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39曲の再録曲と新曲に込められた最後のメッセージ。安室奈美恵ラストアルバム『Finally』を聴く

宇野維正映画・音楽ジャーナリスト
アムラー発祥の地・渋谷、109の地下1階特設スペースの展示(著者撮影)

 2017年9月20日に引退を発表した安室奈美恵。彼女にとって「事実上、最後のアルバムになる」と言われている3枚組のベストアルバムが、11月7日、店頭に並んだ(店頭で販売されているのはDVD、Blu-rayを同梱したバージョンを含む全3種。他にオフィシャルファンクラブ「fan space」会員限定特別盤もある)。同日、正式な発売日11月8日を前に、早くも予約、出荷がミリオンを突破したことを販売元のエイベックスが発表。引退発表以降、これまでずっと彼女を応援してきた熱心なファンだけでなく一般層を巻き込んで各メディアを騒がしている何度目かの、そしておそらくは最後の「安室奈美恵現象」は、ますます加速している。

 ちなみに、日本でCDアルバムのセールスがミリオンを超えたのは、2016年12月21日にリリースされたSMAPの『SMAP 25 YEARS』以来のこと。偶然にも、25周年記念盤、ベストアルバム、そして少なくとも現時点における引退作(解散作)と、作品の持つ意味合いがまったく同じ両作(ジャケット周りのアートワークにアーティストの写真がまったく使用されていないところまで同じ)。今や日本の音楽マーケットでは、「ベスト」「引退(解散)」という二つの条件が重ならないと、アルバムのセールスがミリオンを超えることがないという現実がそこにはある。

実はベストアルバムではない!?

 SUPER MONKEY'S時代の楽曲も含めて過去25年の安室奈美恵の曲が、基本的にリリース順に52曲収録されている『Finally』。しかし、今作は単純に「ベストアルバム」と呼ぶにはかなり風変わりな作品だ。

 安室奈美恵の直近となるオリジナルアルバムは2015年6月10日にリリースされた『_genic』。全曲未発表の新曲アルバムとしてリリースされた同作の曲は、実は『Finally』には1曲も収録されてない。したがって、過去のオリジナルアルバムやベストアルバムにも収録されている曲は39曲目「TSUKI」(2014年)までということになるが、中には「arigatou」(2011年)、「Damage」(2012年)のように今回初めてアルバムに収録された曲もある。また、完全なソロになってからの曲だけでも、「Dreaming I was dreaming」(1997年)、「toi et moi」(1999年)、「SOMETHING'BOUT THE KISS」(1999年)、「LOVE 2000」(2000年)、「Wishing On The Same Star」(2002年)、「Put'Em Up」(2003年)、「ALARM」(2004年)、「ALL FOR YOU」(2004年)、「Go Round」(2012年)、「BRIGHTER DAY」(2014年)などを筆頭に、10数曲に及ぶシングル曲が収録されていない。それら未収録シングル曲の中には、安室奈美恵の全キャリアを見渡した上で極めて重要だと思える曲もあるだけに、最初に収録曲を見た時は一瞬目を疑わずにはいられなかった。

 それらの選曲基準とも関わってくる重要なポイントが、今作では「TSUKI」までの39曲、つまり2014年までにリリースしたすべての曲が再レコーディングされていること。2014年といえば、安室奈美恵がデビュー以来所属していたライジングプロダクションを退社したタイミング。その時期の曲がすべて再レコーディングされた一番大きな理由は、原盤権に関わる問題であると考えて間違いないだろう。実は、今年の5月から制作がスタートしていたという今作。ボーカル・トラックを再びレコーディングするにあたって、安室奈美恵は最低限の代表曲をおさえつつも、今歌いたい曲、ライブで頻繁に披露してきて歌い慣れている曲を優先していったのだろう。

 もちろん、ボーカルが再レコーディングされていることは、ネガティブな側面ばかりではない。制作にそれだけ手間と時間がかかっている(単純にボーカル・トラックが差し替えられているだけでなく、バック・トラックもオリジナルのアレンジを損なわない範囲で手が入れられている)わけだし、現在の安室奈美恵のクールに抑制された歌声で統一されていることによって、作品のトータリティーにも貢献している。コラボレーション曲ベスト、バラード・ベストなども含み過去に6種リリースされてきたベストアルバムを買った人も多いだろうし、本作に未収録のシングル曲だって熱心なファンならば全部持っているだろう。そういうコアなファンにとって、今作はとても貴重な価値を持つ作品だ。

