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特別警報開始とリスク認知:リスクリテラシー・リスクコミュニケーションを高める

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
警報よりもっと危機が迫っている特別警報(気象庁ホームページより)

■気象庁「特別警報」開始…甚大被害予想時に発表

気象庁は、甚大な被害が予想される気象現象について警戒を呼びかける「特別警報」の運用を、30日午前0時から開始する。対象となるのは大雨、火山の噴火、津波など計9種類〜想定しているのは「50年に1度」の大雨、大雪などで、超大型の台風や温帯低気圧が接近した時などにも発表される。〜同庁では「特別警報が発表されたら、ただちに身を守る行動をとってほしい」と呼びかけている。

出典:気象庁「特別警報」開始…甚大被害予想時に発表 Y! 読売新聞 8月30日(金)0時32分配信

「特別警報」運用開始=重大災害切迫、命守る行動を―市町村が住民周知・気象庁 時事通信 8月29日(木)

「一生に一度の災害」って? 特別警報、運用スタート 朝日新聞 8月30日(木)

一昨年の「平成23年台風第12号」では、何度も警報が出たものの、100人近い死者・行方不明者を出してしまいました。そのような反省から、今回「特別警報」ができました。

数十年に一度の災害とは言え、全国的に見れば、毎年のようにどこかの地域で特別警報が出される災害が起きるでしょう。そして、どんなに新しい制度や言葉が登場しても、私たちがしっかり聞いて、行動に移せなければ意味はありません。

私たちは避難指示と避難勧告の区別も混乱することがあります。様々な危険情報を理解する「リスク・リテラシー」が必要ですし、専門家と一般市民との間できちんとわかり合える「リスク・コミュニケーション」が必要です。

■人はなぜ逃げ遅れるのか

危険が迫っているという情報を聞いても、人はなかなかリスクを認知できず、逃げることができません。心理学的には、次のような理由が考えられます。

・正常性バイアス(非現実的楽観主義):いつものことだ、大丈夫だと感じてしまう。

・経験不足による逃げ遅れ:大雨警報が出ているのに、川の中州でバーベキューを続けるなど。

・経験による逃げ遅れ:「50年前からここに住んでいるが、川があふれたことなんかないから大丈夫」と考えてしまう。

・大きいリスクを過小評価しやすい(小さなリスクを過大評価しやすい)。

・自然災害はリスクを過小評価しやすい(人工災害はリスクを過大評価しやすい)

水害はリスクの緊急性を認知しにくい(洪水や津波の危機が迫っていてもわかりにくい)。

・個人的リスクを過小評価:自分は大丈夫だと考えていまう。

・逃げるのにコストがかかる:体力がない、暗い、ぬれる、赤ん坊や高齢者がいるなど。

・可用性ヒューリスティックの影響:大きな災害報道などが記憶に残っていると行動しやすいが、そうでないと行動しにくい。

■リスク情報はなぜ伝わりにくいか:リスクコミュニケーションとは

リスクとは、被害の重大性×被害の生起確率。重大性を低く見積もったり、確率を低く見積もれば、リスクを認知できず、行動は生まれません。

リスクコミュニケーションとは、リスクについての、個人、機関、集団間での情報や 意見のやりとりです。友人同士で危険性について話すのも、リスクコミュニケーションですが、今問題になっているのは、科学者や行政などリスクの専門家と一般の人々とのリスクに関する情報のやりとりです。気象庁が発表する特別警報を聞いて判断するのが、リスクコミュニケションです。

この場合、情報を出すのは、専門家、科学者、行政の人々です。彼らは、まじめに情報を伝えようとしますが、かならずしも分かりやすく伝えられるとは限りません。むしろ、専門家は一般の人に話すのが下手です。

科学的に正しい言葉、法律的に正確な言葉を使おうとすると、かえってわかりにくくなります。勧告と指示の違いが、一般の人にはわからないとか、50ミリの雨と聞いても、5センチの水だまりができるとしかイメージできなければ、リスクを認知できません。

コミュニケーションとは、ただ情報を出して終わりではありません。情報を出す側が、分かってもらう責任を感じ、分かりやすく伝える工夫をする必要があります。

その工夫の一つが、今回の「特別警報」であり、「今までに経験したことのないような雨」「直ちに命を守る行動をとってほしい」といった表現であり、地域の防災無線が「避難せよ」と命令口調で語ることになります。

もちろん、市民の側もリスクリテラシーを高めて、1時間に50ミリに雨は、大変な大雨だと理解できることも大切です。ただ、地域には様々な人がいて、メディアリテラシーが高い人も低い人もいることも忘れてはいけません。私たちも、分からないものは分からないと伝えましょう。

前回、私自身も時々迷う「避難指示」と「避難勧告」の違いについて解説しました。今さら人に聞くのはちょっと恥ずかしいぐらいですが、多くの人から、私もよくわからなかった、良い情報だったとのコメントをいただきました。専門家にとっては、指示と勧告の区別が付かないなんて想定外かもしれませんが、専門外の人にとっては、以外とこんなものだということに、気をつけなくてはなりません。

■危険から逃れるために

まず、リスク情報を積極的に集め、活用しましょう。特別警報がでたら、各市町村は住民に知らせる義務があります。でも、待っていれば良いわけではありません。こちらから、積極的に情報を集めましょう。普段から、自分の住んでいる地域はどのようなリスクがあるのか、情報を集め、活用しましょう。

適切な行動をとるためには、「個人的選択」と「認知的複雑性」が必要です。

特別警報は、数十年に一度のことが起きようとしています。あなたにとって、初めての体験かもしれません。今まで通りの考え方、今までどおりの行動では不十分かもしれません。決まり切った考え方ではなく、いろいろなことが考えられる「認知的複雑性」をもった柔軟な発想が必要です。

恐怖心は大切です。ただ恐怖に震えるだけではなく、恐怖を活用して、安全を守る行動を起こしましょう。

「ネガティブな冒険者」として、危険な川や海を見に行くのではなく、「ポジティブな冒険者」として、自分とみんなの安全を守る行動をしましょう。

「特別警報」が発表されたら身を守るために最善を尽くしてくださいと、気象庁は述べています。では、どうすれば良いかですが、ケースバイケースです。

津波の危機なら、「津波てんでんこ」でしょう(指示を待たずに各自で高台に逃げる。誰かを探しに戻らない。目の前の人は助ける)。

様々な災害によっては、今すぐ避難所に行った方が良いのか、この状況なら外出せず2階に行った方が良いのか、個人の選択が求められます。増水や崖崩れなど、ピンポイントで避難指示が出せれば良いのですが、いつもそうはいきません。各自の判断が求められます。

災害など我が身に起きて欲しくはありませんが、でも、不幸はいつも突然劇的に起こるのです。自然災害は起きてしまいます。けれども人間の努力で被害を小さくすることはできるでしょう。

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避難せよ:避難勧告・避難指示・避難命令:私達の命を守るために:Yahoo!「心理学でお散歩」

水害と逃げ遅れの災害心理学:命を守る行動を:私達の命を守るために:Yahoo!「心理学でお散歩」

逃げ遅れの心理学:こころの散歩道

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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