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ベビーカー邪魔者扱いの背景は?:心理学的に考える

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

■ベビーカー論争

ネットでは時々「ベビーカー論争」が巻き起こる。〜こうしたベビーカー利用者と一般乗客の温度差の原因は、「世代間のずれ」と水無田氏は分析する。

「主に抱っこをしていたり、ベビーカーを畳んで乗車して育児した世代は、その体験を基準に邪魔だと感じる。専業主婦世帯が主流だった世代には、現在のような共働き世帯が多数派になり、ベビーカーで外出せざるを得ない現状が、理解しにくいんです」

出典:ベビーカー邪魔者扱い 温度差の原因は世代間ギャップにあり NEWS ポストセブン 4月11日Y!

若いパパママ世代には、小さな子どもを連れて乗り物に乗らなければならない事情もあるでしょう。年配の人たちが、若い共働き世代の事情を理解できないということもあるかもしれません。

そして、私たちのいったい何が変わってしまったのでしょう。

■弱くなった子供

今の子供たちは、昔ほどしつけられても鍛えられてもいません。

大事に大事に育てられてきた子供が、いきなり窮屈な場所や暑苦しい場所、自由がきかない場所で、立っていなさいとか、静かにしていなさいとか言われても、なかなかできないこともあるでしょう。

赤ん坊は、我慢できなくて当然ですが。

■弱くなった大人

大人も、以前ほど鍛えられていません。私たちは以前よりもずっと快適な生活をしています。

昔の親なら、おむつなど大きな荷物を持って、小さな子をおんぶして、さらに上の子の手を引いて、といった風景がよく見られました。しかし、現代のパパママにとっては、ベビーカーが当然になっている人もいます。車内でベビーカーをたたむことも、とても辛いと感じる人もいます。

一方、車内のベビーカーや、騒ぐ子供に我慢できないと感じる大人もいるでしょう。

昔、家庭内にも街にもうるさい子供があふれていたときには、私たちは慣れていたのでしょう。幼稚園や学校から、元気な(うるさい)子供の声が聞こえても、今ほどは文句は出なかったようです。

しかし、今は学校も騒音問題にはかなり気を遣っています。子供たちの「元気な声」は、今や「騒音」です。そのような少子化の今だからこそ、突然自分の横に現れたベビーカーや子供がうるさいとか邪魔だと感じる人もいるでしょう。

■弱くなった人間関係能力

昭和34年生まれの私が子供だったころ、電車の窓から景色が見たくて、よく窓側に向かってヒザを立てて座っていました。ただし、必ずクツは脱がされました。我が家だけではなく、どの家庭でも、常識だったことでしょう(自動車のチャイルドシートも最初はいやがりますが、最初から座らせれば、それが当然と子供も思うようです)。

夢中になって窓の外を見ている、そんな好奇心いっぱいの元気な子供たちを、周囲の大人たちも温かく見守っていたように思います(電車内で乳母車を見ることはほとんどありませんでしたが)。

群れで生きるサルもゾウも、子育ての最大の責任者は親ですが、でも群れ全体でみんなで子供を育てます。私たちはそういう動物です。

しかし、私たちのコミュニケーション能力が落ちています。親も、「すいません」の一言がなかなか言えません。周囲も「いんですよ」の一言が出ません。

親としては周囲に迷惑をかけない配慮をす当然べきです。しかし、親が周囲から責められていると感じてストレスをためるよりも、周囲から支えられていると感じるほうが、結果的に子供も落ち着くように、私は思います。

■豊かになった私たち・忙しくなった私たち・ストレスがたまっている私たち

小さな子供をつれて混雑している乗り物に乗るのは、避けるのが無難でしょう。でも、私たちは昔よりも時間に追われる生活をしています。なかなか時間の余裕がないときもあるでしょう。

また、こんなに豊かになったのに、同時にスピード社会になった現代の私たちは、ストレスをためています。親も、周囲の人も、子供すらストレスをためています。そんな人たちが、狭い場所、不愉快な場所に押し込められれば、互いにぶつかることもあるでしょう。

時間や心に余裕があれば、混雑時を避け、次の列車に乗ることもできるでしょうが、余裕がないとそんなこともなかなかできません。

■個室化している私たち

図書館でも銭湯や温泉でも、ラーメン屋でも、隣の人とのしきりがあったりします。昔は大部屋で寝ていたのに、個室になったりしています。カラオケも、以前は他人同士が一緒に歌っていたのに、カラオケボックスになり、さらに「ひとりカラオケ」も今や普通のことです。

電車の座席も以前なら、体がぴったりするほど詰めあって座っていたのが、今では余裕を持ってすき間を作って座ることが多くなりました。

私たちは、以前よりも自分のスペースを守りたくなっているのです。そこに無遠慮にベビーカーが現れたら、不快に感じる人もいるでしょう。

■子育てが不器用になった私たち

あるデパ地下で見た光景です。おしゃれな若夫婦が、ベビーカーに子供(赤ん坊)を乗せていました。子供がぐずりはじます。泣き始めます。すると、若いパパとママは、「しばらく様子を見よう」と言って二人で子供を上から覗き込んでいました。

この話を年配の人たちの前で話すと、笑いが起きます。ぐずり始めているのですから、当然子供を抱き上げあやすのが「常識」だからです。

現代のパパとママは、愛にあふれ、子育てへのやる気にあふれ、努力している知性豊かな人が多いと思います。それでも、なかなか上手くいかない「現代パパママ」たちです。「現代っ子」と言われて育った三丁目の夕日世代が、いまや父母や祖父母になっている時代です。

■自動化も合理化もできない子育て

何もかもが便利になり、スピードアップし、自動化が進み、合理的で清潔になた現代社会で、子育ては自動化も合理化もできません。紙おむつができたり、高性能のベビーカーができても、それでもやっぱり昔と同じように、うるさくてきたない子供を手間ひまかけて育てなければなりません。

これは、親にとっても社会全体にとっても、なかなかの重労働です。

■みんなで子育て

常識や標準、マナーといったものは、変化していくものです。車内のベビーカーがどうあるべきかも、まだ議論が必要かもしれません。電車内ではベビーカーはたたむべきだと感じる人もいます。使わせて欲しいと願う人もいます。周囲はベビーカーを我慢すべきだという意見もあれば、ベビカーコーナーを作ろうという意見もあります。

ただルールやマナーがどう変わっても、ベビーカーを使う親達が周囲に配慮できず、また周囲も親を支援できなければ、「邪魔者扱い」の問題は生じるでしょう。

社会が豊かになって、生活はどんどん便利で快適になりました。それでもやっぱり、子育ては大変です。道具や規則の整備で改善できる部分はあるでしょうが、最後は、その場に居合わせた人間たち、私たちの力です。

困っている子供、親、乗り合わせた周囲の人々。互いに協力し合うしかありません。子供は手間がかかるものですが、子供こそ私たちの希望です。

昔と同じように、みんなで子供を叱ったり、近所のおばさんにおっぱい(母乳)をもらったりはできないでしょう。それでも、現代人なりの協力の仕方がきっとあるはずです。

大人だって強い人、弱い人がいます。同じ人でも、強いときも弱いときもあります。親は出来るだけ周囲に迷惑をかけないようにする。周囲は、子育て中の親を支える。当たり前のことですけれども、そんな私達みんなで、支え合いながら子育てをしてきたいと思うのです。

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*「子供」「子ども」の表記について。「子供」が差別的だというのは誤解のようですね。まあどちらでも良いのですが、文科省としては「子供」にしたようです。

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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