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「鎮魂」の8月、秀作だったドラマ『夕凪の街 桜の国 2018』

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

8月は、「鎮魂」の月

今月も、あとわずかとなりました。8月6日「広島原爆の日」、8月9日「長崎原爆の日」、そして8月15日「終戦の日」。73年が過ぎても、やはり8月は「鎮魂」の月です。

かつてのテレビ界は、NHKも民放もこぞって、この時季に「原爆」や「戦争」をテーマとした番組を放送したものです。いまや民放では、あまり見ることができなくなりましたが、今年も各地のNHKがその力を発揮してくれました。

NHK広島が制作した『夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国 2018』

その中の1本、『夕凪の街 桜の国 2018』(NHK総合)が放送されたのは、8月6日の夜です。制作したNHK広島放送局の開局90年ドラマでした。

石川七波(常盤貴子)は東京に住む編集者です。自身が会社でリストラの対象となっているだけでなく、最近、一緒に暮らす父親の旭(橋爪功)に認知症の疑いが出てきたことも悩みの種です。

ある日、旭が一人で家を出ます。心配した七波は、姪の風子(平祐奈)と一緒に尾行するのですが、旭が向かった先は広島でした。

広島に着いた旭は、まるで何かを調査するかのように人に会い、話を聞いて回っていきます。やがて、それは原爆で亡くなった実姉の足跡を追っているのだとわかってきます。七波にとって伯母にあたる、その女性の名は平野皆実。会ったことはありません。

そして、ドラマの舞台はここから昭和30年へと移っていきます。敗戦から10年後の広島で、23歳の皆実(元AKB48の川栄李奈)は建設会社で事務員として働いています。

同僚の打越アキラ(工藤阿須加)が彼女に思いを寄せているのですが、皆実はなかなか素直に受け入れることができません。それは彼女が被爆者だったからです。

いつか原爆症が発症するのではないかという“恐怖”が胸の内にあります。また、家族を含め多くの人たちが犠牲となった中で、自分だけが生き延びたことに対する“後ろめたさ”を、10年たっても消すことができなかったのです。

皆実が幸せを感じたり、美しいと思ったりするとき、彼女の中で原爆投下直後の地獄のような光景(市民が描いたと思われる絵が有効に使われています)がよみがえってきます。皆実の独白によれば、「お前の住む世界はここではないと、誰かが私を責め続けている」というのです。

夜、かつて無数の死者が横たわっていた河原で倒れた皆実が、夢の中で見る原爆ドームの凄絶な美しさに息をのみました。こうした緻密な映像表現も印象に残ります。

生き残った人たちをも苦しめる「原爆」

このドラマの原作となっているのは、現在TBS系で放送中の『この世界の片隅に』でも知られる、こうの史代さんの漫画です。脚本の森下直さんは、この原作を丁寧にアレンジしながら、印象的な台詞を物語にしっかりと埋め込んでいました。

自分が被爆したことを打越に打ち明けるとき、皆実は問いかけます。

 「ずっと内緒にしてきた。

  忘れたことにしてきた。

  だけど、なかったことにはできんけえ。

  話してもいいですか」

そんな彼女に、打越は「生きとってくれて、ありがとうな」と答えます。いいシーンでした。

打越との明るい未来が少し見えてきたかと思った直後、皆実は原爆症で短い生涯を終えます。

 「嬉しい? 

  (原爆投下から)10年たったけど、

  原爆を落とした人は、

  『やったあ! また1人殺せた』って、

  ちゃんと思うてくれとる?」

死ぬ間際、最期に皆実が胸の内で語った言葉は、悔しさと、切なさと、厳しさに満ちたものでした。

しかも、ドラマはここで終わっていません。大人になった旭(浅利陽介)は広島の復興のために建設会社に入り、皆実を姉のように慕っていた被曝者で孤児の京花(小芝風花)を妻に迎えます。

それが七波の母となるのですが、生前は自分の娘に対しても、一度も原爆のことを口にしませんでした。老人となった打越(佐川満男)から、初めて皆実の過去の話を聞いた七波と風子は、それぞれに思いを巡らせます。

「厳然たる事実」と「声なき声」を伝える意思

このドラマを見終って、あらためて痛感するのは、戦争や原爆はあまりにも多くの命を奪っただけでなく、辛うじて生き残った者たちをも、長い間、苦しめ続けたという事実です。

さらにこのドラマからは、そうした人たちを単なる被害者として描くのではなく、厳然たる事実と声なき声を継承し、現在と未来の人たちに対して、静かに伝えていこうとする意思が感じられました。

戦後73年という長い年月を経て、どこかぼんやりとしていた戦争の、そして原爆の輪郭が、私たちの目の前にはっきりと像を結んだ。そんな気がします。

その意味で、NHK広島放送局の制作陣の方々、そして明るさと陰りの両方を瑞々しい演技で表現した川栄李奈さんをはじめとするキャストの皆さんに、拍手を送ります。

最後に、中国地方ではすでに再放送されたようですが、NHKには、ぜひ「全国に向けての再放送」を、お願いしたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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