階段踊り場の手すりにひも状のものをかけて首をつっていた。捜査関係者によると、笹井氏が首をつっていた現場付近で関係者に宛てた遺書が複数見つかった。

出典:理研・笹井氏が自殺 関係者あてに複数の遺書 STAP論文の指導役:日本経済新聞WEB版 2014/8/5

大変悲しく残念であり、衝撃的ニュースです。

笹井先生は、再生医療、ES細胞における日本を代表する研究者、世界的研究者でした。小保方氏のSTAP論文の共著者であり、小保方晴子氏の指導役でした。

■笹井芳樹氏に何が起きていたか

笹井芳樹(ささいよしき)氏は、天才的な研究者です。すばらしい経歴と研究業績の持ち主です。その大先生が、STAP論文騒動において、批判の矢面に立たせるる事になりました。人生の中で、初めての出来事だったことでしょう。

疑惑が出た後も、「STAP現象は合理性の高い仮説だ」とSTAP細胞の存在には肯定的でしたが、STAP論文撤回後の最近は否定的な発言も見られるようになっていました。

理研の内部でも、笹井氏の責任が厳しく指摘され、幹部退任の声もありました。笹井氏自身、強く責任を感じていました。

論文不正が浮上した後から、心療内科を受診していた~最近は服用していた薬の副作用で、会話がはっきりできないこともあったという。~精神的に落ち込み、一時回復したが最近はまた悪化。「STAP細胞問題を一気に引き受け、責任を取ろうとしていた」~「普段の愛嬌のある笹井さんの姿が衰えている印象はあった」。~「本人は周囲に(副センター長)を『辞める』と何度も言っていたが、理研上層部が認めなかった」。~「責任を取るなら彼らしくきっちり説明するとか別の方法があるはずだが、いきなり自殺を図るというのは信じられない」

出典:理研・笹井氏自殺 懲戒委、処分検討の中…会話はっきりしないことも 産経新聞 8月5日

3月に心療内科に1ヶ月ほど入院、その後体調が回復し退院したものの、最近また悪化し、この10日ほどはまともに議論ができる状態ではなかったようです。

■笹井氏の精神的ダメージ

優れた才能と努力の結果、エリートコースを歩み、光を浴びてきました。しかし、大きな問題が起こります。信頼していた部下の論文不正が明るみに出ます。信じていたSTAP研究が信用できなくなります。

笹井氏は、大きなものを失いました。

職場でも世間からも、激しく責められます。しかし記者会見での対応などは、とても理性的でした。取り乱しているようには見えませんでした。どこかで、安心して落ち込んだり、グチをこぼせる場所はあったのでしょうか。

笹井氏は、責任逃れどころか、全部の責任を取ろうとしていたようです。しかし、彼の精神は疲れ果てます。一ヶ月の入院は、よほどのことです。彼には、STAP論文問題の対応と共に、副センター長としての仕事もあったでしょう。

笹井氏は、何度も辞意を表します。それは、責任を取るという意味だったのでしょうか。疲れ果て、管理職の仕事を全うできないと感じてのことだったのでしょうか。

そして、この10日、あの聡明で弁が立つ笹井先生が、議論もできないほどの状態になっていきます。

■階段で

職場の階段のおどりばで、笹井氏は死を選びました。複数の遺書があったそうです。それぞれ、相手への配慮ある内容のようです。彼は、最期になっても周囲のことを考えていたのでしょうか。

しかし、職場の階段のおどりばというのは、そこに特別の意味を込めていないのであれば、笹井氏らしからぬ選択のようにも思えます。自殺と言う行為自体が、笹井氏らしくないという見方もあります。

そうです。心理学、精神医学的に言えば、自殺は考えぬいた理性的な行為ではなく、追い詰められた末の死です。何らかの形で、心がとても弱った状態での行為と考えられます。そのとき、本来の笹井先生ではなかったのでしょう。

■中年期の立場

中年は、人生を四季にたとえれば「秋」でしょう。笹井氏はまだまだこれから大活躍するはずの人でしたが、多くの中年は定年がそろそろ見えてきます。「俺の人生、こんなものだったか」と思う人もいるでしょう。

日本の中年、特に中年男性は、今追い詰められています。昔は、中年男性は職場でも家庭でも尊敬され、堂々とした居場所がありました。しかし今は、中年男性だからと言っていばれるような時代ではなくなりました。

