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ギャラクシー賞「大賞」受賞記念 ドラマ「あまちゃん」研究 序説 短期集中連載 第5回

碓井広義メディア文化評論家

第51回ギャラクシー賞「大賞」受賞を記念して、「あまちゃん」に関する考察を短期集中連載しています。

ドラマ「あまちゃん」研究 序説

~なぜ視聴者に支持されたのか~

短期集中連載 第5回

<5> ユーモア

「あまちゃん」の脚本を担当した宮藤官九郎は、劇団「大人計画」の役者として出発し、やがて脚本・演出でも頭角を現した。ドラマ「木更津キャッツアイ」(TBS、2002年)や「池袋ウエストゲートパーク」(TBS、2004年)などで見せたコメディのセンスが朝ドラという舞台でフル稼働している。

2013年の「流行語大賞」を獲得した「じぇじぇじぇ!」をはじめ、ユーモアに満ちた名台詞が連打されたことも大ヒットの要因の一つだ。

たとえば、漁協の事務員である花巻珠子(伊勢志摩)は70~80年代のポップスに詳しい。しかし、それを他人にひけらかしたり、自分の趣味を押し付けたりはしない。ふとした場面で当時のアーティストをめぐる薀蓄をつい口にしてしまった時、またそれを聞いた人が何のことか分からずにいる時、花巻はポツリとつぶやく。「分かるやつだけ、分かりゃいい」と。

これはサブカルチャーの愛好者が日ごろ感じることの多い疎外感、同時にそれと背中合わせの優越感を、ユーモアを交えて表現したものとして秀逸だった。

また、アキのレコーディングの場面では、プロデューサーの荒巻が本人の歌声を勝手に加工しようとする。これに対して春子が、「普通にやって、普通に売れるもん作りなさいよ」と言い放つ。荒巻のモデルは明らかに「AKB48」のプロデューサーである秋元康だ。

既存のアイドルとの差別化のために様々な手を打つ秋元の手法は、確かに過去に例のないものが多い。CDを買うことで、アイドルと握手ができる「握手券」や、シングル盤に参加できるメンバーを決めるための人気投票である「総選挙」の「投票券」が手に入ったりするのだ。トータルでは「秋元商法」とか「AKB商法」などと呼ばれたりもする。

アイドルビジネスとしての成功を収めた秋元本人に、「普通にやって、普通に売れるもん作りなさいよ」という言葉を投げることは、実際には困難だ。しかし、ドラマにおいては、ユーモアにあふれたセリフの中に批判精神を込めることも可能なのである。

(4) 秀逸なキャスティング

キャスティングの権限と責任はプロデューサーにある。「あまちゃん」の場合は、制作統括の訓覇(くるべ)圭チーフ・プロデューサーだ。ドラマ「ハゲタカ」(NHK、2007年)や「外事警察」(NHK、2009年)といった骨太な社会派ドラマを手がけてきた訓覇は、「ハゲタカ」で大森南朋、「外事警察」で渡部篤郎など、いずれも意外性のある巧みなキャスティングで成功している。

<1> トリプルヒロイン

アキを演じた能年玲奈について、中森明夫はこう語っている。「午前32時の能年玲奈!そこに希望がある。アイドルの未来がある。朝と超・夜の二重の輝きにこの少女は祝福されている」(中森『午前32時の能年玲奈』)。午前32時とは、朝ドラの放送が始まる午前8時のことを指す。下敷きとなっているのは濱野智史が示した<昼の世界>と<夜の世界>という概念だ(宇野常寛・濱野智史「僕たちは〈夜の世界〉を生きている」)。

<昼の世界>とは政治や経済であり、<夜の世界>はサブカルチャーやネットカルチャーである。宇野常寛はそれを踏まえて、自分たちの世代は<夜の世界>から<昼の世界>を変えていくと宣言した(宇野『日本文化の論点』)。

それに対して中森は、<朝の世界>があるではないか、と言うのだ。夜から昼へと不可逆的な進行は困難だが、朝を通過する。<朝の世界>は、夜を超える<超・夜の世界>でもある。その<朝の世界>にいるのが能年玲奈であり、彼女が現れる午前8時は、32時である、というのが中森の主張だ。それほどに毎朝8時からアキを演じた能年玲奈は秀逸なキャスティングだった。

彼女は素のままでテレビ番組に出てくると、ほとんど話せない。極端な見知りでもある。しかし、オーディションで1953人の中から選ばれた逸材は、ドラマの中ではその異能ぶりをいかんなく発揮した。能年はアキとしてなら、どのような言葉も行動も思いのままであり、アキと同じくらいのその「天然」ぶりは、役柄と本人とが同化したかのようだった。

次に春子を演じた小泉今日子だが、この起用は80年代のトップアイドルが「80年代にアイドルを目指して挫折した過去」を持った40代女性を演じるという奇策である。春子の佇まいが、その存在全体が、元アイドルにして現在は個性派女優である小泉と重なって見えるのだ。

ノーメークに近い顔。ややふっくらした体型を包む服装。そしてスナック「梨明日(りあす)」のカウンターの中から、「あんた、本当にわかってんの!」とタンカを切る凄み。その「ヤンキー」なイメージも、どこか若き日の小泉本人とオーバーラップする。

2012年のドラマ「最後から二番目の恋」(フジテレビ)でも光っていたが、「あまちゃん」での小泉は、「40代女性が背負っているもの」を表現するという意味で、よりパワーアップした女優になっていた。

そして、夏の宮本信子である。女優・宮本信子の背後には(見えないが)、今も亡き夫であり、俳優・映画監督だった伊丹十三がいる。伊丹の妻として、また伊丹映画の主演女優として、伊丹十三の生き方、趣味、美学などに併走してきた宮本は独特の雰囲気を身に着けている。それをひと言で表現すれば、いい意味での「頑固」だ。

作品や演技に対する自らの考えを持ち、納得がいかなければ監督やディレクターときちんと話し合う。納得できれば、どんな役柄やシーンであれ、プロの女優として全うする覚悟がある。それはどこか「あまちゃん」における夏とも重なる。また、夫の忠兵衛(蟹江敬三)が船乗りであり、常に不在であることも、伊丹十三の不在と重なり、宮本が演じる夏とのダブルイメージとなっている。

整理すれば、「あまちゃん」のトリプルヒロインは、能年の「天然」、小泉の「ヤンキー」、宮本の「頑固」と、それぞれの素の持ち味が役柄に十二分に生かされた、絶妙なキャスティングで成り立っているのだ。

(連載第6回に続く)

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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