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Netflix最強コンテンツ、『ストレンジャー・シングス』が変えたもの

宇野維正映画・音楽ジャーナリスト
『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン1~3:Netflix独占配信中

マイク「よくこんなものが飲めるな?」

ルーカス「何言ってんだよ、ウマいよ!」

全員「マジで!?」

ルーカス「カーペンターの『遊星からの物体X』と同じ。オリジナルは確かにいい。でも、リメイクはさらに甘くて、力強くて、ウマい」

マイク「頭おかしいんじゃないの?」

ルーカス「お前たちはずっとオリジナルばかり見続けるのか?」

マイク「『遊星からの物体X』の話じゃない、ニューコークの話だよ!」

ルーカス「同じだよ!」

マイク「まったく違うよ!」

7月4日にNetflixで世界同時配信された人気オリジナルシリーズ『ストレンジャー・シングス』シーズン3。その時代設定は34年前、1985年の7月4日(アメリカ独立記念日)の前後だ。1983年のクリスマスシーズンの出来事を描いたシーズン1、1984年のハロウィーンシーズンの出来事を描いたシーズン2に続いて、今回のシーズン3もその当時の映画や音楽をはじめとするポップカルチャーや風俗を画面や会話の隅々まで全編に盛り込んでいて、冒頭に引用した少年少女たちの会話もその一つだ。映画や音楽やドラマの世界における80年代ブームは2010年代の大きなトレンドで、2016年に配信が始まった『ストレンジャー・シングス』シーズン1はそれをさらに加速させることとなったが、注目すべきはシーズンを追うごとにそのオマージュの精度が高まっていること。『ストレンジャー・シングス』シーズン3は他のぼんやりした80年代リバイバル作品とは一線を画して、明確に「1985年について」の作品になっている。

『ストレンジャー・シングス』シーズン3の劇中、会話シーンだけでなく画面上にも何度か出てくる「ニューコーク」とは、「カンザス計画」として知られる、コカ・コーラ社のマーケティングの歴史的失敗がもたらした新商品のこと。当時、コーラ市場でペプシの追い上げに苦しんでいたコカ・コーラ社はアメリカとカナダで大々的なキャンペーンとともにコカ・コーラの味とデザインを一新させて、「ニューコーク」という商品名で1985年4月23日に発売した。しかし、これまでのコカ・コーラを併売せずに完全に商品を入れ替えたことに加えて、ライバルのペプシ社によるアンチ・キャンペーンも功を奏して、消費者から「昔の味に戻せ」という抗議がコカ・コーラ社に殺到することに。発売から79日後、同年7月10日には「ニューコーク」は市場から姿を消した。つまり、『ストレンジャー・シングス』シーズン3では、「アメリカからコカ・コーラが消えた」そのたった79日の間に起こった物語であることが強調されているのだ。

クリエイターのダファー兄弟は、シーズン3の物語の設定を決めた最初の段階から「ニューコーク」を物語に組み込む案を検討していた。それを受けて、Netflixの幹部はすぐにアトランタにあるコカ・コーラ本社を訪れて、撮影に必要な資料の調査を始めたという。ちなみに『ストレンジャー・シングス』シーズン3のメインコピーは「あの夏、すべては変わる」(ONE SUMMER CAN CHANGE EVERYTHING.)。「ニューコーク」は、まさにそんな新しいシーズンのコンセプトに打ってつけのネタだった。伝統的なストーリーテリングや、そこでのキャラクターの変化や成長だけでなく、時代考証された小道具も一つのきっかけにして物語を発展させていくこと。『ストレンジャー・シングス』が他の映画やテレビシリーズといかに「次元の違う」作り方がされているかがよくわかるエピソードだ。

映画やドラマの世界では「プロダクトプレイスメント」という、劇中に商品を出す宣伝手法が長年とられてきた。しかし、『ストレンジャー・シングス』の場合はその発想が逆。作品の制作のために要請した協力が、そのまま大規模なタイアップへと発展していった。コカ・コーラ社は「歴史の汚点」であった「ニューコーク」が作品でフィーチャーされることを面白がって、期間限定で「ニューコーク」を34年ぶりに復活させることを決定。『ストレンジャー・シングス』のキャラクターが登場するコマーシャルまで制作して、それを全米の映画館で上映した。

The Coca-Cola Co.
The Coca-Cola Co.

『ストレンジャー・シングス』シーズン3が配信されるタイミングで、公式にタイアップした企業はコカ・コーラ社のほか、アパレルではナイキとリーバイスとH&M、ファストフードではバーガーキングとバスキン・ロビンス(サーティーワンアイスクリーム)。他にもマイクロソフトやエピック・ゲームズ(『フォートナイト』)などが、配信に合わせてキャンペーンを行なっている。いずれも単に作品名のロゴを使った商品を発売するのではなく、作品のために制作したキャップやTシャツやスニーカーの市販化、劇中に出てくるお店をそのまま再現しての店舗営業、作品の設定(『ストレンジャー・シングス』ではこの世界とは異なる「逆さまの世界」が描かれている)を模した逆さまのロゴを効果的に使った商品など、作品と企業が一緒になって「遊んでいる」ものばかりだ(ナイキ、リーバイス、H&Mなどその一部は日本でも展開されている)。

Netflixはこれまで作品の再生数を限定的にしか発表してこなかったが、先日、『ストレンジャー・シングス』シーズン3が配信開始以降、最初の4日間だけで4070万世帯に視聴されて、そのうち1820万世帯が最後のエピソード8まで「完走」したと発表した。いずれも、Netflixのこれまでの記録を更新するものだという。NetflixやAmazonプライムやHuluとはじめとする動画ストリーミングサービスの特徴は、ネット局のように広告収入によって成り立っているわけではなく、視聴者が直接契約したサブスクリプションの料金によって収益が支えられていること。ストリーミングサービスが急成長した背景の一つは、「コマーシャルを見なくていい」ことを視聴者が大きなメリットとしてとらえているからだとも言われている。

しかし、結果として『ストレンジャー・シングス』はNetflixのイメージアップとともに多額の広告収入をもたらし、それを元手に映画館では独自のコマーシャルを上映し(コカ・コーラ)、ここ日本でも地上波で湯水のように『ストレンジャー・シングス』のコマーシャルを流しているわけだ。配信ではコマーシャルが排除されている一方、その外側には『ストレンジャー・シングス』の商品や広告が溢れかえっている。『ストレンジャー・シングス』は、そんなまさにもう一つの「逆さまの世界」も実現させたことになる。

映画・音楽ジャーナリスト

1970年、東京生まれ。上智大学文学部フランス文学科卒。映画サイト「リアルサウンド映画部」アドバイザー。YouTube「MOVIE DRIVER」。著書「1998年の宇多田ヒカル」(新潮社)、「くるりのこと」(新潮社)、「小沢健二の帰還」(岩波書店)、「日本代表とMr.Children」(ソル・メディア)、「2010s」(新潮社)。最新刊「ハリウッド映画の終焉」(集英社)。

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