中間管理職として悩み、リストラにおびえ、家庭での問題もかかえるのは、中年です。

■中年の強さと弱さ、心の健康

中年世代は、会社のためにがんばります。男が涙を見せてはいけないと思います。強い人間になろうとがんばります。しかし、そうは行かないときもあります。しかし、涙を見せられません。弱さを出せません。それが、中年です。

多くの人はまじめに働いていますが、それは柔軟性のなさにもつながります。多くのストレスを抱えます。

各企業でメンタルケアの必要性が言われていますが、なかなか上手く機能しないようです。

■自殺のサイン

今回も、サインは出ていました。「やめたい」は、自殺のサインです。もちろん、そうでない場合もありますが、自殺のサインかもしれないと考えることはできます。

「やめたい」「消えたい」「遠くへ行きたい」などは、自殺のサインと考えられます。

まだ詳しい報道はありませんが、この10日ほどの「体調不良」は、不眠、食欲不振、元気のない様子などが見られたということでしょうか。これらも、自殺のサインです。

■自殺のサインへの対応

「死にたい」は、もちろん自殺のサインです。しかしもっとわかりにくいサインもあります。サインを感じたときは、「大騒ぎせず、無視もせず」です。

「やめたい」と聞いて、すぐに自殺のサインと思えないほうが普通です。やたらと自殺のサインだと解釈して大騒ぎするのも、迷惑でしょう。しかし、心のSOSとして受け止めることはできたかもしれません。

おや?と思ったとき、ぜひ一言声をかけてください。

誰かが話を聞いたり、心理的に支援することは、できたかもしれません。いつもの聡明で強い笹井先生ではなかったかもしれないからです。

「死にたい」など、はっきりとした自殺サインを受けたときは、「命は大切だ」といった説教や正論はあまり役立ちません。ぜひ、話を聞いて欲しいと思います。しかし、それは大変なことです。1人で抱え込まず、問題を共有しましょう。

こちらからメッセージを伝えるとしたら、それは正論ではなく、「あなたが死んだら私は悲しい」というメッセージです。そのメッセージが、自殺予防につながります。

本当に自殺の思いが切迫しているときは、医療につなげましょう。

■自殺の連鎖

自殺報道は、場合によって次の自殺を生みます。大きな自殺報道には、注意が必要です。

「潔い死」などと自殺を美化してはいけません。また、「恥ずかしい」「責任逃れ」などと自殺者を責めすぎるのも、自殺予防の観点からは望ましくありません。

 <自殺は不名誉ではない:世界自殺予防デー・自殺予防週間に考える私たちにとっての自殺問題

笹井氏と同じような世代、同じように悩んでいる人は、要注意です。また、今回の笹井氏の周囲の人々も、要注意です。

■自殺報道

WHO自殺報道ガイドラインは、次のように指摘しています。

・ 適切なデータのみを、新聞の一面ではなく中面て示す。

・ 自殺に代わる他の方法があることを強調する。

・ いのちの電話や地域の自殺予防援助に関する情報を提供する。

・ 自殺の危険性のある人、自殺のサインを知らせる。

センセーショナルな自殺報道、細かすぎる自殺報道は、望ましくありません。また、大きな自殺報道をするなら、必ず自殺予防の情報も添える必要があります。

■一人ひとりが自殺予防のために

自殺は止めるべき死であり、止められる死です。

専門家の力も必要であり、システムも必要です。同時に、私たち一人ひとりが、自殺予防のための働きをしていきたいと思います。

中高年男性は、最も自殺の危険性が高い人々です。

夢があった春のような思春期、青春。燃えていた夏ようような働き盛り。そして定年や老いを感じ始める秋の中年期。でも、人生のそれぞれの季節で、私たちは幸せになれます。私たちみんなで、中年クライシスを乗り越え「元気で幸福な大人」になっていきたいと思います。

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あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からの命のメッセージ」碓井真史著

全国いのちの電話

自殺予防総合対策センター

元気で幸福な大人になる方法(中年クライシスを乗り越えて希望を持ち続ける方法)

映画俳優ロビン・ウィリアムズ氏急死報道から考える自殺予防

東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。HP『こころの散歩道』。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「とくダネ!」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ビートたけしのTVタックル」「ホンマでっか!?TV」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』など。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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