 しかし、今回の引退騒動で安室奈美恵への関心がよみがえって、決定版的ベストアルバムと思って本作を手に取ったようなオールド・ファンにとっては、ちょっと肩透かしに思える選曲、内容と言わざるをえない。現在、世界的にレコーディング音源の発表方法はすっかりストリーミング配信が主流となっているが、Apple Musicなどで聴くことのできる安室奈美恵の音源は一部のコラボ作品などごくごく一部。この機会に、昔の「本当の安室奈美恵の曲」を聴き返したければ、過去のベストアルバムなどに改めて手を伸ばすしかない。

大切なメッセージはすべて曲の中に

 SUPER MONKEY'S時代から長年、新作がリリースされたタイミングで必ず手に取り、ライブにも頻繁に足を運んできた自分にとって、今作『Finally』のクライマックスとなるのは、Disc 3のトラック6以降、つまり40曲目以降の「最新の安室奈美恵」の13曲ということになる。その13曲中、CDシングルやミュージックカードなどで既発の曲は7曲。完全な新曲は6曲。それだけで軽くニューアルバム1枚分のボリュームだ。もっとも、その13曲の音楽性はかなりバラバラで、コンセプトアルバムとして見事な完成度を誇っていた最近のオリジナルアルバム、『FEEL』(2013年)や『_genic』(2015年)と同一線上で語れるようなものではない。

 近年の安室奈美恵は、オリジナルアルバムとシングル曲の内容が必ずしも連動してこなかったし、シングル曲にはそれぞれのタイアップに寄せる必要もあっただろう。しかし、それも重々承知の上で言うと、時系列的に、本作に収められたアルバム未収録シングルの口火を切る40曲目「Red Carpet」をリリースした2015年12月の時点で、人知れず安室奈美恵の視界の端には「引退」というゴールラインが見えていたのではないかと思えてならない。ユーロビート、小室サウンド、R&B、ヒップホップ、ハウスミュージック、EDM。日本国内の音楽シーンだけではなく世界の音楽シーンの動きにも目を配り、時代ごとにかなりコンセプチュアルに自身の音楽を生み出してきた安室奈美恵だが、2015年以降のシングルはどれも一期一会、あるいは一球入魂という印象が強い曲で、新しいオリジナルアルバムを見据えた新基軸となるようなコンセプトの提示はなかった。

 あまりにも小室メロディ全開で、嬉しさと懐かしさで思わず笑い泣きしてしまいそうになる16年ぶりの小室哲哉プロデュース曲「How do you feel now?」。日本のクイーン・オブ・ハウスミュージック安室奈美恵の集大成的名曲「Do It For Love」。そして3枚組アルバムの最後の最後を締めくくる荘厳なバラード「Finally」。今作に収録された新曲の歌詞の多くが、安室奈美恵からのラスト・メッセージとして響く。現在、既に週刊誌やネットのゴシップ・メディアなどの状況がそうなっているように、今後も、今回の引退の真相を巡っていろいろな憶測が語られることになるだろう。また、そうした憶測を沈静化させる意味もあるのか、安室奈美恵自身もごく限られた機会ではあるがHuluやNHKなどのテレビ番組で自分の言葉を語り始めた。でも、最も大切なこと、本当に伝えたいことは、全部作品の中に、ライブのパフォーマンスの中にある。それが一番、安室奈美恵らしいと自分は思う。

映画・音楽ジャーナリスト

1970年、東京生まれ。上智大学文学部フランス文学科卒。映画サイト「リアルサウンド映画部」アドバイザー。YouTube「MOVIE DRIVER」。著書「1998年の宇多田ヒカル」(新潮社)、「くるりのこと」(新潮社)、「小沢健二の帰還」(岩波書店)、「日本代表とMr.Children」(ソル・メディア)、「2010s」(新潮社)。最新刊「ハリウッド映画の終焉」(集英社)。

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